第169話 エスペランザ・エメリッヒ②   改稿2024/03/23



「誤解というと?」


「この間の発言だ。ホリンズワース上等兵……だったか、彼を盾にすると言ったやつだ。あれは芝居だ」


「「芝居ッ?!」」

 あまりの驚きにロウシェ伍長と言葉がかぶってしまった。


「ああ、そうだ。芝居だ。カリム・バルバロッサ少佐、そろそろ正体を明かしたらどうかね?」


 エメリッヒの言葉に、俺とロウシェはカリムへ顔を向ける。


「気づいていましたかエメリッヒ准将」


「これでも一応、帝国貴族なのでね。バルバロッサ家にカリムという嫡男はいない。いるのはカレン・バルバロッサ。娘だ」


「一体いつなんですか? コールドスリープからの蘇生時は、まだ外部野の電源を入れていなかったはず。それに蘇生酔いで記憶が曖昧あいまいだったのでしょう」


 カリム――カレンの問いかけに、エメリッヒはこめかみを指で叩いた。

「記憶力はいいほうでね。いくら記憶が曖昧でも男女比くらいはカウントできる。蘇生した二七人中、女性は五人いた。それなのに着替えたら四人に減っていた。なぜ一人減ったのか、とね。やむを得ぬ事情があったのだろう。だから仲間と別れるように仕向けた。さて性別を偽った本当の理由を教えてくれないかね?」


 よく覚えているな。

 俺は蘇生作業に必死だったので、助けた人数でさえあとで知ったくらいだ。それを男女比まで覚えているとは……。


「いまは理由を言えません」


「わかった。では一つだけ質問させてほしい。性別を偽る理由以外の質問を」


「それならお答えできます」



 近衛騎士インペリアルガード、軍属ならば誰もが知っている帝国のエリート。連邦の精兵レンジャーと同格の強者だ。

 その単語を聞くなり、カレンの顔から血の気が引いた。


「答えなくて結構。しかし忠告だけはさせてほしい。に性別を偽っても無意味だ」


 なんだろう、除け者にされている気がする。エメリッヒとカレンだけの世界って感じだ。


 ロウシェに視線を投げかけると、彼女もそうらしく返事代わりに肩をすくめた。


 それにしても次から次へと厄介ごとが増えていく。ああ、俺は平穏な生活を送りたいだけなのに……。


 なげいていると、エメリッヒの声が飛んできた。


「スレイド大尉、引き続き裏切り者の追跡をしてくれ」


「貴重なドローンなんですけど」


「裏切り者の動向を把握するのも貴重な情報だ。それが敵対者ならば、なおさらだろう」


「裏切り者とは交渉の余地なしですか?」


「握手を求めても撃たれるだけだと思うがね。識別コードを認識されないようにジャミングする連中だ。手慣れている。快楽殺人者と見ていいだろう。徒党を組んでいるとなると厄介だぞ。ああいった手合いは総じて殺しに慣れている。血に飢えたベテランの戦闘員だ。それでも友好的に接したいというのかね?」


「……場合によっては」


「まあいい、個人の主義主張に口を挟むつもりはない。好きなようにやりたまえ」


「だったらドローンも好きにしていいでしょうか?」


「ああ、かまわんよ。彼女たちを説得できたらの話だが」

 ロウシェとカレンを手で示す。


 女性陣はエメリッヒの意見に賛成らしい。仲間を殺した連中だもんなぁ、見逃さないか。でも、これからの旅にドローンが必要なのも確かだし……。


「でしたらエスペランザ軍事顧問、今後の指示をお願いします。損害ゼロの方向で」


「善処しよう」


 ドローンを自由にできないのは痛いが、優秀な頭脳が加わったことを喜ぼう。なんとなく不安は残るが、これがベストの選択だろう。仲間を殺した連中を追わないだけでもよしとしよう。これ以上のアクシデントはごめんだ。


「では、今後の計画を説明します」


 問題が起こらないように、俺のやるべき任務についてできる限りの説明をした。これで知りませんでしたは通じないだろう。念入りに釘を刺したので、問題は起こらないと思うが……。


 遠くに見える目的地――マーフォーク地方を統べる辺境伯の城を眺めながら任務の成功を願っていると、誰かが腕に抱きついてきた。


「パパ、ホエルンと遊ぼッ!」


 ……鬼教官だ。蘇生時の不具合により記憶障害におちいって、幼児退行している。頼りたいときに限って、こんなハプニングに見舞われるとは……。本来であればエメリッヒの手綱たずなを握るのは鬼教官の役目だ。それが、あの偏屈へんくつな軍事顧問と幼児退行した鬼教官のお守りとは……まったくもって割に合わない。


 年上のやたらグラマラスな幼児を腕から引き離すと、

「ワタシのこと嫌いになっちゃったの?」

 鬼教官は涙ぐんだ。涙腺るいせん崩壊ほうかい寸前で、声のトーンもおかしい。ヤバイ、いまにも本泣きしそうだッ!


 仕方なく頭をでて機嫌をとる。


 何も言わないでいると、さらに鬼教官が言ってきた。

「嫌いなの?」

 うるんだ瞳で上目遣い。そんな目で見ないでくれ。年上の、しかもかつての鬼教官にそんな顔をされても困る。いまの鬼教官が純真なことを知っているだけに雑にあつかえない……。


 未知の惑星に来てまで鬼教官に振りまわされようとは……ああ、本当に面倒だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る