第175話 西進
出陣の日がやってきた。
ユリウス辺境伯からの徴募兵が二千。それと俺の直属の兵士だが、何人かベルーガの拠点へ伝令にやったので二五〇ほどしかいない。ここに来て二千の戦力増強はありがたい。問題は兵を任せる指揮官だが……。
二千の兵をどうしようか悩む。
シンとロンを残して、代わりにリブが加わったのでリブに任せようか?
そのリブだが、兵士を率いる柄じゃないと
カレンはホエルン教官の世話があるし、エメリッヒは軍事顧問を
結局、俺が指揮を執ることになってしまった。
本当に損な役回り、管理職はつらいよ……いや、俺の場合は総合職か。ま、どうでもいいことだけど。
軍装をととのえた俺と隊のみんなは、ユリウス辺境伯が手配してくれた兵とともにスタインベック領を発った。
スタインベック領を出て、西の端――要塞都市エクタナビアを目指す。予定では、エクタナビア手前の大きな街イスナ近郊に拠点を構えるつもりだ。そこより西にも、ミサというちいさな街があるのだが、何かと利便性が悪い。
強行軍を強いて、三日でイスナ近郊に到着した。
偽装を施した砦を築いて拠点とする。イスナから西――ミサ寄りにある小高い丘だ。見晴らしも良く、隠れる木々や岩が多い。潜むには打ってつけの地形だ。
第三王女ルセリアが失踪して十日が過ぎようとしている。急いで彼女のあとを追わねば。
砦の完成とともに嬉しい知らせが届いた。それも二つだ。
一つ目は〈奇跡の御業〉の解析が完了したこと。二つ目はツッペから離反した兵と合流したこと。
前者は想定内だったが、後者はまったく予想していなかった。おかげで兵たちの士気があがった。
離反した兵をまとめているレオナルドという貴族が面会を求めてきたので、快く迎えた。
「お噂のスレイド侯ですな。お目にかかれて光栄です。私はレオナルド・リュッカ、エクタナビアの南で伯爵をしておりました」
歯に物が挟まった言い方だ。気になるので突っ込んで聞いた。
「いまも伯爵なのでは?」
「いえ、成り行きとはいえ
死を覚悟してやって来たのか……。なんともやるせない気持ちになった。
「伯爵はツッペに
「よろしいのですか? 卿に迷惑がかかるのでは?」
「かまいません。国を
「おお、ご厚意感謝するッ!」
「陛下への手紙をしたためますので、お渡し願えませんでしょうか?」
「それは敵を前にして、我らに
転進かぁ、貴族の好きそうな言葉だな。帰陣、帰投といえばいいのに。裏を返せば、バルコフを見限った裏切り者という自覚がある証拠だ。本当に死を覚悟しているのだろう。部下たちのために命をかける、なかなかできることじゃない。
そう考えるとレオナルドに好感が持てた。よし、できる限りのことはしてやろう!
「はい、これからはレオナルド伯も
「何から何まで、配慮痛み入る。その提案、喜んでお受けしよう」
話もまとまり、陛下への書簡をしたためる。書きあがったそれをレオナルドにも見せた。
「なんとッ、私のことを騙されたと、死一等に値せずとまで……ああ、これで陛下に申し開きが立つ。スレイド侯、本当にありがとうございます。ささやかな礼ではありますが、私もいくつか書簡を」
そういってレオナルドが書いたのは、
「スレイド侯、地図はお持ちか?」
「あります」
手持ちの地図を机に広げる。
レオナルド伯爵は積み重ねた銅貨、銀貨を兵力に見立てて、地図の上に敵の布陣を再現してくれた。
「エクタナビアを攻める手は一つしかありません。〈
「それではいますぐにでも応援に駆けつけないとッ!」
「ご安心を、要塞都市の異名は伊達ではありません。ここからがやっと城攻めなのです。それも守りに長けたカリエッテ元帥の守る城。バルコフ元帥とはいえそう簡単に落とせないでしょう。バルコフ元帥も守りに定評のある将帥、攻めるのはそれほど得意ではありません。ですが、それは凡将と比較した場合……」
レオナルド伯爵から様々な情報をもらった。
彼の連れてきた兵を
「なんと、あのリッシュが元帥の地位を打診されているとッ!」
「はいリッシュ閣下はマロッツェでの会戦で大手柄を立てて、その功績が認められたそうです」
「なるほどなるほど、ラモンド家はベルーガ開国の折、活躍した騎士の家系と聞き及んでおります。あやつとは幼少の頃に貴族院でケンカをした仲でしてな」
「仲がよろかったのですね」
「そんなことはありませんぞ、犬猿の仲でした。ですが、いま思い返すと懐かしい」
レオナルドは子供みたいに目を輝かせる。楽しい思い出だったのだろう。それとも国難を前にして気持ちが変わったのか?
「いまからでも遅くはありません。和解しては?」
「…………そうですな。受け入れてくれるかわかりませんが、一度、あやつに会ってみようと思います」
「そうしたほうがいいですよ」
会話も弾み、その日は夜遅くまで酒を飲んだ。
◇◇◇
翌朝、日の出とともにレオナルドが砦を発った。
見送りの際、エメリッヒが伯爵に耳打ちをする。
「なんと、そのような!」
「最悪の場合はそうしてください」
「ううむ、名より実ですか。たしかにそこまですれば、佞臣が陛下に良からぬことを吹き込んでも罪は問われませんな。エスペランザ殿、良いことを教えてもらった。感謝する」
一体何を話しているんだ?
気にはなったが、リッシュやエレナ事務官への書簡を預けたので突っ込んだ話はできなかった。有耶無耶になってしまったな。
預けた書簡にはレオナルド伯爵に
書簡の内容をレオナルドに確認してもらってから
「それでは頼みました」
「スレイド侯、いろいろと世話になった。この恩はきっと返しますぞ。そのためにも卿には生きて戻ってもらわねば」
「そのつもりです」
レオナルドを見送って、俺は隊の編成作業に移った。
ここで部隊を二つに分ける。
訓練が必要な新兵と、実戦可能な兵。辺境伯軍から実戦経験のある者を募り、俺の隊に編入させる。砦の守りを任せた新兵一七〇〇と精鋭五五〇だ。
精鋭五五〇から、リブ、ラッキー、マウスにそれぞれ三〇の兵を任せて斥候とする。残りは俺だ。いざとなればエメリッヒに任せればいい。
新兵をカレンに押しつけ、ホエルンの世話をロウシェに頼み込んだ。
本当はホエルンを砦に残したかったが、本人が
酷なようだが、幼児退行した教官を連れて行くには理由がある。ホエルンの脳はイスナの街に到着したときには全快していた。あとはニューロンの活動だけ。ここからは本人の意思次第。危険は伴うが、戦場で記憶を取り戻すチャンスに賭けた。
これから先、激戦区に突入する。
その日の夜、兵士に酒を振る舞った。俺は昨夜、浴びるほど飲んだので
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