第159話 出兵準備①





 未来の妻から過剰なまでの愛を補充してしまった以上、今回の任務は失敗できない。

 この任務が終わったら、俺は……は有名な死亡フラグらしいが、そんなことはどうでもいい。絶対に生きて帰ってイチャイチャしてやる!


 そのためにもまずはしっかり仕事をこなさないと。


 正式な出立命令が下りるまで、身辺整理を進めることにした。

 俺が不在でも問題ないよう指示も出しておかないとな。一応、最悪の事態を想定して駆け落ちも念頭に置いおこう。カーラにバレないよう抜かりなく……。


 マロッツェに建てたばかりのスレイド城を守る後任も立てなければならないし、今後についてもいろいろ相談しないといけない。

 三日の猶予ゆうよをもらっているが、時間が全然足りない。


 とりあえず、セモベンテへの協力者を募って盛大に見送ったのだが、そこにラスコーとアレクの姿はなかった。

 体調不良かと思ったが、そうではなかったようで普通に会議に顔を出している。


 いつものメンバーは一人として欠けることなく席についていた。どうやら指揮官として認められたらしい。


 マリン、ローラン、アドンとソドム、ジェイク、トベラ、そしてラスコーとアレク。今回から、ガンダラクシャから駆けつけてくれたマクベインもいる。

 マクベインのしらがの混じった顎髭あごひげは以前に見たときよりも艶々つやつやしている。肌も張りがあって健康状態は良さそうだ。スレイド領の人たちはちゃんとした食事にありつけているらしい。俺の領地の経済がちゃんとまわっているようで安心した。


 元からいる俺の部隊――セモベンテに騎士を帰して減った八〇〇、それにトベラ隊五千。併せて五八〇〇に加えて、エレナ事務官からさらなる増援の五千が加わる。スレイド領で編制した傷痍軍人を核にした騎兵隊三〇〇、臨時で雇った傭兵や徴募兵二千。それらを合算して、兵力は約一万三千。スレイド城は堅牢な造りだ、防衛だけならば十分だろう。

 決定が必要なのは後任となる指揮系統だけ。それ以外は今後の方針くらいか……。


 さほど重要ではない。かといって疎かにはできない。不測の事態も考えて、しっかりと指示を出しておこう。


 まずは気になっていたことから……。

 失礼だとは思ったが、二人の騎士に古巣に戻らない理由を尋ねてみた。

「騎士ラスコー、アレク、君たちはセモベンテ将軍のもとに戻らないのか?」


「セモベンテ将軍より、閣下の下で働くほうが性に合っています」

「俺もこっちがいい。飯が美味いからな」


 労働環境改善に力を入れた結果が出ているようだ。頑張った甲斐がある。


「ありがたい。二人が残ってくれて嬉しいよ」


「それよりも閣下、なぜセモベンテのもとに騎士を帰すと言い出したのですか?」

 古参の騎士は、俺の考えに納得していないようだ。政治的な配慮はいりょをしたつもりなのだが、気づいていないらしい。戦闘が主な仕事なので当然か?

 見習い騎士のジェイクとトベラもいることだし、実地訓練も兼ねて解答を出してもらおう。


「トベラ、ジェイク……それとマリン。ラスコーの質問の答え、わかるか?」


「セモベンテ副官への配慮……ですか?」

「政治的な意味合いがありそうですけど、深くは……」

 ジェイクは論外だが、トベラはいい線をいっている。エレナ事務官の仕込みのおかげか? 将来が楽しみだ。


 こういった頭脳労働が苦手なのか、魔族の少女はだまり込んでいた。

 意地悪な気もしたが、贔屓ひいきするわけにもいかない。心を鬼にして尋ねる。

「マリンはどう思う?」


「政治的配慮だけではありませんね」


「というと?」


「長くなりますが、よろしいでしょうか?」


「かまわない。頭の体操も兼ねているから間違ってもいいぞ」


「ありがとうございます。では……」

 マリンの解答は二〇分にも及んだ。結論から言おう、黒髪金眼の少女は驚くほど優秀だった。


 彼女が重要視したのは、まっ先にセモベンテへの件を議題に挙げたことだ。

 そのことからセモベンテとの関係を重要視していると読み解き、同時に、セモベンテに心酔している騎士からの反感をけるべく行動したとの結論に達したらしい。マリンの考えはそれだけには留まらず、数少ない会話から騎士ラスコーとアレクを重要視していることを二人の騎士に説いた。

 またジェイクとトベラを次期幹部として扱っていることも挙げ、エレナ事務官の再三の増援から、この城が今後の重要拠点になることも理解してくれている。


 彼女の解答は俺の想定していた完璧を上まわっていた。伊達に魔族の姫をやっていない。

「手元の情報から読み解けるのは以上です」


 理路整然とした模範もはん解答に、会議に参加している全員が拍手を送る。もちろん俺も拍手を送った。


「情報が少なかったので解答に抜けはあったが、十分すぎる答えだ」


「……抜けがあったのですか?」


「ああ、陛下は俺に追贈ついぞうする領地の規模きぼ曖昧あいまいにしていた。それなりに領地を主張したいので開墾かいこん(農地開発)・灌漑かんがい(農水整備)に力を入れていきたい。言っておくが、俺の利益のためじゃないぞ。土地や住む家を失った民を迎え入れるためだ。それに命をけて戦う騎士たちにも恩賞を与えたい。一時的な金銭じゃなくて、老後も安心できる土地という形で彼らに報いたいんだ」


