第140話 野戦築城③



 不意に、眠っていたローランが動きだした。騒ぎ過ぎたらしい。


「あー、もー、誰よぉ、アタシの部屋で騒いでいるのはぁー。乙女の部屋をなんだと思っているのよ」


 起き抜けの錬金術師は悪人のように凶暴な顔をしている。ぼさぼさのピンク髪を掻きながら、椅子を並べただけの寝床から降りる。お気に入りらしいとんがり帽の皺を伸ばして、ぐいぐいと被った。最後に眼鏡をかけて、インチキ眼鏡娘のできあがりだ。


「あら、ラスティじゃん。何してんのマリンと一緒になって……さては私の目の前でいかがわしいことしてたとかッ! 幻滅げんめつだわッ、ラスティってもっと清潔なイメージがあったのに、そんな高度なプレイに目覚めていたなんて…………不潔ふけつ


 なんだろう、誤解されているような気がする。っていうか、いかがわしいことなんて一切してないぞッ!


「魔法のことで聞きたいことがあったんだ」


「へー、そうなの。だったら起こしてくれればよかったのに」


「いや、爆睡してたんで起こすのもなんだかなって。暇だったから、待っている間に残っていた魔道具の修理終わらせておいたぞ」


「えッ、マジ!」


「マジの話だよ」


 ローランは軽やかなステップでこっちに飛んで来るなり、修理した魔道具を手にとってしらべる。


「あー、これ後まわしにしたやつだ。魔術回路が消えかかっていて厄介だったのよねぇ。あっ、これも! 魔術式に不具合があったんだけど……ふんふん、おー、まるっと手直ししてくれる」


 十代の乙女に似合わず肩をゴキゴキ鳴らして、ローランは大きく背伸びした。


「仕事もだいたい片付けてくれたみたいだし、いいわよ、魔法のレクチャーしてあげる。で、なんの魔法について知りたいの?」


「土魔法の利用方法だ。魔力の消費を抑えて、土木工事に生かしたい。いい知恵があったら教えてくれ」


「土魔法? それもいいけど魔導人形ゴーレムのほうが効率よくない?」


「なんだそれ?」


「魔結晶や魔宝石を埋め込んで使役するんだけど、魂の接続ソウルリンクって技術が必要だし、あまり細かな作業はできないけど便利よ。慣れたら複数の魔導人形も使役できるし、ラスティ向きだと思うんだけどねぇ」


 新情報だ。俺は調査報告データに魔導人形のファイルを追加した。


 おもしろそうなので深掘りする。

「その魂の接続って難しいのか?」


「それほど難しい技術じゃないけど、リスクがあるわ。魔導人形のダメージがね返ってくるの。まあ、ダメージっていっても痛みくらいだけど。警戒するのは〈魔力吸収マナドレイン〉くらいね」


「へー、その〈魔力吸収〉にさえ注意すればいいのか」


「魔導人形の受けるダメージにも注意して、運が悪いと一発で気絶することがあるから」


「それってリスク高くないか?」


「たしかにリスクはあるけど、戦闘以外での利用なら問題ないわ。興味があるんなら魔導書でも買って読んでみたら。アタシが説明するよりも詳しく書いているから」


「わかった、そうする」


「話が脱線しちゃってごめんね。土魔法の利用法だけど……」


 それから経験者からいろいろ教わった。

 土魔法の魔力消費に関しての情報はありがたかった。掘削で消費されるエネルギーは掘った土の容量と移動させた距離が合算される。掘った土の状態も関係するらしく、ほぐした土のエネルギー消費量を一とするならば、締め固めた土は二だという。土に作用したエネルギーだけ魔力を失う。まるで物理のエネルギー法則みたいだ。


 ちなみに魔導人形は魔法の影響を受けやすいので、魔術師との戦闘は相性が最悪らしい。そうはいっても魔導人形には火や水といった物質的な攻撃は効かない。しかし、明確な弱点がある。魂の接続だ。術者との繋がり、もしくは魔力供給が尽きれば、ただの土塊に戻るので戦闘にはあまり向いていない。

 なるほど、つかいどころを見極める必要があるんだな。


「口で説明しても実感が湧かないでしょう。一度、つかってみたら?」


「俺、土魔法知らないんだけど」


「大丈夫よ、アタシが教えてあげるから」


「それでしたら私が」


 マリンが名乗り出たが、ローランは即座に却下した。

「魔族と人じゃあ、魔力量がちがうわ。それにマリンは魔導理論を勉強してないんでしょう。ここは熟練のアタシが教えてあげる」


「……でしたら、私も見学します」


 マリンの機嫌がやや悪い。唇を尖らせている。


「えっとね、マリン、一つ言っておきたいことがあるんだけど」


「なんですかローラン?」


「アタシ、ラスティとはなんの関係もないから。恋愛はもとより、結婚とかね」


 ピンク髪のインチキ眼鏡が、遠回しに恋愛対象外宣言をぶっ放す。


「…………でも、お金と出世については別なのでしょう」


 利発なマリンは大人の話をすぐに理解したものの、ローランの言葉を信頼していない。やっぱり、マリンも勘づいているんだ、インチキ眼鏡の正体に!


「ねぇ、ラスティ。気を利かせて、あんたの奥さん安心させたのに。アタシってそんなに信用無いの?」


「えッ、ああ、うぅん。……どうかな?」


「…………ショックだわ。苦楽をともにしてきた仲間だと思っていたのに、そんな目で見られているなんて。いまからガンダラクシャに帰ってもいい?」


 付いてきてくれなんて一言も頼んでいなんだけど。でもまあ、魔道具の修理や製作ができる貴重な人材だ。役割があるので、ここでローランに抜けられるのは困る。


「ローラン、手出して」


「何?」


 わからないながらも、インチキ眼鏡は手を出した。


 奮発して大金貨を握らせる。残業手当と出張費だ。


 作業部屋はそれほど明るくないが、ローランの表情が金色に照らされた気がした。十代の乙女とは思えぬ不気味な笑みが顔いっぱいに広がる。

 袖でゴシゴシと金貨を磨くと、ローランは首からぶら下げたちいさな革袋にそれを仕舞った。


「仕方ないわねぇ」


 見てはいけない錬金術師の素顔を見たあと、土魔法の訓練をした。

 直列式の二ループ強化で、一メートル四方の土が掘れた。休憩込みだと一日二〇回くらいは撃てるだろう。


 副産物のほぐれた土は、土嚢にでもしておこう。暇があったらブロック状にして固めておくのもいいかもしれない。そうだッ! セメントと混ぜれば即席のコンクリブロックになるな! 自然劣化ははやそうだけど、短期間の野戦築城ならつかえそうだ。


 領地開発よりも幅の広がった工法に、なんだか嬉しくなってきた。ものづくりって楽しい。


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