第157話 ご褒美



 全快した俺は暗殺を未然に防いだ功績により、アデル陛下から褒美をもらうことになった。


 急拵ごしらえの玉座の間には貴族や軍の責任者が居並び、壇上には陛下と王族、それにエレナ事務官がいる。


 事前に教えられた作法に従い、玉座へと伸びる赤い絨毯じゅうたんを進む。

 示し合わせた位置まで来ると、教わった通りにうやうやしくひざをついた。


「ラスティ・スレイド、其方の活躍を耳にせぬ日はない。此度の暗殺者撃退の功はいちぢるしく、王族はもとより余の血族の命も救ってくれた。よくやった」


「陛下より御言葉をたまわり、光栄のいたり」


「追って褒美を与える。次にセモベンテ」


 ん? セモベンテ! あいつも功績を立てたのか?


 群臣のなかから、セモベンテがあらわれる。俺の横に並び膝をつくと、フンと鼻を鳴らした。


「セモベンテ、ここに」


「其方は暗殺者から余を守ってくれたな。その功績は目を見張るものがある。よって将軍の称号を与える。正規兵一万を率いよ」


「ありがたき幸せ」


「ラスティ・スレイド、其方はノルテに仕えていた騎士たちを率いよ。セモベンテが正規兵たちの将軍になるゆえ、このままでは騎士たちを路頭に迷わせてしまう。ノルテから剣を授かった其方ならば、騎士たちも納得いくであろう」


 不意に、歯軋はぎしりが聞こえた。セモベンテだ。古参の兵を引き抜かれる結果に怒っているのだろう。


「……陛下、騎士たちの件について、今一度考え直しを」


「リッシュよ。セモベンテはこう申しておるが、其方の意見、曲げても良いか?」


 おお! リッシュの考えだったのか、ありがたい。さすがは優秀な貴族様だ。


 リッシュが赤絨毯の上に歩み出る。

「御言葉ですが陛下、ノルテ元帥は無名時代、徴募ちょうぼしたばかりの新兵一万の兵を率いて功績を打ち立てられたのは周知のこと。セモベンテ将軍はノルテ元帥の薫陶くんとうを受けた希に見る騎士。元帥の偉業を辿たどるは当然かと」


「うむ、余もそう思っておった。しかし、我が国はマキナ聖王国とことを構えておる。前例を踏襲とうしゅうするにはこくではないか?」


 セモベンテの意見にかたむきかけた瞬間、エレナ事務官が声をあげた。

「それはなりません。ここでリッシュの提案を曲げるということは、セモベンテ将軍がノルテ元帥より遥かに劣ると公言するようなもの。ですので正規の兵よりも、無名の義勇兵三万の指揮を任せるのが妥当かと存じます」


「なるほど、ノルテ元帥の副官を務めてきた騎士だ。問題はないであろうな」


 歯軋りに、革手袋を握り鳴らす音が加わった。


「セモベンテには王都近郊に領地を与え、義勇兵三万の指揮を任せよう。王都奪還が果たせぬいま資金面で不備を抱えるのはよろしくない。そこは余が補填しよう。これでよいかセモベンテよ」


「……仰せのままに」


「ラスティ・スレイド、リッシュ・ラモンド。其方たちにはマロッツェ周辺の土地を追贈しよう。両名ともそれに似合う働きをした」


「「ありがたき御言葉」」


 俺とセモベンテだけの功労賞のはずが、リッシュも加わり玉座の間は騒然となった。


 打ち立てた功績はセモベンテのほうが上だが、結果はまったくちがった。俺とリッシュの圧勝だ。


 セモベンテに下賜されたのは兵三万と王都近郊の価値ある領地、それに当面の軍資金。形式上は羨ましい褒美だが、絶対ではない。その証拠にアデル陛下は『王都近郊』と曖昧にぼかしている。今後の働き如何いかんによって、下賜される領地の広さが決まるのだろう。その可能性を示唆しさしている。そもそも、王都近郊の土地には王都を奪還するという大前提がある。

