第161話 奇跡の御業
翌日、身辺整理を進めていると思わぬ客が来訪した。
以前、マロッツェの森で野盗に
助け出した女性たちだ。彼女たちは星方教会の信徒だと名乗った。
お礼を言いたいというので、会うことにした。
それほど暇ではないので、執務室に来てもらう。
俺と会うなり一行は深々と頭を下げた。
「かしこまらず顔をあげてください」
「お言葉に甘えて……」
顔をあげる。
野盗たちに囚われていたときは、見る影もないほど気落ちしていたが、いまではそれが嘘のように穏やかだ。
人助けをして良かったと思う。
代表とおぼしき法衣を
「マロッツェで負傷者の治療に携わっていたロレーヌと申します。野盗どもからお助けいただき、ありがとうございました。心からお礼を申し上げます」
ロレーヌは物腰柔らかい成熟した大人の女性だ。陰のある笑みを
「当然のことをしたままです。それで、ロレーヌさんたちはこれからどうされるのですか?」
「いままで通り、スキーマ様にお仕えします。そのことについて、スレイド伯爵様にご相談が……」
ロレーヌが言うには打ち壊された教会に代わる建物を貸してほしいとのこと。スレイド城はできたばかりの拠点だ。教会以外にも必要な施設は多い。普段なら突っぱねていた要求だが、野盗に襲われる危険があるにもかかわらず森で奉仕活動していたことに、少なからず敬意を抱いている。
「わかりました。敷地の一角に教会を建てましょう」
「よろしいのですかッ!」
「ええ、危険を顧みず人々のために尽くしてこられたのです、これくらいは当然でしょう」
「ありがとうございます。お役に立てることがあれば何なりとお申し付けください」
そういえば教会の人って
「では御言葉に甘えて……時間のあるときで結構ですから、傷痍軍人や負傷者の
「癒やしの業ですね、
用件がすんだらしく、ロレーヌたちは深々と頭を下げて執務室を出ようとする。
その後ろ姿を見て、助け出した女性の一人がふっと脳裏に浮かびあがった。人質にされた女性だ。
「あのっ」
「何か?」
「野盗に囚われていた人たちのなかに、人質になっていた女性はいませんでしたか。野盗の頭目に酷い目に遭わされた……酷く憔悴していたので気になっています」
「…………」
とたんにロレーヌは眉をひそめた。
俺としたことが失敗だ。
そういえば、囚われていた女性たちは、とんでもない姿をさせられていた。セクハラ案件だ!
「すみません、失礼でしたね。厭なことを思い出させるようなことを言ってすみませんでした」
身体を直角に折って、平謝りする。
「スレイド伯、お顔をあげてください」
「いえ、俺が軽率でした」
「…………」
こういうときって、どんなタイミングで頭をあげるんだろう? 軍じゃ上官の許しが出るまでこのままだったけど……。
気まずい沈黙が流れる。
マリンたちがいなくて本当によかった。絶対、冷たい眼で見られる。
「あのう、スレイド伯が気にかけておられる女性は……多分、私だと思います」
「ロレーヌさんがッ!」
だったらなおさら頭をあげられない。本人に向かってなんて失礼なことを言ってしまったんだッ!
後悔する俺の肩に、そっと手が乗せられる。
「スレイド伯、お噂は聞いています。王都を追われて路頭に迷う人々を助けておられると。私がこうして生きていられるのもスレイド伯のおかげです。どうかお顔をあげてください」
ゆっくりと姿勢を戻す。
「心の傷は大丈夫なのですか?」
「問題ない……と言うと嘘になりますが、亡くなっていった者たちのことを考えると、私は幸せだと思います」
「そうですか。聖務がお辛いようでしたら、ガンダラクシャへお越しください。ちいさな領地ですが、穏やかに日々を過ごせると思いますので」
「お心遣いありがとうございます。ですが私は、この身を神に捧げております。人々に光を与える使命があります」
「ロレーヌさんは強い人ですね」
「そのようなことはありません。すべては主神スキーマ様のお導き」
「こちらこそ失礼を許して頂き、ありがとうございます。先ほどの教会の件、ただちに部下に命じますので、しばらくは心の
「ありがたく頂戴いたします」
とんだ失礼をしてしまったものの、助けた人たちが無事だと知って安堵した。
野盗どもに酷い目に遭わされたあとだというのに、人々のために光をか……。ロレーヌさんみたいな人を人格者っていうんだろうな。
陰ながら彼女たちを手助けしようと心に決めた。
慈愛に満ちたロレーヌさんと出会って、清らかな気持ちになっていると、フェムトから思念通信が入ってきた。まったく
――ラスティ、チャンスです。教会の癒やしの業をサンプリングしましょう――
あッ! 俺としたことが失念していた。癒やしの業は教会の者しかつかえない。ティーレから聞いた話だと、魔法とはちがう原理らしく、その業は高位の信者にしか授けられないとか……。ロレーヌさんの口ぶりだと俺の助けた一行のなかに高位の信者がいるようだ。
ちょうど部屋を出るところなので、
「すみません。癒やしの業を
「ラスティ様は、奇跡の御業を見たことがないのですか?」
奇跡の御業?
