第168話 エスペランザ・エメリッヒ① 改稿2024/03/22



「スレイド大尉、ドローンは何機飛ばしている?」


「惑星調査用の小型ドローンを一機だけですが、それが何か?」


 唐突なエメリッヒの問いかけに、驚きながらも答えた。すると偏屈へんくつな軍事顧問は苦虫をかみつぶしたような表情をした。


「君の言っていた野戦基地へ帰した面々から通信が途絶えている。嫌な予感がするのでドローンを飛ばしてくれ」


 ん? ちょっと待ってくれ、外部野同士の通信は五〇メートルが限界のはず、別れた連中は数十キロ先だ。なんで通信できるんだ?


 疑問に思っていると、俺の考えを察したのか、エメリッヒはちいさな箱を取り出した。


「将官用に支給される長距離通信ユニットだ。数キロまでなら通信が可能だ。遠距離となると通信は無理だが、外部野の位置情報は確認できる。大尉のいた野戦基地までは届かないがね。ここからだと、せいぜい例の砦までだろう」


 なるほど、そういう便利アイテムがあったのか。


「圏外に出た可能性はないのですか?」


「それは無い。AIに距離を測定させている。外部野の反応が途切れたのは圏内だ」


「わかりました」


 ドローンを飛ばして一時間後、思わぬ結果が返ってきた。


「……エスペランザ軍事顧問、全滅です。念のため先まで飛ばしてスキャンさせましたが、外部野の反応がありません」


「場所は?」


「森のなか、死体を片付けた様子はありません」


「君の通ってきた道に人影はあったかね? ドローンが偵察したよりも手前も含めてだが」


「いいえ、ありませんでした。東にある砦は無傷のようです」


 エメリッヒは腕を組んで、横一文字に引き結んだ唇をひん曲げた。


「…………ロリユー少佐にはこのことを話している。もし敵と遭遇そうぐうしたのならば、意思疎通はできなくてもなんらかの信号を飛ばしてくるはずだ。寝込みを襲われたにちがいない。死体をそのままにしたということは、敵は少数なのだろう。すでにその場から立ち去っているはずだ。南と北、君はどちらに逃げたと思う?」


「わかりません。この惑星の地理にはうとくて……」


 エメリッヒは減点と言いたげな表情をした。


 手持ちの情報で考える。北はベルーガの支配下だからそっちへ逃げた可能性は低い。となると南になる。


「おそらく、南へ逃げたかと」


「根拠は?」


 尋問みたいな質問が続いた。知っていることを洗いざらい白状すると、エメリッヒはドローンを南へ飛ばせと命令してきた。


「あのう、根拠は?」


「無い、二択だ。今回は君の意見を尊重する。脚力強化で明け方に逃げたと想定して……いや、乗り物も考慮したほうがいいな」


「なんで明け方なんですか?」


「生存確認だ。君のドローンの情報だと、奇襲が成功したのに死体を片付けていない。となると少数だろう。軍人ならば追跡を考慮して、少数という不利――痕跡こんせきを消す。おそらく生存者にとどめを刺すはず。今頃遅れた分を取り戻すため逃げているはずだ。追跡するならいましかない」


 軍事顧問だけあって小難しいことを考えている。あれこれ命令されるのはしゃくだけど、従っておこう。


 ドローンを南へ飛ばす。


 昼食をとる頃になってドローンから報告が返ってきた。


「発見しました。二名です。脚力強化とおぼしき速度で走っています」


 この惑星の住民という答えもあっただろうが、ここまで速く走れる者の話は聞いたことがない。宇宙軍の軍人でまず間違いないだろう。魔族という可能性も捨てきれないが、敵対する理由がない。


「シリアル、もしくは識別コードを確認できるか?」


 宇宙軍における識別コードとは、外部野に割り振られている番号のことだ。シリアルナンバーとちがって階級や配属で番号がちがう。シリアルナンバーから正体を突きとめることもできるが、識別コードのほうが速い。検索するまでもなく、だいたいわかる。


 ドローンに識別コードをしらべるよう命令を飛ばすと、認識不可と返ってきた。これが識別コードを持たない惑星の住人なら、対象が不適正と返ってくる。

 間違いない。隠蔽いんぺいされている。


「悪い予感が当たってしまったな。まさか仲間の裏切りとは……。隠蔽しているのなら、それなりの実戦経験者だな。ああいった小細工はベテランが思いつく。士官学校の出ではない、叩き上げの戦闘員だ。そう考えると連中が全滅したのもうなずける」


 人を物のように考える人間は嫌いだ。ましてや苦労して助けた仲間が死んだのに、全滅したのも頷けるだって? どういう神経をしてるんだッ!


「軍事顧問、お言葉ですが部下のことを連中と言うのはやめてもらえませんかね。新兵でも俺にとっちゃ仲間だ。それも死んだ仲間に対して全滅したのも頷けるだって? 冗談じゃない。俺たちは軍の玩具じゃないッ!」


 殴り飛ばしてやろうと腕を振りあげようとした瞬間、誰かに腕を掴まれた。

 振り返ると、ロウシェ伍長がいた。細い目をした猫っぽい笑みを浮かべている。掴み所の無い女伍長だ。コールドスリープ装置に収納していたのは一般的なレーザーガンでなく、ヒートブレードだった。身体に不釣り合いな長い剣を背負っている、接近戦に特化したガチの戦闘員だ。


 そのロウシェがニヤニヤしながら、

「大尉殿、落ち着きましょう。アタシだってぶん殴りたいのを我慢しているんですから」


「取り乱してすまない」


 俺とロウシェのやり取りをエメリッヒは冷ややかな目で見つめている。


「スレイド大尉、君は軍人に向いてないな」


「よく言われます」


「普通、軍人ならそこは否定するべきだろう。まあいい、いまの発言は私が悪かった、謝ろう。すまなかった」


「いえ、こちらこそ冷静さを欠いていました。すみません」


ので、この前の誤解も解いておこう」


 言葉の意味に、はっとした。周囲を見渡すと、殺気立った部下が武器に手をかけている。


 軍事顧問だけあって抜け目がない。部下の動きに怖じ気づいたのか?


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