第153話 暗殺者② 改訂2024/06/10



 エレナ事務官では決め手に欠けるが、俺の頼れる相手は少ない。こんなとき腹黒元帥がいてくれたら……。駄目だ、俺ともあろうものが、ツェリを頼りにしているなんて。


 とりあえずティーレに報告だ。

 ティーレのいる天幕へ走る。もちろんフェムトには周囲を警戒させている。

 目立った敵の動きも検知されず、天幕に入る。


 護衛の女性騎士数名とマリンとジェイクがいた。

 念のため、全員にマーカーを打ち込み、フェムトに不穏な動きがあれば知らせるよう命令した。


【フェムト、魔法を準備しておいてくれ。変な動きがあったらすぐに知らせろ】


――それよりもティーレの持っている外部野に命令すれば――


 そうだった。ティーレにはナノマシンとそれを制御するフェムトの分身コピーをインストールしてある。俺の威厳がどうのこうのいっている場合じゃない。


【フェムト、分身コピーに指示を出してくれ、可能な限り制限をとっぱらえ】


――了解しました――


「あなた様、どうしたのですか? そんなに慌てて」


「気をつけろ、暗殺者があらわれた」

 女性騎士がいっせいに身構える。


「エレナ閣下が襲われた。暗殺者は撃退したが、あいつらの死体には絶対に触れるな。罠が仕掛けられている。必ず、守りと攻めに別れて行動してくれ。いっせいに攻めても被害が大きくなるだけだ」


「スレイド卿、忠告ありがとうございます」


「礼はいらない。くれぐれも無理はしないでほしい。君たちの仕事は王女殿下の護衛ではあるが、死ぬことではない。これ以上犠牲者を出さないよう、尽力してほしい」


「はっ、肝に銘じておきます」


 使命感の強そうな女性騎士たちなので、俺の言葉に従うかは不明だが警告はした。


「マリン、ジェイク。二人はここにいろ、暗殺者は姿を消して近づいて来る。すぐ側にいても気配を完璧に消している。注意をおこたるな」


 暗殺者の特徴は伝えた。護衛の騎士もいるし、安全は確保できたと考えて良いだろう。


 次はカーラか……気が重い。


 天幕を出ようとすると、マリンが詰め寄ってきた。


「ラスティ様、どこへ行かれるのですか?」


「ほかの要人に知らせに行ってくる」


「……私も同行します」


「駄目だ、ここにいてくれ。必ずここに戻ってくる。いいね」


「…………わかりました」


 マリンを優しく抱きしめると、今度はティーレだ。彼女は少し強めに抱いた。

「精霊様が守ってくれるさ」


「あなた様、お気を付けて……」


 キスシーンこそなかったものの、いまにも泣きだしそなうるんだ瞳を見ると、キュンと胸が締め付けられた。なんというか愛されていると実感する。

 説得もほどほどに、天幕を出る。


 気は進まないがカーラのもとへ走った。


 途中で、カナベル元帥と出くわしたので合流する。


「私のところにも刺客があらわれました。罠があると知らせを聞いたあとだったので大事にはいたりませんでしたが」


「それはよかった。死んだ騎士たちも報われる」


「スレイド卿、もしかして罠の存在を知っていて騎士に死体をしらべさせたのでは?」


 鋭い男だ。もしかして俺が暗殺者と繋がっていると疑っているのか?


「悪い予感がしたんで代わりにしらべてもらった」


「…………」


 カナベル元帥がわずかに目を細める。俺が罠のことを知っていたと思っているのだろう。戦場では、あらゆる可能性を考慮して行動せねば命がいくつあっても足りない。その事実を受け入れていないようだ。まるで実戦知らずの指揮官みたいだな。


「見損なったか?」


「いえ、正しい判断です。ただ部下を死なせてしまったので、その経緯を知りたかっただけです」


 カナベル元帥の言葉は弱々しい。


「言い訳はしない。だけど、これだけは覚えておいてくれ。安直に死体をしらべていたら、俺だけでなく宰相閣下も巻き添えを食らって死んでいただろう」


「……わかっています」


 声のトーンは落ちたままだ、どうやら納得していないらしい。こいつは駄目だな。非常時に部下の死を引きずるなんて、指揮官失格だ。

 カナベル元帥の先導もあって、迷うことなくカーラの執務室に到着した。国王の補佐をしているだけあって、天幕ではない。陛下の部屋には劣るものの木造の家屋だ。それなりに広い家屋なんだから、ティーレの部屋も用意してくれればいいのに……ケチな姉だな。

 言葉に出して愚痴りたかったが、カナベル元帥がいたのでぐっと堪えた。


 カナベルがワンノックで部屋に入る。

「カリンドゥラ殿下、失礼をお許しください。非常事態です、暗殺者があらわれました」


 カナベルに続いて部屋に入る。


 執務室にはカーラと見知らぬ男がいた。男はカーラの後ろに隠れるように立っている。

 それなりに身なりの良い男だが、貴族らしからぬ引き締まった体つきをしている。それでいて軍人を思わせる研ぎ澄ました気配を感じた。


 自然体で構えているものの一切の隙はなく、貴族とも軍人ともちがう妙な雰囲気をまとっている。ほほけた陰鬱いんうつとした面立ちは、エレナ事務官の側仕え――ロビンなる執事を彷彿ほうふつとさせる。もしかして密偵か?


「…………入室を許可した覚えはないぞ。即刻出ていけ」


「殿下、おしかりはあとで。予断ならぬ事態が起こっています。複数の暗殺者がこの基地に忍び込んでいます。警備を固めるべきと愚考いたします」


「護衛ならば不要。ジャック・スレイドがいる。これはそういった裏の仕事のできる男だ。問題はない」


 冷徹に言い放つが、カーラの額には汗が浮いている。なんか引っかかる。


 室温は高くない。汗ばむような陽気でもないし、運動をしたあとでもなさそうだ。それなのに汗……。頭脳明晰ずのうめいせき傲慢ごうまんな女だ、人前で醜態しゅうたいさらすとは思えない。


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