第154話 暗殺者③



【フェムト、音響スキャンを試したい。タイミングを合わせてくれ】


――必要性を感じませんが?――


【いいからやれ、指を鳴らすからそれに合わせろ】


――了解しました。それで何をしらべるのですか?――


【対象はこの部屋全体だ】


――……精度はどれくれいですか?――


【精密スキャンで頼む】


――立体スキャンになりますので、一分ほど時間を要します――


【それでいい】


 一分か、結構時間がかかるな……。


 まずは指を鳴らして、フェムトにスキャンの合図を送る。

 俺にだけ見える、音の波が部屋全体に広がった。

 解析結果を出るまでの時間稼ぎに、下手な演技をすることにした。まずは指を鳴らしたことを怪しまれないように、はっと閃いたふうを装う。


「同じスレイド姓ってことは、もしかしてですか? 何年も会っていないんで他人の空似そらにかと思っていたんですけど、ジャック叔父さんですよね。俺ですよラスティですよ」


 当然のことながら、この惑星に親戚はいない。人違いと返されたあとの展開を考えていたら……。


「そ、そうだな。何年ぶりだろうな……仕事が忙しくてすっかり忘れていた。本当に久しぶりだなラスティ」


 えッ! ちょっと待て、見ず知らずの男においっ子認定されたんだけどッ! それも俺の名前を教えたにもかかわらずだッ! ジャックにラスティという甥が存在する可能性もあったが、俺と瓜二つの甥がいる確率は限りなくゼロだ。断言できる、絶対にありえない。


 解析結果を報告されるまでもなく、ジャックが怪しいと確信した。


「ところでラスティは、いまどんな仕事をしている?」


 カーラに目配せする。俺の演技に口を挟まないのだ、この時点でカーラは暗殺者の手中にあると考えていいだろう。面倒だが助けてやるか?


「叔父さんと同じかな。カリンドゥラ殿下の前だから言えないけど、今回の獲物は大物なんだ」


「大物? まさか大将軍って肩書きじゃないだろうな?」


「ああ、あれは無理だよ。命がいくつあっても足りない」


「誰なんだ?」


「そればっかりは、依頼主の殿下の許可がないと……ねぇ」


「機密事項と言っただろう。無闇に口にするな」

 苦手な相手だが頭の回転は速いのは助かる。意図を察してくれたようだ。


 俺の演技に加わるなり、カーラは背筋を伸ばした。尊大な胸が跳ねる。男みたいな口調のカーラだが、スタイルは抜群でコロニーで開催されるミスコンクイーンよりもイケている。敵意剥き出しでなければ、告白の一つはしていたかもしれない。そんな美人だ。


 ありえない未来はさておき、問題はどうやってカーラを助けるかだな。


 アドリブについて考えていたら、フェムトから解析結果が報告された。


――ジャック・スレイドは武器を所持しています。ナイフを数本、そのうちの一本がさやに収まっていません――


【カーラに突きつけているんだろう】


――よくわかりましたね――


【ほかに暗殺者らしき存在は?】


――ジャック以外の反応は検知できませんでした――


 だったらこの場でケリをつけよう。


「ああ、殿下、カナベル元帥のことを気にしているのですね。でしたら退席願いましょう」


 カナベルに歩み寄り、耳元でささやく。

「絶対に驚くなよ。ジャックが暗殺者だ」


「!」


「外に出たら慌てず、騒がず、気配を殺して慎重に建物を囲んでくれ。ジャックが逃げたら捕まえろ。カーラは俺がなんとかする」


「…………わかりました」


 カナベル元帥の背中を叩き、

「悪いけど、そういうわけだから席を外してくれ」


「…………内密の話とあって仕方ありませんね。それでは殿下、失礼します」


 カナベルを見送ってから、ジャックに向き直る。意識して笑顔をつくり、暗殺者を安心させてから、

「人払いもすみましたので、例の件について喋ってもよろしいですか殿下?」


「好きにしろ」


「それじゃあ、叔父さんにとっておきの情報を……っと、その前に見取り図を見て頂いたほうがわかりやすいですね。なんせ相手は聖王国のカウェンクス王」


「何ッ、聖王カウェンクスだとッ!」


 この驚きよう、マキナの雇った暗殺者と断定してもいいだろう。


「警備は厳重でしょうから、叔父さんの意見も聞きたいですし」


「可愛い甥の頼みだ。アドバイスくらいはしてやろう、はやく見取り図を見せてくれ」


「殿下、アレはどこにあるんですか?」


「いつもの場所だ」


 機転も利き、頭の回転も速い。こういう女性は嫌いではないが、残念だ。カーラとは仲良くなりたくない。


「じゃあ、ちょいと失礼して」

 二人に近づき、近くの書棚に手をかける。もちろん演技だ。場所取りのために移動しただけ。書棚から分厚い本を一冊抜き取って、

「この本には細工がしてあって、なかは空洞になっているんですよ。機密資料を隠すのに最適だと思いませんか?」


「そうだな。しかし見取り図を隠すとなると折り目がつくんじゃないのか?」


「折り目がつくのが難点だけど、持ち歩く分には便利ですよ。それに、これを探し当てることのできる密偵はまずいないでしょうから」


「重要な機密書類だというのはわかった。ラスティ、はやく見取り図を見せてくれ。俺も忙しくてな、はやく次の仕事に出かけねばならん」


 予想外の展開にジャックは焦っている。ここまでイレギュラーな暗殺はそうそう体験できないだろう。しかし、こんな安直あんちょくな手で釣れるとは……。どうやらジャックは価値のある情報に貪欲どんよくらしい。俺だったら機密情報より先に任務を優先させるのに。


「だったら、ハイッ」


 分厚い本を投げてやった。ジャックは利き手でない左手でそれを受け取ろうとするが、上手くいかず、取り落としそうになる。とっさに右手を出した。ナイフを握りしめている右手だ。本はキャッチしたものの、失敗に気づいたようだ。。


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