「恥ずかしながら……」
癒やしの業を施すことを奇跡の
「それではいまからお見せしましょう」
「よろしいのですか? 頼んでおいてなんですが、聖務があるのでは?」
「ほかならぬラスティ様の頼みです。喜んで奇跡の御業をお見せしましょう」
「我が
「とんでもない。命を救ってくれたことに比べれば
「そう言って頂けるとこちらも気が楽です」
いますぐにもで癒やしの業をつかってくれると言うので、一直線にマクベインのいる練兵場へ向かった。
「これは閣下、どうなされたのですが? 出立が迫っているのに、準備はよろしいのですか?」
「そっちはなんとかなりそうだ。それよりもマクベインたちに朗報だ。教会の方が奇跡の御業を施してくれる、これで古傷の痛みもマシになるだろう」
「おおッ、それはありがたい」
マクベインは馬から下りると、部下が用意した椅子に座った。
木製の義足を脱がせると、
苦悩しているのが顔に出ていたのか、マクベインが口を開いた。
「閣下、この程度のこと軍に身を置く者としては普通のことです。気に病むことはありません」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、君たちには平和に暮らしてほしいと願っていた。俺の力が足らず、申し訳ない」
「そう言わんでください。我々は閣下の目指す平和のために身を捧げると誓いました。閣下だけに苦労を背負わせるわけにはまいりません! それに我々はまだ働けます。平和を甘受するには早過ぎますぞ。なあ、みんな」
「そうだ。俺らはまだ戦える」
「ジジイじゃあるまいし、隠居するにははやいってもんだ」
「閣下に恩を返すんだ」
みんなの申し出は純粋に嬉しい。だけど戦いは非情だ。弱者から死んでいく。マクベインたちは弱者ではないだろうが、身体に不自由を抱えている。俺は彼らを戦場へ向かわせるために助けたのではない。幸せに暮らしてほしいから助けたのだ。なんとしても生きてスレイド領へ帰さねば。
新たな決意を胸に秘めつつ、彼らが古傷の痛みから解放されることを願う。
「それではロレーヌさんお願いします」
「それでは奇跡の御業を……」
【フェムト、サンプリングだ。すべてのリソースを割り振ってあらゆる情報をかき集めろ】
――了解しました――
そして、ついに奇跡の御業を目にすることとなる。
ロレーヌさんはマクベインの傷痕に手をかざすと、経典の一節らしき言葉を朗々と
光が傷痕を包み込む。
詠唱はなおも続き、ロレームさんの
かなりのエネルギーを消費しているようだ。苦しそうな顔をしている。
奇跡の御業は三分ほどで終わった。
「ありがとうございます。痛みがひきました」
「ありがとうございます、ロレーヌさん」
礼を述べるも、彼女は恩に着せることもなく、
「当然のことをしたまでです」
と優しい口調で返してくれた。
その顔には
マクベインは
「どうした? 義足の調子が悪いのか?」
「そうではありませんが……」
答えはマクベインの口から出てきた。
「閣下、信じられないことですが、
「本当かッ!」
「ええ、ワシが言うのですから間違いありません。指一節分ほど伸びているようです」
大発見だッ! 欠損した部位の再生。それもナノマシンより修復が速い! この惑星に降り立ってから、最大の
久々の
――ラスティ、大手柄です。惑星の居住権はおろか、宇宙科学賞ものですよ――
宇宙科学賞は地球にあった科学者の功績を称えるノーベル賞に
【そ、そうだな。調査記録に保存しておいてくれ。予備の外部野にもバックアップを頼む】
――念のために持っているすべての外部野にコピーしておきましょう――
AIですら理解する貴重性。俺はとんでもないものを引き当ててしまった……。この件はエレナ事務官には秘密にしておこう。
それにしても出鱈目な技術だ。これをものにできればもっと多くの人を助けることができる。
ロレーヌさんとの出会いを、会ったことのない神に感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます