第160話 出兵準備②



 各々持ち場へ戻っていくなか、マクベインが歩み寄ってきた。

「閣下、ロッコの手の者が報告に参っています」


「わかった取り次いでくれ」


「はッ、では後ほど執務室に伺います」


「頼む」


 いったん執務室へ戻る。なぜか工房のみんながついてきた。


「ラスティ、ご褒美のスイーツ頂戴」

「酒だ、酒」

「約束の酒をくれ」


 雇い主に催促さいそくするとはとんでもない従業員たちだ。まあいい、ちょうど俺も甘いものがほしかった。ジェイクに用意させよう。


「ジェイク、スイーツと飲み物、それと俺の倉庫から仕入れてきた酒をたるで持ってきてくれ。これが最後の雑用だ、今後は後任にやらせるように」


「畏まりました」

 言葉に出さないものの、ジェイクが喜んでいるのは明らかだ。なんせ騎士見習いから隊長になるんだからな、徴募兵を率いるとはいえ騎士見習いの連中からすれば大出世だ。

 後任の側付にまともな騎士見習いが来ることを祈るばかりだ。


 くつぎながら待っていると、ドアがノックされた。

「マクベインです。例の客人をお連れしました」


「入ってくれ」


「はッ」

 マクベインとともに入ってきたのは浮浪者の成りをした杖をついた男。

 男はコツコツと杖で床を叩きながら近づいてくる。


「名前は?」


「クライスっていう目の見えん役立たずでさぁ」


「そんなことはない。危険な旅だっただろう」


 銅貨と銀貨の入った革袋を握らせる。

「この大きさでこの重さ……銀貨が何枚か入ってやすね」


「手にしただけでわかるのか! すごいな」


「経験ってやつでさぁ」

 クライスはニヤリと笑うと、革袋をふところにねじ込んだ。


「大銀貨や金貨は目立つからな、銅貨を多めに入れてある。全部で大銀貨二枚ってところだ。ほかに仲間は?」


「十人ほどいます」


「ちょっと時間をくれないか、仲間の分も用意する」


「そ、そんな滅相めっそうもない。これだけもらえりゃ十分ですぜ」


「そんなことはない。俺に言わせりゃ足りないくらいだ。ガンダラクシャは魔物が多かったが過ごしやすい気候だった。北部は聖王国の兵っていう危険と寒さがある。辛いなか頑張ってくれた感謝の礼だ、受け取ってくれ」


「…………」


「ああ、それと話があるんだろう。どんな話なんだ?」


「お人払いを……と言いたいところですが、ここにいるのは信頼できる人たちなんでしょう?」


「ああ、信頼できる仲間だ」


「でしたら問題はありやせん、いいですかい、ここで話すことはくれぐれも内密に……」


「わかった約束する、みんなもいいな?」


「ええ」

「おうッ」


 賛同を得たところで、クライスに椅子を勧める。


「ありがとうごぜぇます。それでは話しますかい…………」


 クライスからの報告に俺は一喜一憂した。

 朗報が多かったものの、北方の異民族が攻めてきたのは手痛いアクシデントだ。おかげでカナベル元帥は北の古都カヴァロの守りにかざるを得なかった。

 野戦基地の兵力が減る前に長城が完成したので大した問題にはならなかったが、王都奪還が大幅に遅れるのは事実だろう。当然、ティーレとの婚姻も……。


 落胆したものの、もたらされた朗報に救われた。

 ベルーガに送り込まれた暗殺者のほとんどが始末されたらしい。ロッコの部下による成果がいちじるしく、マクベインも多くをほうむったのだとか。どうやら傷痍しょうい軍人たちの評価は低すぎたようだ。

