第170話 懐かしい同僚



 マーフォーク地方を治めるスタインベック辺境伯の城まであと少しというところで、二人の少年が立ちはだかった。


「怪しい奴、何者だッ!」

「名を名乗れッ!」

 金髪金眼の兄弟のうち、兄とおぼしき目つきの悪い少年は身体に不釣り合いな斧槍ハルバートを構えている。おどおどした弟っぽいのは両手に斧を持っていて、敵対するというよりも兄の指示を待っているようだ。


 立ちはだかったのが子供だからか、いつもは弱気なシンとロンが前に出た。


「おい、二人とも何をする気だ」


「ラスティはん、ここはワシらに任せてください」

「俺ら子供あつかいには自信があるんですよ」

 そう言って二人は兄弟に近づく。


「おい坊主、この方は国王陛下からの命令で王女殿下を迎えにきた、貴族様なんだぞ」

「偉い御方なんだぞ」

「それだけやないで、めっさ強いんやで、なぁロン」

「そうや、強いんやで魔物をばったばったと斬り捨てて、そりゃもう元帥様並や」


 否定はしないけど、最後はちょっと盛ってるな。でもまあ、子供でもわかりやすくていいか。


 少年たちが退いてくれると思っていたのだが、事態はあらぬ方向へ。


「嘘だッ! 国王陛下に書簡を送ったのに、いままで誰も来なかったぞ」

「兄さん、いまになって陛下の遣いが来るなんて絶対におかしいよ」


 こじらせた子供はあつかいづらい。


「疑うんやったら証拠見せたるわ」

「勝負やッ!」


 調子づいた二人が剣を抜く。子供相手だから楽に勝てると思っているのだろう。一瞬、とめようかと考えたが、エメリッヒが俺の手を掴んだので静観することにした。


「ちゃんと手加減しろよ」


「わかってマ」

「へいッ」


 威勢よく応え、へっぴり腰で武器を構える二人。

 対して、兄弟は腰を落とし力強く両足を踏ん張る。それなりに訓練を受けているらしい。シンとロン、大丈夫か?


 勝負は一瞬で決まった。


 シンとロンは兄弟に一撃で吹き飛ばされた。子供ながら凄まじい膂力りょりょくだ。魔法でもつかっているのか?


 ずいっと身を乗り出しところで、乗っていた馬――デルビッシュがいなないた。


 次の瞬間、首筋に冷たい感触が……。背後をとられたッ!


 俺としたことが失態だ。人数が多いのでいきなり狙われるとは思わなかった!


 背後をとった人物が叫ぶ。

「動くなッ! 動くと大将の首が落ちるぞ」


「生憎だが俺は大将じゃないぞ」


「しらばっくれるな、様子を見ていたぞ。兵士との距離、口調。兵士に指示を出したのが証拠だ。おまえが大将で間違いない」


 若い男の声だ。鋭い観察眼を持っていて、行動力もある。優秀な兵士なのだろう。


 謎の人物を確かめるべく背後へ振り向こうとしたら、首筋のそれがさらに強く押しつけられた。


「おまえも動くな。命が惜しかったら静かにしてろ」


 この場をどう切り抜けるか考えていると、

「パパ、どうしたの? この怖いお兄ちゃんは誰?」

 鬼教官が割り込んできた。なんでこんなときに出てくるんだよ。ちょっとは空気読んでくださいよ、ホエルン教官ッ!


「なんだこの女……どこかで見たような………………嫌な予感がする。そこの女ッ、動くなッ!」


 男が怒鳴りつけると、とたんに鬼教官は泣きだした。

「ふえぇーーーん、知らないお兄ちゃんがホエルンをいじめるぅーーーーー」


「黙れッ、黙らないとおまえから殺すぞッ!」


 洒落にならない展開だ。自分の命と鬼教官の命を天秤てんびんにかける。…………無理だ、苦手な教官だったけど悪い人じゃない。クソッ!


「ホエルン、来るなッ!」


 自分でも馬鹿だと思うが、幼児退行した教官を見捨てることはできない。それに、コールドスリープ中の仲間を死なせた負い目がある。彼女だけでも助けないと!


 一瞬、首筋に当てられた刃物がぐっと肉に沈んだが、それが横に引かれることはなかった。それどころか冷たい感触が一気に失せる。


「もしかしてホエルン・フォーシュルンド教官!」


 宇宙軍の関係者か! 逃げた裏切り者の仲間かもしれない! でも首筋にあてられていた感触が消えたのだ。敵ではないはず。


「そうだ。コールドスリープからの蘇生の際、不具合があって記憶障害を起こしている」


「コールドスリープだって! じゃあパージされた連中は生きているのか?!」


「全員は生きていない。ほとんどがZOCの浸蝕ウィルスにやられた」


「クソッ、あの機械人間どもめッ!」


「それよりも動いてもいいか?」


「ああ、悪かったな、仲間に刃物を突きつけるなんてマネして」


「すんだことだ。怪我人も出なかったことだし、水に流そう」


 振り返ろうとしたら、男から質問が飛んできた。


「しかし、なんでこんな辺境にやって来たんだ?」


「部下が話しただろう。アデル国王陛下のご命令だ。それとエレナ事務官の命令でもある」


「帝室娘も生きてるのか!」


「気に食わないか」


「いや、手柄を立てて帝国貴族にしてほしい」


「…………もしかして、おまえもナノマシンをこの惑星の住人に譲渡したのか?」


「……よくわかったな。だから是が非でも帝国貴族にならないといけない」


 俺と同じか……。


 ゆっくりと背後へ振り返る。


 見知った顔があった。


「リブッ!」

「ラスティッ! おまえもいたのか!」

 かつての同僚との意外な再開だった。


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