第152話 暗殺者①



 待つこと三〇分。やっとエレナ事務官の登場だ。


「久しぶりね、スレイド大尉」


「ご無沙汰してます」


「ロビン、飲み物を持ってきて」


「畏まりました」

 寡黙かもくな執事は足音を立てることなく天幕を出ていった。


「呼びつけたのはほかでもないわ。実は…………」

 本題に話がおよぼうとした矢先、フェムトが警告を発した。


――天幕内に侵入者!――


【どこだ? マーカーを打ち込んでくれ】


――下です!――


 地面に敷かれた絨毯じゅうたんを、マーカーが指し示す。

 腰に吊していた高周波コンバットナイフを引き抜き、高そうな絨毯に突き立てた。


「うぐッ!」


 男のくぐもった声が絨毯から湧く。驚き、立ちあがるエレナ事務官。


「何ッ?! 一体どうしたのッ!」


【フェムト、これ以外の反応は?】


――検知したのはソレ一つです――


 絨毯に赤い染みが広がると、それに伴って絨毯が盛り上がってきた。みるみるうちに人形ひとがたかたどる。


「飲み物をお持……」

 戻ってきたロビンは持ってきた飲み物をトレイごと捨てるや、口笛を吹いた。


 天幕の外が騒がしくなり、侍女や兵士、雑用夫などが入ってくる。どれもヒリつくような殺気をまとった人たちだ。只者ではない。


「暗殺者があらわれた。仲間がいるはずだ、追え」


「「「はッ」」」


 ロビンが冷たい口調で命令すると、天幕に入ってきた人たちは足早に去っていった。


「お怪我はありませんか閣下」

 謎多き執事が、エレナ事務官に駈け寄る。


「私は大丈夫。スレイド大尉、これはどういうこと?」


「俺のほうが知りたいですよ。エレナ事務官が来るまで、こいつはいなかったんですから」


「……私が狙われていたの」


「らしいですね。近々、俺も狙われる予定ですが」


「なんで? スレイド大尉が狙われる要素は低いでしょう」


「別口ですよ、別口。熱烈なファンがいるみたいです」


「…………もしかして、カーラ?」


 なかなか優秀なご主人様だ。物わかりが速いのは助かる。手助けしてくれればもっと助かるのだが……。


「ご明察。できれば支援していただきたいんですけど、無理そうですか?」


「難しいわね。カーラは頑固だから」


「…………」


「エレナ閣下、お話の最中に申しわけありませんが、暗殺者の身元を確認してもよろしいでしょうか?」


「やって頂戴」


 ロビンが絨毯に手を伸ばす。その光景に既視感があった。とてつもなく嫌な感じがする。


「待てッ、エレナ事務官、いったん外へ。ロビン、信頼できる部下を何人か呼んできてくれ、それとも。嫌な予感がする」


「スレイド大尉、気にし過ぎじゃない? テロじゃあるまいし、この惑星でそんなこ…………」


 聡明な帝室令嬢は察してくれたようだ。

 そう、テロによく似た手口だ。


 要人暗殺ともなれば初手で必ず仕留めに来るはず。それが一人というのは明らかにおかしい。

 一度暗殺に失敗すれば警備は厳重になり、ことごとすきつぶされてしまう。以降、暗殺の難易度が跳ね上がるのは誰にでも予想できることだ。破滅の星か闇ギルドかわからないが、暗殺を生業なりわいとする連中だ。単身で仕掛けてきて終わり、なんて稚拙ちせつな手はつかわないだろう。


 俺の予想が正しければ、暗殺は二段構え。

 狙われた人物は黒幕のことを知りたいはず。当然、返り討ちにした暗殺者の身元をしらべるだろう。すでに事切れた相手だ、警戒は薄れている。好奇心を出してその場に来たが最後、罠に巻き込まれ暗殺終了という最悪の結末バッドエンドになる。


【フェムト、侵入者を検知したとき天幕の外はどうだった】


――生体、動体、ともに外周一メートル圏内での反応は検知されませんでした。検知したのは、ラスティが倒した一つだけです――


 確定だな。返り討ち覚悟の二段構えだ。


 エレナ事務官の護衛はロビンたちに任せて、俺は天幕の外を警戒した。

 しばらくして騎士が三名やってくる。失っても惜しくないと兵士と言ったのに……。


「宰相閣下からのお呼びと聞いて、急いで駆けつけました」


 直立不動で答えるが、その身なりは雑で肩当てやすね当てをつけていない。よく見れば口のまわりが汚れており、お世辞にも真面目な騎士とは呼べない連中だ。なるほど、これなら失っても痛手はなさそうだ。


 エレナ事務官は外交用のスマイルを騎士たちに向けて、

「あなたたち、貴族の子弟だけどこれといった手柄を立てていなかったでしょう。これは手柄を立てるチャンスよ。暗殺者を撃退する現場に居合わせた、そういう名目にしておきたいの」


「手柄ッ!」

「やった!」

「大手を振って家に帰れるぞッ!」


 手柄という言葉に釣られる三人の騎士。世の中、そんなうまい話はないんだけどなぁ。


「喜ぶのははやいわ。何もしないで手柄を主張するわけにもいかないでしょう。だから暗殺者の遺体をしらべてくれない? 記録に残す実績をつくっておきたいのよ」


「わかりました」

「おまかせください」

「喜んで」


 大喜びの三人を残して、俺たちは天幕を出た。


 それから、ほんの数瞬。


「「「ぎゃぁぁぁーー」」」


 仲の良い悲鳴とともに、天幕全体から白い煙が立ちのぼった。それに続いて砂埃すなぼこりで黄ばんでいた天幕が黒ずんでいく。ブスブスと音を立てて穴の開く天幕。


 異変が収まると、鼻につく嫌な臭いがした。


 しばらく様子を見てから天幕に入る。垂れ幕を手で押し退けようとしたら布製のそれが崩れ落ちた。どうやら強い酸が仕掛けられていたらしい。どういった仕組みでばらまかれたのかは知らないが、魔法のことを考えれば合点のいく罠だ。

 おそらく魔道具の類だろう。


 なかに入る。


 暗殺者の遺体があった場所には白骨が横たわっており、それを囲むように錆びた鎧を着た溶けかけの遺体が三つあった。

 もろに酸を受けたのだろう。三人の顔の肉は完全に溶けており、その足下には無数の歯が散らばっている。


「未確認者、死亡確認アンノウン・ヒストリー


 うっかり、軍事用語が飛び出してしまった。名も知らぬ三人の死を冷淡に見つめている自分を認識する。いまの俺は冷たい目をしているのだろう、冷酷な顔をしているのだろう、そう考えるだけで自分が嫌になってしまう。


 感傷に浸っていると、唐突に肩を叩かれた。エレナ事務官だ。

「あなたの心配した通りの結末ね。危なかったわ」


「なんとか危険を回避できました。次からは敵も本腰を入れてくるでしょう。今回よりも規模の大きい襲撃が予想されます」


「だとすると警備を増やさないと。私、アデルに知らせてくるわ。悪いけど王女たちに知らせてくれない?」


「王女たち? ティーレだけじゃないんですか」


「ついででいいからカーラにも教えてあげて」


「…………そのカーラ王女殿下に命を狙われそうなんですけど」


「当面は襲われる心配はないわ。だって、スレイド大尉を失ったら相当な痛手になるはずだから」


「…………」


「安心して、おりを見て私からも言ってあげる。いまは先約の暗殺者に集中して頂戴」


「……絶対ですよ」


「私を信じて、カーラには必ず諦めさせるから」


「頼みますよ」


「んもう、はやく行きなさい」


「…………了解しました」


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