第149話 subroutine カーラ_ねじれた女



 ああ、ますますもって気に入らない。


 ラスティ・スレイドなる男は、次々と手柄を立てていく。

 妹の護衛、魔山のトンネル、魔族との同盟、そして最前線に城を築き、マキナ聖王国の侵攻を食い止める長城にまで着手している。

 このままでは王族と釣り合う侯爵になるのは時間の問題だ。


 エレナは友人なので弟との結婚は許せる。だが、あの男だけは駄目だ。エレナのように宮廷作法を心得ていない。どこの馬の骨とも知れぬ成り上がり、なんとしても妹との婚姻を阻止せねばッ!


 焦燥しょうそう感をつのらせるオレに、密偵の一人が報告にやってきた。ロビン・スレイドだ。

 ラスティなる男も、密偵と同じ家名なのでスレイド一族かと勘繰ったが、あてが外れた。


 部下の報告で知ったことなのだが、驚くことにラスティはエレナの同僚だという。


 なるほど、エレナの同僚ならばあの機転も頷ける。


 手放すには惜しい才能だが、飼い殺しは難しい。オレという美女を目の前にしておきながら、興味がなさそうな顔をしていた。別にそれが原因というわけではないが、やけに妹に馴れ馴れしいのが気に食わない。


 人を疑うことを躊躇ためらう妹。その心優しい妹をたぶらかしているのだろう。あれほどオレをしたっていた妹が、いまではあの男にべったりだ。どんな甘言かんげんろうしたのだ。絶対に許せない!


 暗殺という手も考えたが、聡明な妹はオレの仕業だと勘づくだろう。それに、ラスティに付き従っている魔族の小娘もあなどれない。


 密偵からの報告によれば、暗殺するどころか近づくこともままならないとのこと。いくら気配を消して近づいても、あの魔族の少女に発見されるらしい。


 やりづらい相手だ。

 いっそのこと最前線に飛ばそうか? 威力偵察と称して王都近郊の危険地域に送り込むのも手だ。いや、そんな余分な兵は持ち合わせていない。

 なんとかして、危険な任務に就かせたいのだが妹が目を光らせている。

 難題だ。


 どこかに潜んでいるという聖王国からの暗殺者、破滅の星や闇ギルドの手練れも、オレよりアイツを狙えばいいのに……。闇ギルドッ! そうだ、オレから依頼を出そう。闇ギルド経由なら妹にもバレない。口止め料は高いが、あの連中は仕事に誇りを持っている。それを利用して……。


 闇ギルドへの依頼を書面にして、依頼料の金貨と一緒に密偵に手渡した。ロビンの遠戚にあたるジャック・スレイドだ。ロビンが護衛と情報収集を兼ねた密偵なら、ジャックは汚れ仕事専門だ。裏社会との連絡係で暗殺も担当している。信頼できる密偵だ。


「これを預かっておいてくれ。指示は後日出す。状況を見定めてから依頼を出すことにする」


「依頼? スレイド家への指示ではないのですか?」


「表沙汰にできない仕事を依頼する。オレへの繋がりは絶対にバレてはならない。そのための措置だ」


「畏まりました。それで届ける相手は……」


「闇ギルド」


は、いかがいたしましょう」


 専属にしただけはある、頭の回転が速い。標的がでないことを見抜いている。


「追加は認めない。別の暗殺者を探すよう匂わせろ、それで釣れる。釣れなければそこで命令は終了だ」


「かしこまりました」


 闇ギルドに暗殺依頼を出す前に、まずは妹に疑われないよう演技をせねば。


「カリンドゥラ王女殿下、晩餐ばんさんの仕度がととのっています」


 ちょうど良いところに侍女が来てくれた。いつもならば断るが、今回は素直に従おう。


「ティレシミールは?」


 数瞬の間をおいて、侍女は感情を揺らすことなくいつもと変わらぬ声音で返す。

「ティレシミール王女殿下も晩餐の席におられます」


「すぐに行くと伝えておいてくれ」


「かしこまりました」


 優秀な侍女だ。声音も足音も普段と変わらない。だが、ほんの数瞬返事が遅れた。どうやらオレが晩餐の場にあらわれないと踏んでいたらしい。


 まあいい、しばらくは茶番に付き合ってやろう。そのほうが妹も喜ぶだろう。二、三日経ってからラスティを侯爵にしてやるのも悪くないな。それから闇ギルドに依頼を出して……。

 完璧な計画だ。


 より完璧にするためにも迫真の演技をしよう。妹に怪しまれないために……。なぁに、あの男と仲良くしてやるのは死ぬまでの間だけ。長い人生のわずかな一時を、好意的に振る舞えばいいだけのこと。

 あの男を始末したら、優しい妹のことだ、悲しみに暮れるだろう。そのときはオレが慰めてやらねば。可愛い妹、オレだけの家族。虫けらごときに愛する家族を好きにはさせない。


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