 ツーランク評価を引きあげる。


 クライスらの働きによって、難を逃れた暗殺者の多くが撤退し、破滅の星、闇ギルドともに精鋭だけが居座っている形だ。

 その精鋭も目星がついているらしく、ティーレには報告済みだと聞いて安心した。


 警備を固めているが、残った暗殺者はどれも手練れ。マリンの役職を解いて、警護に向かってもらおうとか思っていたら、思わぬ援軍の知らせがあった。

「警護に関しては安心してくだせぇ、魔族の王様から護衛が派遣されていやす」


「警戒とかされてないか?」


「大丈夫でさぁ、魔族の王様もその辺は考えてくれているようで、人間の魔術師を護衛につけてくれやした」


「人間の魔術師? 初耳だな、プルガートに人間が移り住んでいたなんて……」


「それよりも旦那、驚かないでくだせぇよ。護衛の魔術師ってのは、かの有名なトリップ姉妹でさぁ」


「トリップ姉妹?」


 それも初耳だ。有名ってことはかなり強い人たちなんだろうけど……。

 意外なことにローランが食い付いた。

「トリップ姉妹って、大呪界の魔女ッ!」


「そうですぜ、その魔女が護衛なんでさぁ」


「ラスティ、凄いわよ。あの伝説のトリップ姉妹よッ!」

 ローランが肩をつかんで揺さぶってくる。


 伝説って言われても、知らない俺からすれば、誰それ? って話なんだけど。


「……そ、それは凄いな」


「凄いってもんじゃないわよ。あの生きた伝説よ!」


 この場に居合わせている多くの連中は感嘆かんたんを顔に出している。かなりの大物らしいが、マリンは無表情だ。


「マリン、知っているのか?」


「聞いたことがあります。プルガートに住む変わり者の姉妹で、無詠唱ノンキャストで魔法を行使できるとか」


「ほらっ、凄いでしょう。無詠唱よッ! 魔法の才能があってもほとんどは短縮詠唱ショートスペルどまり。無詠唱なんてほんのひと握りよ」


 俺だって無詠唱できるし、ローランも覚えたじゃん。


「上位の魔法もバンバン撃てるって噂だし、そんなすごい魔術師が護衛なんて、アタシだったら鼻血が出ちゃうわ」


 最後の部分はわからなかったが、どうやらかなり凄いらしい。頭がガックンガックンするほど揺さぶってきたので体感でわかる。


「じゃあ、ティーレの護衛は問題ないな」


「護衛どころか王都奪還も可能なのよッ! だってトリップ姉妹は三万からなる軍勢をたった一発の魔法で退けたんだからッ!」


 三万の軍勢を魔法ひとつでッ! 桁違けたちがいの威力いりょくに引いた。


「その噂には誇張があります。正確には一万です」

 マリンが冷静に真実を明かす。


 いや、一万でも凄いんだけど……。


「どれだけの敵を葬ったんだ」


「千にも満たない数ですね。死者は数百。魔法はそこまで万能ではありません。最近はボケてきたようで、昔のように上級魔法を扱える保証はありません。ですが用心深い姉妹なので護衛には適任でしょう」


 ボケ? ってことは高齢者なのか。


 表情から俺の考えを読み取ったようで、マリンは続ける。

「両名とも二百を越えるご高齢です。いくさ働きは期待できないでしょう」


 それでも優秀なのは変わりなく、マリンも護衛に関しては太鼓判を押している。


「そうか、だったら一安心だな。あとはマリンの護衛だけか」


 話が自身におよぶとは考えていなかったようで、マリンは急にかしこまった。

「わ、私は大丈夫です。クロとシロがいますから」


「それはわかっている。でも、いずれ本隊はこっちに来るだろう。そうなったらマリンも暗殺の対象になりうる。何かあってからじゃ遅いからね」


「ご、ご心配、あ、ありがとうございます」

 マリンはうつむいて顔を隠しているが、まっ赤になった耳までは隠し切れていない。普段は無表情な少女だが、こういうところは可愛い。年相応の少女って感じがする。


 恥ずかしがる彼女の頭を撫でながら、ジェイクを待つ。


 クライスにもスイーツを食べてもらいたかったが、用事があると足早に立ち去っていった。


 次からは持ち帰り用に保存の利くスイーツも用意しておこう。


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