第142話 野戦築城⑤   訂正2024/02/28



「閣下も同じようなことを口にしていました。何が、どうマズいのですか?」


 突然、トベラは年相応の少女の顔になった。この変化は妙だ。おそらくここから先は筋書きが無いのだろう。

 エレナ事務官が帝国式の英才教育を施しているかもしれない。もしそうなら今後はもっとやりにくくなりそうだ。

 だったら、いまのうちに好印象を持ってもらおう。


「エレナ閣下から理由は教えてもらっていないのですか?」


「残念ながら……でも私、知りたいです」


 力強く俺を見つめる目に決意の光が見えた。こんな少女が軍を率いているんだ、それなりの事情があるのだろう。


 ちらりと横にいるマリンを見る。彼女は無言で頭を振った。


 マリンもわからないらしい。彼女の場合は王族なのでそこまで詳しく知る必要はないと思うのだが、いい機会なので教えておこう。


「エレナ閣下の意見とちがうかもしれませんが、それでもよろしいですか?」


「それで構いません」


「ジェイク、地図を持ってきてくれ」


 必要になるであろう資料をあつめさせると、俺はエレナ事務官と同じ結果に至ったであろう答えを二人に説明した。


 まずはあつめた情報を総括そうかつする。

 いまだベルーガは侵攻されつつある。遷都した北の都市カヴァロへの親征軍は撃退したものの、西部には国を裏切った元帥とマキナ聖王国の軍が居座っており、王都にはマキナの大将軍が陣取っている。東部の被害は少ないものの、ベルーガの南に位置するザーナ国家連合に攻められるところだったとか。


 同盟国は多い。しかし、だからといって援軍を出してくれる保証はない。火事場泥棒を働こうとしたザーナの連中はまだいい。このまま王都を奪還できなければ、第二、第三のマキナのように同盟破棄からの軍事侵攻という展開もあり得る。もしくは形式だけの同盟国を飛び越えて攻めてくるということも……。


 問題は軍事面だけではない。経済面、食糧面でも不利なことが多い。


 まずは経済面。

 第一に、王都という最大の経済圏を敵に掌握しょうあくされていること。

 第二に、戦時ゆえの物価の高騰。生産が停滞して価格変動が顕著けんちょになる。そうなれば通貨の価値は失われ、インフレ状況に突入だ。ベルーガの通貨経済は破綻はたんしてしまう。

 第三に、商業活動に専念できる安全が確保されていないこと。


 これら三点はベルーガの経済をへし折るに十分な妨害ぼうがいだ。


 食糧面はさらに深刻だ。資金は戦時国債で賄えることができる。戦時国債が無くても、領地を担保に商人に金を借りるなり、支援してもらうなり手はある。しかし軍の糧秣はあつめるのに限りがある。金銭のようにのやり取りができないからだ。


 温暖で肥沃な王都近郊、南部の穀倉こくそう地帯を敵に奪われたのは痛い。


 北は寒暖差が激しく、農耕に適しているとは言い難い。東は俺の領地と、エレナ事務官が開墾した農地で収穫量は増えるが、根本的な問題解決には至らない。なんせ国民の腹を満たすのだ。即席の農業政策では全然足りないだろう。


 仮に西部を取り戻しても、肝心の王都が敵の手にある以上はベルーガの再建は難しい。早急に王都を奪還して国力を回復せねば。


「そういうわけで考えがまとまらないし、時間もないんだよ」


「それほどまでに王都の奪還は難しいのですか」


「らしいね。ダンケルクって大将軍がいる限りは無理だろう。暗殺って手もあるだろうけど、聞いた話じゃAランク冒険者三人の奇襲を、あっさり返り討ちする化け物らしい。そんな化け物じみた将軍と戦わないといけない。それも王都を攻めるって形で」


「会戦ならば、ある程度の兵力の不利を覆せますが、攻城戦となると話は別ですね」


「そうなんだ。兵力の差を考えると攻城戦は難しい。勝つためには敵を王都から誘い出さなきゃならないんだけど、相手は優秀な将軍だからね。誘い出すのはほぼ不可能だよ。だからエレナ閣下も気を揉んでるんだろう」


「そうですね。何事にも動じない閣下があそこまで真剣になるんですから、そのダンケルク将軍はかなりの強敵なのでしょう。でもそうなると、なおさらわからないのです」


「何が……わからないのかな?」


「なぜいまのうちに西を奪取しないのですか? 東と北、それに西の連携がとれれば王都奪還の可能性も跳ね上がるはずだと思うんですけど」


「ああ、そのことか。簡単なことだよ。西の兵を叩いたら、連中はどこに逃げ込むと思う?」


「本国、もしくは王都……あッ!」


 気づいてくれたようだ。そう、これ以上、王都に兵があつまると困るのだ。

 堅牢な城壁に囲まれた王都は攻めにくく、守りやすい。

 ただでさえ硬い城だ。防衛に回す兵が増えると余剰兵を利用して、伏撃、挟撃、ゲリラ戦と嫌がらせをしてくるにちがいない。

 それをやられてしまうと、王都攻めどころではなくなってしまう。

 考えるだけでも頭が痛い。


 王都攻めを決行するためにも、西部にはほどほどの硬直状態でにらみ合いを続けてもらわねば。


 それにしても厄介だ。王都に陣取っているマキナ聖王国の将軍は個人の武力だけでなく、軍略にも秀でていると聞いている。数々の異名を持つ大将軍、冠せられた異名は伊達ではないだろう。

 艦隊戦の指揮経験のあるエレナ事務官だが、本人から聞く限りだと実戦経験が浅い。未経験ではないが俺も隊を率いた経験は少ない。個人の軍事行動ならば自信はあるが、隊を率いての戦いとなると勝てる見込みはない。


 超絶優秀な軍事参謀的な人がいてくれたらなぁ。


 無いものねだりをしても仕方ない。現状の持てうる戦力で王都を攻略しなければベルーガ存続は怪しいだろう。


 せめて俺やエレナ事務官を超える実力者がいないと……。難題だらけだ。考えるだけで胃が痛い。


 不快感が顔に出ていたのか、トベラは眉をひそめている。


 こんな子供でも戦っているんだ、大人の俺がもっとしっかりしないと。


「問題は山積みだけど、悲観することはない。マキナの連中に大打撃を与えたのは事実だ。この優位を維持できれば王都奪還も夢じゃないだろう」

 根拠はないが、前向きになれる情報を提示する。


「そうですよねッ! エレナ閣下が活躍なされたのですから、敵に余力が残っているはずはありません」


「…………」


「スレイド卿、疑っているのですか?」


「ああ、いえ。俺が敵だったら、これ以上負けないように必死になりますね。例えば、いまのトベラ卿のように慢心している隙を突くとか……」


「閣下と同じことを言われるのですね。スレイド卿も軍略にお詳しいのですか?」


 宰相の遣いとしてきたトベラだが、俺のことをエレナ事務官と同等の実力者と勘違かんちがいしているらしい。憧憬しょうけいというやつなのだろうか、双眸そうぼうまぶしいほど輝いて見える。厄介者を押しつけられたか? あの帝国娘ならありうる。


「同じ陣営に属していたのですから、考えも似通ってきますよ」


 これくらい普通ですよって感じに流そうとしたら、

「これからしばらく厄介になるので、ご指導ご鞭撻べんたつのほどよろしくお願いします」


 えッ!


 五千の増援はありがたいが、まさかその指揮官を育てる羽目になるとは……。これから忙しくなるぞ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る