第150話 勘の良すぎる妻



「……と、おそらく姉上は疑いの目を逸らすために、あなた様と仲良くしようとするでしょう。もしそうなったら、あなた様に危険がおよぶかもしれません。今まで以上に注意してください」


 野戦基地に戻ってからの、ティーレの第一声は恐ろしい言葉だった。相性が悪いと思っていたが、まさかここまでとは……。


 冗談だよな、と返したかったが、ティーレの真剣な眼差しから先の言葉が確度の高い未来だと窺い知れる。


 ああ、まったくもって面倒だ。俺はただ幸せに暮らしたいだけなのに……。


「わかった。ティーレを信じる。カーラの態度に変化が見られたら注意する」


 いったん言葉を切って、周囲の様子を窺う。


 離れた場所にアシェさんと、護衛の女性騎士が立っている。さすがに王女様の会話を盗み聞きはしないだろう。


 声をひそめて、ティーレにだけ聞こえるよう囁く。

「愛してるよ」

 恥ずかしくて、いままで口にすることのできなかった言葉だ。


 マキナ聖王国との戦い、未来の義理の姉の謀略、いつ何時命を落としてもおかしくない状況。もしものことが起こってからでは遅い。悔いの残らないように、ティーレに本心を告げた。


「私もです、あなた様」


 感極まったのか、ティーレは口元を両手で押さえている。


「俺も命は惜しい。だけどカーラを手にかけたくはない。それだけは理解してほしい」


「あなた様が無理ならば私が手を下します」


「それだけは絶対に駄目だ。半分だけとはいえ血の繋がった姉妹なんだ。それを手にかけるなんて絶対にしちゃいけない」


「ですがあなた様、それでは危険が……」


「大丈夫、精霊様がついてるよ」


「そ、そうですね。精霊様が守ってくれるでしょう。約束してください、必ず私と結婚してくれると」


「ああ、約束する。絶対だ」


 アシェさんたちがいたけど、俺は気にせずティーレを抱きしめた。絶対に幸せになってやる。


 それからティーレと他愛のないお喋りをして、アデル陛下のもとへ報告へ向かう。


 てっきり玉座の間で報告させられるものだと思っていたのに、執務室へ向かえと近衛から通達される。それもアルベルト・カナベルなる元帥の案内でだ。案内役に元帥をあてがってくれるとは、国王からかなりの信頼を得ているのは間違いない。


 しかし、このカナベルなる元帥、随分と若いが……。男の俺基準でもイケメンだとわかる好青年。いろいろと聞きたいことはあるが、肩書きが恐ろしくて声をかけづらい。


 無言で彼に続く。


 以前は天幕だった陛下の執務室が、木造の建物に変わっていた。

 野戦基地は野戦基地で、いろいろと増改築しているらしい。もっとも国王の居場所が天幕のままでは示しがつかない。石造りの建物でないのは、対外的に健在と知らしめるための必要最低限の処置といったところか。


 俺だったら世間体よりも実利をとるけどなぁ。


「アデル陛下、スレイド卿をお連れしました」


「入ってよいぞ」


「失礼します」

「失礼します」

 カナベル元帥の真似をして執務室に入る。


 ちょっとした会議室ほどの広い部屋に、アデル陛下とカーラがいた。

 二人は高そうな革張りのソファーに並んで座っている。


「そう硬くなるな、座ってもよいぞ」


「はっ」

「はっ」


 アデル陛下の対面に腰かける。

 それなりの座り心地だけど、スプリングの利きはイマイチだ。

 家具の開発も必要だな。


「ラスティ・スレイド、其方の活躍は余の耳にまで届いておる。エレナも褒めておったぞ」


「光栄に存じます」


「硬くならずともよい。いずれ余の義兄になるのだ」


 未来の義弟とは気が合いそうだ。カーラとちがって友好的だったので、ちょっと安心する。

 肝心の未来の義姉は…………どうも様子がおかしい。

 いつもならムスッとした表情で、嫌悪感を剥き出しにしているはずなのに……。


寛大かんだいなはからいありがたく存じます。ですが陛下はベルーガをべる御方。軽々しく接してよい訳がありません」


「ふむ、エレナの申していた通りの堅物だな。まあいい、呼び出したのは公にできぬ話だからだ」


「公にできない?」

 ティーレとの婚姻だろうか? だとしたらカーラの態度はちぐはぐだし……一体何?


「あね……カーラとも協議したのだが、其方を侯爵に叙せようと考えている。いまは伯爵であるから、今回はしょう爵だな。それについての事前通知といったところだ。すぐにでも陞爵させたいのだが、貴族どもがうるさい。身内贔屓びいきだと、いらぬ波風を立てられても困る。いましばらく辛抱せよ」


「喜べ、貴様の功績は認められた。一夜にして城を建てるだけでなく、新たな城からマロッツェ支城までの長城の着想。そこからの大規模な灌漑かんがい開墾かいこん。将来を見据えた大都市計画だと聞いている。さすがのオレもそこまでの考えにはいたらなかった。よくやった褒めてやる」


「ありがたき御言葉、過分のお誉めに預かり汗顔の至りです」


 嫌な予感がした。あのカーラが一切の小言もなく、俺のことを褒めるとは……。ティーレから聞いた通りの展開だ。アデル陛下は知っているのだろうか? そういえばあの腹黒元帥、姉妹の仲は良いって言っていたな。陛下は人の良さそうな子供だし……。


 アデル陛下は俺の味方っぽいので、カーラの本心までは知らないのだろう。それとも国王になるくらいなのだから、そこら辺はドライな考えを持っているのかもしれない。そうではないと信じたいが、ここは慎重にいこう。

 警戒を強めることにした。


「スレイド卿よ。褒美の件については後日、正式な場で公表する。それまで陞爵について相談したいことがあればカーラに相談するがいい」


「ご配慮、痛み入ります。東部の開発したばかりの領地につきましては、代理の者を立てようと考えていますので、陛下の許可をいただきたく存じます」


「よきにはからえ」


「ははッ!」


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