 それに兵の数は三万と増えたものの、練度の低い義勇兵。見方によっては降格だ。陛下の言葉に異を唱えた罰だろう。

 でもまあ、昇格には変わりない。


 当面、肩代わりしてくれる軍資金はセモベンテを試す必要経費といったところだ。


 アデル陛下は実に優秀な若者だ。褒美を与えると同時に、暗にセモベンテに命令を下した。言葉には出さなかったものの、兵を鍛えて王都奪還に備えよ、というハードルの高い命令だ。勅命だけに逆らえない。約束された褒美、というえさをぶら下げられて、セモベンテは内心ではヤキモキしているのだろう。

 いい気味だ。


 しかし難題だ。

 いままで行動をともにした騎士たちは俺の傘下に収まって、即戦力の兵士は皆無。俺だって投げ出したくなる。

 楽な仕事ではないが、見返りは大きい。次期元帥と期待もされている。ハイリスク・ハイリターンではあるものの、またとないチャンスだ。


 問題は、セモベンテがこれをどう受け取るかなのだが……。


 キリリッ!


 いままで一番大きな歯軋りが鳴った。


 せっかく離れることができたのに、怒りの矛先を向けられては困る。部隊の宿営地に戻ったら、セモベンテへの協力者を募って送ってやろう。セモベンテ寄りの騎士を間引けるし、恩を売りつけることができる。我ながら名案だ。


 そんなことを考えつつ、エレナ閣下から褒美の目録を手に壇上から降りてくる。


 いつの間にか、リッシュが俺とセモベンテの間にいた。


 俺から順に目録を受け取る。


「これで満足しちゃ駄目よ。大尉にはまだ上を目指してもらわないといけないんだから」


「うへぇ、まだ上ですか?」


 人遣いの荒い帝室令嬢だ。ティーレとの婚姻に賛成してくれる協力者なので、頼みを無下にはできない。

 セモベンテのことをどうこう言えないな。


「近々、特別な任務に就いてもらうわ。そうね、三日あげるから身辺整理でもしてなさい」


「身辺整理って……命がけの任務ですか?」


「馬鹿ねぇ、軍に入ってから安全な任務ってあった?」


「…………」


 いばらの道はまだまだ続くらしい。


 一番得をしたリッシュは、ほくほく顔でエレナ事務官に頭を垂れていた。

「陛下、閣下の期待に応えることができて光栄です」


「ところでリッシュ名誉元帥、あなたを正式に元帥に取り上げるようにと案が出ているのだけど、どう?」


「どう、と申されても臣の実力では不釣り合いな役職かと……」


「優秀な部下がいれば引き受けてくれる?」


「……返答に猶予ゆうよをいただきたい」


「そうね、無理強いはしたくないわ。元帥の椅子が空いている間に返事を頂戴」


「畏まりました」


 最後にセモベンテに目録を手渡すのだが、エレナ事務官が壇上に戻るなりセモベンテは毒づいた。


「陛下を操る妖女めッ!」


 消え入りそうなささやきだったが、俺とリッシュには聞こえていた。貴族だけあって平静を装っているリッシュだが、その額には汗が浮かんでいる。その点、貴族社会に不慣れな俺は、ついセモベンテに顔を向けてしまった。


 動揺をリッシュに悟られたようで、先輩貴族は半歩前に身を動かして、俺の視界をさえぎった。セモベンテを見る、という俺の迂闊うかつな行動をもみ消してくれたのだ。


 頼りになる貴族様だ。


 だけど残念だ。事前に話にのぼっていた侯爵にはなれなかった。

 そういえばエレナ事務官が、俺には敵が多いって言っていたな……そいつらの妨害か?

 まあいい、アデル陛下は陞爵を約束してくれているんだし、焦らずじっくりいこう。


 こうして数多くの問題を残して、論功行賞は終わった。


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