第143話 気の利く幼妻



 トベラの案内をジェイクに丸投げして、俺は執務室に籠もった。


 現状、スレイド支城にこれといった問題はない。あるとすれば人手だろう。今後のことを考えると職人の手が必要だ。それにマロッツェの森や魔物からとれる材料だけですべてを賄うことはできない。これからもっと資材や職人が必要になってくる。


 長期的な計画を視野に入れるのならば、どれもこれも足りない。その場凌ばしのぎでなんとかやっている状況だ。

 ぼやいていても仕方ない。とりあえず敵が攻めてきてもいいように、数の不利を補う兵器を開発しよう。そのためには切り裂き猪以外の鋼材や腕のいい職人が必要不可欠になってくる。

 思い当たるツテといえばスレイド領の仲間たち。腕のいい鍛冶士兄弟、真面目な木工職人、気心の知れた頼れる仲間だ。是非とも彼らに来てほしい。


「スレイド領から援軍を頼もう」


 さっそく、援軍の旨をしたためた書簡を騎兵に持たせ、スレイド領に向かわせることにした。


 援軍要請を依頼する書簡をしたためていると、羊皮紙に人影が映りこんだ。


 顔を上げると、マリンが俺の手元を覗き込んでいる。


「すまないマリン、せっかくの休みなのにどこへも連れていけなくて」


「そのことはよろしいのです。ラスティ様のお気持ちだけで十分」


「そう言ってくれるのはありがたいんだけど、クレイドル陛下からマリンに外の世界を見せるように言われているのに……本当に申し訳ない」


「それよりラスティ様、誰に書簡をしたためているのですか?」


「スレイド領――大呪界につくった領地の仲間に援軍を頼もうと思ってね」


「なるほど、ですが魔山デビルマウンテンの向こうとなると遠いのでは?」


「早馬を飛ばしても半月。駆けつけるのにひと月はかかる。だから急いで書簡をしたためているのさ」


「よろしければ、私の配下に届けさせましょうか?」


「え、でもプルガートまで遠いんじゃ?」


「心配いりません。クロとシロを連れてきているので」


 クロとシロ? そういえばそんな魔族がいたような……。


「彼女たちは能力を有しています。スレイド領の手前――トンネルを掘るために設けた村ならば一度行ったことがあるので、瞬時に行くことができるでしょう」


 ん! そんな便利な能力があるのかッ! まるで次元跳躍ワープみたいなトンデモスキルだな。


「じゃあ、そのクロとシロって人に頼めるかい?」


「お任せください……クロッ、シロッ!」


「クロウディアここに」

「シローネここに」


 マリンが部下の名前を呼ぶと、姿は無いのに声が返ってきた。


 若々しい女の声に続いて、影から人形のシルエットが生えてくる。

 黒髪黒眼をした褐色の肌を持つ女性と、それと対になる白髪白眼の白皙の肌を持つシンメトリックな美女二人。


 クロウディアとシローネ! 思い出した、プルガートで一度会ったことがある。そういえば影を渡る能力がどうとか言ってたな!


「お呼びですか姫様」

「ご用でしたら我らになんなりと」


 袖が無く、深いスリット。見た目の特徴とは真逆の白黒のドレスを着た妖艶な美女姉妹が、うやうやしくマリンに頭を垂れる。肩から流れ落ちる白黒の髪がまるで鏡写しのように映った。双子だな。


「呼び出したのはほかでもない。早急に書簡をラスティ様の領地へ届けよ」


「「ははッ!」」


 王族として振る舞うマリンと、かしずく臣下。実に絵になる美人たちだ。

 もう少し眺めていたいけど、さすがに美人姉妹を畏まったままたの姿勢にしておくのは気がとがめる。


「クロウディアさん、シローネさん、どうかお立ちください」


 二人は一瞬、肩を震わせて、そのままの姿勢で硬直する。


「クロ、シロ、立ちなさい。今後はラスティ様の御言葉を私の言葉と思って従いなさい」


「「……畏まりました」」


 返事はしたものの、納得はしていないようだ。二人の目に仄暗ほのぐら叛意はんいの意志が宿っている。無理も無い。人と魔族の溝は深く、人の信奉する星方教会の多くは魔族を快く思っていない。


 スレイド領への応援要請に加えて、何通か仲間に手紙を書いた。もちろん、クレイドル陛下にも一筆したためた。

 書き終えた書簡を二人に手渡す。内容を確認してもらっていたら、クレイドル陛下へ宛てた書簡を目にするなり美女姉妹は硬直した。


「どうしたのですか二人とも、手がとまっていますよ」


「あ、いえ、姫……この書簡は…………」


 クロウディアが言葉を濁す。

 書簡の内容がマリンにバレないように、俺は機転を利かせた。


「陛下への連絡さ。両親への報告義務ってやつだよ」


「……そうですか。読んでもよろしいですか?」


「それは駄目だ。俺が恥ずかしい」


「ラ、ララ、ラスティ様、父への書簡に一体どのようなことを書かれたのですか」


 マリンが珍しく動揺している。その横で白黒姉妹が怪訝けげんな表情で俺を見つめている。まあ、内容が内容だ。そういう反応をして当然だろう。


「それではクロウディアさん、シローネさん、書簡のことお任せします」


「「承知しました」」


 美人姉妹は優雅に一礼すると、現れたときと同様に影へ沈んでいった。


「さて、用件もすんだことだし。マリン、これからデートしようか?」


「デートッ!」


「ああ、周囲の偵察って名目だけど、一緒の馬に乗って気晴らしに行こう。もちろん俺がエスコートする」


「よ、よよ、よろしいのですかッ!」


「たまには息抜きも必要だ」


 黒髪金眼の少女は耳までまっ赤にして立ち尽くしている。

 いつも毅然きぜんとしているけど、こういう姿を見ると年相応の少女だとな思う。


 恥ずかしそうに顔を隠す少女の肩をそっと抱いた。


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