第151話 帝室令嬢は苦手



 苦手な王族との謁見が終わると、今度はエレナ事務官だ。再度、カナベル元帥の案内で宰相閣下の執務室へ向かう。


 途中、アシェさんと出くわした。

「スレイド卿、ティレシミール王女殿下との面会のおり、忘れ物をしませんでしたか?」


「忘れ物?」


 ポケットや腰に吊した物入れを探る。何も無くなっていない。


「王女殿下が下賜かしされた傷に効く軟膏なんごうです。お忘れですか?」


 アシェさんがそれっぽい容器を突きつけてくる。指でつくった輪っかくらいの容器だ。


 こんな物を受け取った覚えはない。かといってアシェさんの勘違いでもなさそうだ。ツェリ元帥から騎士団を任されている人物だ、何か意味があるはず。


「そうでした。殿下から直接、賜った貴重な軟膏でしたね。陛下への報告があったので、そちらに気をとられていました。申しわけありません。殿下にも、失礼をびていたとお伝えください」


「今後はこのようなことがないようご注意ください」


 軽く会釈して、アシェさんは去っていった。


 美食家の女性騎士の背を見送ったあとで、カナベル元帥はクスクスと笑いを漏らす。


「気の強そうな女性でしょう」


「真面目過ぎる気もしますけど、裏表のない清廉せいれんな女性だと思います」


贔屓目ひいきめに見ても、融通が利かないと思いますがね」


「そうでしょうか?」


「ええ、ガンダラクシャのアシェ騎士団長は私の従妹ですから」


 えッ! そういえばカナベル元帥はかなりのイケメンだ。ルックスもモデル並で、さりげ無いお洒落はこの惑星で見たなかで一番イケている。そのファッションセンスがうらやましい。間違いなくモテるのだろう。


 アシェさんもデザインセンスは良かったので、流行の最先端かと思っていたけど……イトコ同士だったんだ。


 それにしても似ていないな……。真面目なアシェさんに軽そうなカナベル元帥。イトコという間柄あいだがら考慮こうりょしても、会話からは同じ血族とは思えない。唯一の共通点は美男美女という羨ましい容姿だけ。

 ほかに共通点がないか確認する。


「カナベル元帥は料理とかなされるのですか?」


「料理はまったく……私はつくる側ではなくて食べる側ですよ。それも美味しい物をね」


 美食家という点では似ているかも。

 初対面であれこれ尋ねるのもいいが、馴れ馴れしい奴だと思われたくはない。この辺で会話を切り上げよう。


「そうですね、美味しい料理を食べると幸せな気分になれますからね」


「そうそう、お茶や食事を誘ってくれる口さがない令嬢の声など、どうでもよくなります」


「! …………」


 この男、さりげなくだが暗にモテると白状した!


 俺なんて辺境伯になっても、貴族のお嬢さんどころか、誰一人として女性にお茶や食事を誘われたことがない。間違いないカナベル元帥はリア充だ!


「最近は公爵令嬢がうるさくて。次女、三女であれば形だけの付き合いですむのですが、家督を継ぐ予定の長姉となればぞんざいに扱うこともできませんし。それなりに大変ではありますが」


 こ、公爵令嬢! 大貴族じゃないかッ!? そこの次期当主のご令嬢だとッ!


 成り上がり目的でない女性たちとの交際。それが明白なだけに、ショックは大きい。

 トントン拍子に出生している俺だが、貴族の次女どころか、三女、四女ですら声をかけてこない。


 なんだろう、男として負けた感がハンパない。まるで強烈なボディーブローを食らったみたいにジワジワ効いてくる。


 貴族令嬢の話でニヤけるカナベルを見て、心のなかで嫉妬の炎が渦巻くのを実感した。いつか絶対に幸せになってやる!


「長々とつまらぬ話をすみません」


「いえ、カナベル元帥も大変ですね。言い寄ってくる女性が多いと……」


「そんなことはありませんよ。彼女たちとの会話は楽しいですし。勉強にもなりますから」

 そう言って、カナベル元帥はミミズがのたくったような刺繍の入ったハンカチを見せてきた。

「ご令嬢からのプレゼントです。なかなかおもむきのあるデザインでしょう」


「そ、そうですね」


 イケメンでモテるだけでも強敵なのに、器が大きいとか、非の打ち所ないじゃん。こんな完璧ハンサムに俺勝てないよ!


 でも、残念なところもアシェさんと似ているかも。あんな子供が刺繍したようなハンカチを大切に持っているなんて……。なるほど、イトコだけあって血の繋がりは強そうだ。


 終始ペースをかき乱されながら、一緒にエレナ事務官の天幕に入る。


「やあロビン、閣下はまだ来ていないようだね」


「エレナ閣下は打ち合わせがあるので、もうしばらく時間がかかるかと」


 カナベル元帥が挨拶を交わしたのは、エレナ事務官付きの執事だ。名をロビン・スレイドといい、こちらは陰のあるイケメンだ。


「スレイド卿、悪いがお待ちいただけないだろうか?」


「問題ありません。カナベル元帥、多忙のなか案内いただきありがとうございました」


「これも仕事ですので」


 残念元帥はそう言うと、天幕を出ていった。


 ロビンに勧められて椅子に座る。男二人でエレナ事務官を待つ。

「…………」

「…………」


 存在感の薄い執事は黙ったきり、人形のように動かない。なんとも居心地の悪い静寂に取り残される。


 やることも無いので、テーブルを指で叩きながら部屋をスキャンする。真っ昼間から暗殺なんてことはないだろうが、ティーレの言葉が気になる。用心深いくらいじゃないと戦場では生き残れない。


 スキャン結果は異常なし。


 問題はなさそうだが、しばらくは警戒しておこう。音響式スキャンを常時オンに切り替える。


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