第141話 野戦築城④



 それから南側だけ空堀を掘った。あえて東のマロッツェ支城までの道のりに空堀は設けていない。

 城が完成したら、リッシュの支城まで防御壁を繋げるためだ。宇宙古代史に出てくる地球の〝バンリ〟なる長城から着想を得た。長い防壁で敷地を囲えば、安全圏を造ることができる。こうすれば野戦基地をもっと南に下げられるし、聖王国軍が攻めてきても一気に攻め落とされることはないだろう。


 城を建てつつ、空堀の側面をコンクリで補強する。


 空堀の補強が終わる頃になって、ベルーガの野戦基地から援軍がやってきた。その数五千。

 俺の率いている部隊が千だから、それからするとかなりの数だ。


 挨拶に伺う。援軍の指揮官はまだ幼さの残る少女だったのに驚いた。マリンよりも幾分か背は高いものの、似たような歳だろう。ポニーテールに結われた短い金髪はくすんでいてボサボサしている。それに、どこかおびえるような鳶色の瞳。その割に毅然きぜんとした態度で俺を待っている。間違いない、貴族だ。


 伯爵という肩書きをもらっているが、相手のほうが上かもしれない。念のため失礼がないように出迎える。


「エレナ宰相閣下から、支援しろとの命を受け参りました。私は閣下から隊を預かっているトベラ・マルロー。あなたがスレイド卿ですね」


「はい、そうです。出迎えが遅れて申しわけありません」


「問題ありません。それよりもスレイド卿。この城が完成したあかつきには、マロッツェ支城まで防御壁を伸ばすと聞いています。その計画にお変わりはありませんか?」


「はい、その予定です。幸い必要な資材は森と魔獣から採れますので時間と人手があれば可能でしょう」


「であれば、我々もお手伝いしましょう」


 願ってもない申し出だ! さすがはエレナ事務官。ありがたい人材を寄越してくれた。


「ありがとうございます」


「まずは閣下から言づてを預かっているので、それについてお話ししたいのですが」


「これはとんだ失礼をしました。会議室へご案内します」


 トベラと彼女率いる隊長たちを建築中の城へと案内する。会議室は城の一階だ。本来の場所は城の二階だが、そこはまだ建設中。仮の会議室も内装はまだだ。広さだけは十分あるので、そこへ案内すればいいだろう。


「随分と広いですね。貴族の屋敷みたいです」


 機能性を重視したこの城は、換気を良くするため通路が広くとられている。非常時には野戦病院としての利用を考えているのでかなり贅沢ぜいたくなつくりだ。


「十万の軍を収容できるように設計してあるので、広めに造っています。先の戦いでは数万の義勇軍が戦列に並んだと聞いています。そのような不測の事態に備えています。それに王都へ……南下することも視野に入れています。そうなると堅牢けんろう糧秣りょうまつ基地が必要不可欠でしょう。戦後のことも考えますと、マロッツェの肥沃ひよくな土地を栄えさせるため、大都市事業も考えねばなりません。その足がかりとして、この城を利用できればと考えています」


「なるほど、先を見越しての築城なのですね。納得しました」

 

 贅沢だ、やり過ぎだ、とつつかれたくはないのでそれらしい理由をでっち上げた。てっきりなんらかのアクションがあると思っていたが、トベラは、まったく表情を変えない。まだ子供なのに、ポーカーフェイスのやりづらい相手だ。

 エレナ事務官の寄越した部下だ。それなりに……いや、かなり優秀なのだろう。


 会議室に通し終えると、見計っていたかのようにジェイクが飲み物を持ってきた。俺のつくったスイーツも忘れていない。よくやった!

 騎士見習いだけあって、空気の読める男だ。ジェイクの評価をあげておこう。


「どうぞ、話が長引きそうなので楽にしてください」


 気の利く騎士見習いは、コーヒーと紅茶を用意してくれた。どちらを飲むか尋ねてから、一人ずつれていく。騎士見習いよりも執事のほうが向いているのでは?


「こちらはスイーツです。行軍の疲れが癒えます」


「見たことのない菓子ですね」


 このスイーツは新作だ。ジェイクも呼び名までは知らない。上司である俺の出番だ。


「シュークリームというスイーツです。小麦粉生地の薄皮のなかに二種類のクリームが入っています。力を入れて持つと中身がでるのでそっとお取りください」


 トベラとその部下たちは、おそろおそるシュークリームを口にする。二人ほどクリームをはみ出させたが、それ以外はうまく食べている。


「おいしいですね。飲み物? のような、でも食べ物のような。不思議な食感です」


「自慢の一品です。兵士たちにも労いに出しているんですよ。こういった楽しみがないと士気を維持するのは困難ですから」


「なるほど、たしかにスレイド卿の率いる兵士たちはみんな生き生きと作業をしていましたね」


「ところでベルーガ本陣の動きですが、これからどうされるのでしょうか?」


「現状、ふくれあがる義勇軍の編入と訓練を優先させています。手の空いている者は周辺の治安維持活動にあたらせて、それ以外はエレナ閣下の指示で灌漑かんがい作業に従事させています」


「エレナ閣下のお考えですね。長期戦を見据えて兵站へいたんの確保を考えているのでしょう」


「さすがはスレイド卿、慧眼けいがんですね。まさにその通り、すべては閣下の指示。国力を低下させずに安定を目指しています。王都を攻めるのは収穫が終わってから、冬期になるでしょう」


「それで正規軍はどれほど北へ戻したのですか?」


 ここで初めてトベラは動揺した。変なことしゃべったかな?


「正規軍六万の内から、三万をカヴァロへ戻らせました。北方の蛮族に動きが見られたようで、陛下が念のためにと」


「では本陣にいる兵は残りの三万ですか?」


「いえ、正規軍以外にもエレナ閣下とカナベル元帥の兵が二万弱」


「ちなみになんですが、義勇軍の規模は?」


「七万を超える数ですが、多くは農民です。なので開墾かいこん作業に従事させています。まともな実戦経験のある者は二万もいないでしょう」


「ということは実戦投入できる戦力は実質七万ほどになりますね。敵は糧秣を奪われて本国へ帰還中、こっちは王都の手強い将軍に手も出せない。王都を奪還したいけど七万すべてを投入できない。となると硬直状態か……マズいな」


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