第155話 暗殺者④
暗殺者にあるまじき失態だ。俺の完璧な演技と大物の暗殺対象という言葉に気をとられたのだろう。作戦勝ちだ。
大きく飛んでカーラの腕を掴むと、全力で引き寄せた。抱きしめる形でカーラ受け止め、そのまま背後に押しやる。高周波コンバットナイフを構えて、ジャックの攻撃に備えた。
ジャックの口から驚きの言葉が発せられる。
「貴様、ジャック・スレイドの縁者ではなかったのかッ!」
なるほど、そういうわけか。目の前にいるジャックは偽物。欲に目がくらんだ暗殺者は、まんまと俺の演技に
「クソッ、暗殺は失敗か。まあいいカウェンクス陛下暗殺の資料はいただいたッ!」
「……仕方ない。殿下の命には替えられないからな」
駄目押しの演技を続けると、偽ジャックはほくそ笑んだ。
カーラを守りながら戦うのは難しいので、嬉しい誤算だ。これで相手は逃げ出すだろう。
「暗殺にしくじったのは手痛いが、貴様のおかげで
どっちが間抜けだよ。
「カナベル、いまだッ!」
俺の声に呼応して、扉が蹴破られる。完全武装の騎士が雪崩れ込んできた。
「者ども、曲者を斬り捨てろ!」
「「おおぉー」」
カナベル元帥の号令のもと、騎士たちが偽ジャックへ殺到する。これで終わりかと思いきや、偽ジャックは最後の抵抗を試みた。
執務机の書類を撒き散らし、こっちに向かってナイフを投げてきた。
「カーラ伏せろッ!」
苦手なカーラを覆い隠す。次の瞬間、背中に激痛が走った。
「痛ッ! 一本食らったか?」
「大丈夫か?」
「黙って伏せてろッ!」
動きだしそうなカーラを強引に押さえ込みながら、物陰へと移動する。
苦痛に耐えいる間に、騎士たちに動揺が走ったようだ。わずかにざわめく。
その一瞬の隙をついて、偽ジャックは逃走した。雪崩れ込んできた騎士を無視して、蜘蛛の子を散らすように部屋から出ていく。
「カーラ、怪我はないか?」
「オレは大丈夫だ。人のことよりも自分のことを心配しろ」
なんだかクラクラする。
異常を知らせるアラートが鳴った。視界は赤く彩られ、不快感がこみ上げる。
――ラスティ、未知の毒物を検出しました――
【解析して、毒を分解しろ】
――毒物の解析を始めます――
偽ジャックの投げたナイフに毒が塗られてるかもしれない。俺はナノマシンで対処できるが、カーラは無理だ。この気の強い女性とは婚約したくないので、ティーレのときのみたいにナノマシンを与えて助けるなんてまっぴらだ。
とはいえ、愛するティーレの姉。みすみす暗殺者の手にかけたくもない。なので、傷がないか確かめる。
「正直に言え、怪我をしてるか?」
「……わ、わからん」
肝心なときに限って、はっきりしない。こういう時くらいは正直になってほしい。
鬼教官からセクハラ認定されるだろうが、事態が事態だ。心を鬼にしてカーラの身体を
「おい、貴様ッ、どこを触っているッ!」
「ナイフには毒を塗られている」
「なぜそんなことがわかる? はッ、さっきのやつか!」
「俺のことはいい、それよりも本当に怪我はないんだな。チクッとでも刺されたりしなかったか?」
「…………」
「やっぱりあるんじゃないか、どこだ?」
「後ろの……腰のあたりに、チクッと」
「はやく見せろ、いまならまだ間に合う」
「待て、そこを見るにはドレスを脱がないと……」
「命とどっちが大切なんだ」
「命よりも、王族としての名誉を選ぶ」
本当に面倒臭い女だ。
実力行使でドレスのなかに手をつっこむ。
「おいッ、貴様、そこは……アッ! ンンッ!」
「悪いが、ちょっとだけドレスを破るぞ」
「やめろッ、貴様、何をしているのわかっているのかッ!」
ドレスを引き裂く。
「覚えていろッ! あとで絶対に後悔させてやるからなッ!」
「我慢してくれ。もうちょっとで毒の有無がわかる」
「やめッ……ろ。そこは……ふぁッ!」
抵抗するカーラを無視して、刺されたと言っていた腰のあたりを接触式の電磁スキャンでしらべる。
【フェムト、毒物反応は?】
――カーラから毒物は検出されませんでした。おそらく、ラスティたちが部屋に入ってきた時の傷でしょう。脅しも兼ねて、毒の塗られてないナイフの先で突かれたようです――
ほっとしたところで、異変が俺を襲う。
「ううッ……」
熱いものがこみあげてくる。
――解析終了。残念なお知らせです。ラスティの体内から検出された未知の毒は分解できません――
【さっさと対処しろ】
――ただちに未知の毒物を隔離します――
【生命の危険度は?】
――しばらくは不調が続きますが、生命に危険はありません――
しばらくとはAIにしては曖昧な解答だ。それにしても未知の毒とは……ツイてないな。
「どうせ俺を暗殺するつもりだったんだろう。いい機会じゃないか、やれよ」
「貴様、#####、######。#####!」
翻訳機能が正常に動作していない。未知の毒物隔離にリソースを割り当てているのだろう。どうせ殺されるんだ、カーラの言葉なんかどうでもいい。
抗いがたい気怠さに、俺は意識を手放した。
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