第148話 新人歓迎④
鎚打つ響きがやむ。
汗だくの兄弟がやっと俺に気づいてくれた。
「工房長、いつの間に?」
「来てるんなら声くらいかけてくれよ」
「二人が真面目に仕事しているのを邪魔したくなくてね」
「なんでぇ水臭い」
「ところでバリスタの板バネなんだけど」
「バリスタの部品だったら頼まれてた十基分、もう完成してるぜ」
「さすがだな。もっと時間がかかると思っていたんだけど」
「なぁに、工房長からもらったコンパスのおかげで、巻上機の丸い部品も滑車もイチコロよ」
「そうだぜ。俺たち兄弟にかかればイチコロよ」
酒癖は悪いが頼りになる兄弟だ。
次なる依頼を持ちかける。
「実はこういった物を造ってほしいんだ」
製作依頼したのは
局地的な戦いならば問題ないが、大規模な戦いになると話は別だ。
その点、銅鑼ならば個人の技量や体調に左右されることなく、安定して音を遠くまで飛ばせる。銅鑼が本陣用で、取り回しのいい半鐘は各部隊の合図用だ。
「こりゃ、
「叩いて造るんじゃないのか?」
「何言ってんだ、鳴り物だったら
「うッ……」
「
「そ、そうだな。アドンとソドムに一任するよ。それで追加で必要な金属はあるか?」
「
「わかったすぐに手配する。材料が届くまでバリスタとそれ専用の真鍮の鏃を頼む」
「任せておきな。で、相談なんだけどよ。アレはあるのか?」
「工房長、大切な話だぜ。アレ、樽単位で支給してくれよな」
酒のことだろう。チッ、仕方ない。とっておきのアレを渡すか……。
「開発中のいい酒がある。樽は無理だが、瓶でなら支給できるぞ」
「上品で軽い、しみったれた酒じゃねーだろうな」
酒を支給すると言っているのに、兄弟は敵を発見したチワワのように俺を
「キツい酒だ。それにこの上なく美味い」
勿体ないが、暇を見つけて造ったブランデーを渡すことにした。一応、ちいさな樽に入れて寝かせているブランデーもあるが、こいつらはそこまで味に拘らない。熟成していないブランデーで十分だろう。
「あとで届けさせる。数が少ないんで二人で四本だ。詫びに酒の追加発注をかけておく。一人二樽、それも大樽だ」
「さすがは工房長、話のわかるデキる男だ」
「へへっ、兄ちゃん、大樽二つだぜ、二つ! 一日じゃあ飲みきれねぇや」
それなりの支出なので、それに見合った仕事をしてもらおう。
「ジェイク、トベラ、マリン、いい機会だ武器の手入れをしてもらえ」
「自分も、でありますか!」
「ああ、いずれ騎士になるんだ。いい剣をつかえ」
「ありがとうございますッ!」
ジェイクは大喜びで、兄弟に剣と鎧を見せた。
鍛冶士兄弟が武具を品定めする。
「あー」
「んー」
「こりゃ駄目だな」
「なまくらだ」
鑑定結果に項垂れるジェイク。
「分割払いで買ったのに……」
悪い商人に騙されたのだろう。そんな気がする。
「だったらいい武具をジェイクにやってくれ。デキるんだろう一流の鍛冶屋だったら?」
「当然だ!」
「できらぁ!」
飲んだくれ兄弟が乗り気なうちに話を進める。
「トベラは?」
「父の遺品ですが……」
と肩当てや籠手を脱ぐ。
アドンとソドムはそれらを手にとり、しげしげと見つめる。飲んだくれの顔から職人のそれへと変わる。
「ミスリルだな」
「だな。ところどころ鋼がつかわれてるけどよ。なかなかの一品だぜ
「
「肝心の胴の部分が無いけどよ。もしかして遺品の鎧ってのは
「いえ、胴の部分は合わないので皮鎧で代用しています」
「そりゃいけねぇ。あとで持ってきな」
「いいのでしょうか?」
「かまわねーぜ。なぁソドム」
「おうよ、俺らが気合い入れて手直しするんだ。ハンパな仕上りじゃ、恥をさらすだけだぜ」
「嬢ちゃん、悪いけど採寸させてもらうぜ」
「採寸さえすりゃぁ、胴体部分はあとでもいいぜ」
「全部手直しなんて。新しく買うより高いと聞きます。本当に頼んでもいいんでしょうか? かなりの金額になるのではスレイド伯?」
「いいからやってもらいな」
「は、はい」
それから二人はあれこれトベラに要望を聞いた。
「原形は留めるように注意する。嬢ちゃんの身体にあった鎧に仕立て直すぜ」
「できるだけ元の形を維持してください」
「おうよッ!」
最後にマリンだが、彼女は丁重に辞退した。
「私が持っているのは魔導器の武具です。この衣装もただの服に見えますが、魔力を通すと剣では傷一つつけられませんよ」
マリンは巫女服の袖を掴み、ピンと張った。正統派の巫女服はハカマの色が赤だが、マリンのは白だ。
いまは亡きトリムのデータに毒されたのか、ハカマは赤がいいように思える。
俺が言えば、マリンは赤いハカマを着てくれるだろうが、さすがにそれは気が引けた。なので、お口チャック。
「そうか、なら安心だな。いつも軽装なんで怪我でもしたらって不安だったけど、どうやら俺の取り越し苦労だった」
「そのようなことはありません。ラスティ様に気遣われて私は幸せです」
思いもよらず
「ジェイク、トベラ、良かったな。このアドンとソドムはガンダラクシャでも指折りの鍛冶士だ。魔法剣も鍛えることができるんだからな」
「名工ですかッ!」
「魔法剣もッ!」
驚く若者二人に気分を良くしたのか、飲んだくれたちは胸を反らしてドヤ顔する。
「おうよ、ガンダラクシャじゃあ元帥閣下の武器をメンテしてたんだぜ」
「メンテだけじゃねぇ、特注品も造ってたぜ」
「「元帥様、お抱えの鍛冶士なんですかッ!」」
「よろしいのですか閣下、そんな名工の方々に自分の武器を造ってもらっても」
「どうしよう。仕立て直しって高いんでしょう!」
「いいからいいから、アドン、ソドム頼んだぞ」
「あいよッ」
「ガッテンだ!」
これで過払いになった酒の元手は回収できた。
酒の催促が来る前に、鍛冶場を出る。
「ありがとうございます閣下」
「ありがとうございますラスティさん」
堅苦しかったトベラともフランクな関係になれた。マリンは……プルガートからずっと同じだしいいか。
城内を散歩する。
城を囲っている木製の防御壁はそのままで、それに沿わせる形で積んでいるコンクリブロックの城壁は完成している。城自体も形は完成していて、いまは内装作業中だ。
城が完成したら、防御壁のパーツを増産して、俺の城からリッシュのいる支城まで一気に繋げる予定になっている。将来的には防御壁を延長して、防壁都市を造る予定だ。ちょうど王都とカヴァロを結ぶ中間地点なので、マロッツェはどんどん発展していくだろう。
その構想をトベラに話したら、彼女はとても嬉しそうだった。
「領民もマロッツェに、故郷に帰ることができるんですね」
「トベラはここ――マロッツェ出身なのか?」
「はい、ここで生まれました」
「そうか、平和と幸せを取り戻すためにも俺たちと一緒に頑張ろう」
「こちらこそ協力させてくださいッ!」
王都攻めといった頭を悩ませてくれる難題は残っているものの、それなりに成果は出せただろう。
城は古参のラスコー、アレクに任せて、いったん野戦基地に戻ることにした。
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