「工房長、それって俺らの土地もあるのか?」

 恩賞の言葉にアドンが食い付いてきた。


「おまえらは俺が雇っているだろう。死ぬまで仕事に事欠かない、だから別だ」


「なんでぇ、ケチだな」


「安心しろ最低限の生活は保障する。あと酒もな」


「だったら安心だ」

「俺たちも頑張るぜッ!」


 話が一段落したところで、マクベインが手を挙げる。


「マクベイン、何か気になることでもあるのか?」


「いえッ、閣下の采配さいはいまことに見事でした。ですが、この城を守るに関してもっとも重要なことが欠けているかと思いまして」


「指揮系統について……だな」


「はい」


 トベラはエレナ事務官の直属だから指揮官級のあつかいにしないと。立場に見合うだけの兵を任せて、あとは……。


「各々、指揮可能な兵数を教えてくれ」


「ではワシから……」

 マクベインは元侯爵お抱えの騎士団長だったらしく、五千までの指揮経験があるというから驚きだ。貴族の家柄で子爵であるものの、領地は聖王国に奪われたままだという。

 古参のラスコーも同様に五千の指揮経験がある。アレクは三千で、意外なことにセモベンテは三万の兵を指揮していたとか……。どうりで態度がデカいはずだ。

 トベラは千と少ないが、激戦区であったマロッツェの森でゲリラ戦を繰り広げきた猛者もさだ。ジェイクは未経験で、せいぜい数十人だと自己申告してきた。見習い騎士で経験豊富とか無いから……。そこはみんなも理解しているようで何も言わなかった。マリンもジェイクと似たような経験だ。従順な妻は利発だが荒事の経験は少ないらしい。


 アドンとソドムは論外で、ローランに至っては兵を率いるつもりは毛頭ない。

 全員の経験も考慮こうりょして、指揮系統を決定する。


 トベラには率いていた五千の指揮を任せ、副官はラスコーをつけた。

 エレナ事務官からの増援五千については好きにしていいと聞いているので、マリンを指揮官に据える。副官はアレク。

 マクベインとジェイクにはガンダラクシャからの騎兵三〇〇と徴募ちょうぼ兵一五〇〇。鍛冶屋兄弟、ローランには傭兵隊五〇〇を、好きにしていいと押しつけた。


 俺は元からいるスレイド隊八〇〇だ。


「閣下の兵が八〇〇とは少なすぎませんか?」

 ラスコーが異論を唱える。ほかのみんなもそう思っているようだ。なのでこれから先のことを説明する。


「近々、陛下から勅命がおりる。西にいる第三王女殿下の救出だ。救出といっても送り迎えをするだけで、それほど危険はない」


「であれば、なおさらのこと。西には聖王国軍だけでなく、裏切り者のツッペ元帥もいると聞いています」


 裏切り者の元帥? そういえば、そんな話をどこかで聞いたような……。


「先の大戦のおり、王都の留守を預かったのをいいことに敵に寝返った売国奴ばいこくどです。カナベル元帥と歳が近く、優秀だと耳にしております。あなどれぬ相手、ご注意を」


「騎士ラスコー、ためになる進言ありがとう」


「いえ、出過ぎたことを申してすみません」


「いや、本当にありがたい進言だった。西へ行く際は、そのツッペなる元帥の動向に注意するよ」


 話が途切れると、今度はアレクだ。

「隊長、俺からもいいですか?」


「女性の下につくのは不服か?」


「いや、そうじゃなくて。副官の俺に兵三千の指揮権は間違ってないよな」


「間違ってない。マリンが総指揮をる形になるけど、実際に兵を動かすのはアレクだ。君は優秀な騎士だと思っている。戦闘が始まったら、経験の浅いマリンだと不備があるだろう。そう判断したら独断で兵を動かしてくれ。ラスコーも同様だ」


「よろしいのですか?」


「当然だ、君たち二人はこの城を少数で建てた実績がある。この経験は野戦築城でも役立つし、君らは歴戦の騎士だ。可能な限り才能を振るえるよう配慮するつもりだ」


「おおッ、聞いたかアレク」

「ああ、こっちに付いて良かったぜ」


 ラスコーとアレクはいったん席を立ち、俺に向かって膝をついた。


「「閣下の騎士として忠誠をつくす所存にございます」」


「堅苦しいのはやめてくれ」


「いえ、ノルテ元帥が家宝の魔法剣を譲られた御方。スレイド閣下こそ、それを持つに値すると常々思っておりました」

「俺は半信半疑だったけど、ラスコーのおっさんと同意見だ。まさか三千の兵を任せてくれるとはな、腕が鳴るぜ」


 部下からの信頼を得たところで会議はお開き。

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