第139話 野戦築城②



 ローランが住み込みで働いている作業小屋はゴミ屋敷のように散乱していた。


 生活用の魔道具の修理や製作、それに要望のある魔道具の追加作成。多忙たぼうを極めている。


「ノックしても返事がないはずだ」


 椅子を並べた簡易ベッドで、ローランはよだれを垂らして眠っている。徹夜てつやで作業をしていたのだろう。魔道具の照明がつきっぱなしだ。


「起こしましょうか?」

 けわしい表情でマリンは言ったが、俺はそれを否定した。


つかれているんだろう、寝かせておいてやれ」


「わかりました」


 起きるまで待っているのもなんなので、手つかずの魔道具修理をやることにした。


 いい機会なので、マリンにも魔道具についていろいろ教える。


「魔道具の力の源である魔石は、常に少ない方へと魔力を流す仕組みになっているんだ。一般には知れ渡っていないけど、空になった魔石に魔力を込めることができる。一度やってみるから見ているといい」


 魔石は電気でいうところのバッテリーと同じ特性がある。エネルギーの補充にはバッテリー同様ある程度の圧が必要で、弱すぎるとエネルギーが溜められず、強すぎると魔石が砕けてしまう。要するに、魔石に魔力を込めるには適した圧で魔力を送らなければならない。


 魔石に関しては容易に手に入れることができるので、魔力を補充する検証はかなりの数をこなしている。だから、魔石の大きさと品質を見れば大体の圧力は経験でわかる。

 この作業小屋にある魔道具の多くは魔狼の物をつかっているのだろう。データを参照するまでもない。


 空になった魔石を握りしめて、魔力を送り込むイメージを固める。しばらくすると、満タンを知らせる魔力の漏れを検知した。


 握った拳を開く。

 石ころのようだった魔石が、くらい光りを宿しているのがわかる。


「そんな方法で魔石を復活させることができるのですかッ!」


 マリンからすればいとも簡単に魔石を復活させたように映ったのだろう。彼女は食い入るように満タンになった魔石を見つめている。


「やってみるかい?」


「い、いいのですか? 失敗すると魔石が砕け散るのですよ……」


「サポートするから大丈夫、こっちに来て」

 とマリンをひざの上に座らせる。


 空になった魔石を握らせ、彼女の体内に流れる魔力を測定するようフェムトに命じる。


【魔族の魔力量は多いって報告にあったけど、どの程度なんだ?】


――ラスティを基準に算出すると、内包している魔力量は十倍を超えます――


 十倍を超えるだってッ! この時点で夫としての優位はくずれ去った。マリンって強キャラじゃん。


 う~ん、魔法も上、戦いに関しても上っぽいし、本気で戦われたら負けそうなんだけど。なんでマリンは俺を慕ってくれるんだろう? わからない。

 どうでもいいことなので、頭の隅に追いやる。


【もしかして、魔族って全員マリンみたいにすごいのか?】


――いいえ、クレイドル王とマリンだけが別格です。王族というのもうなずけますね――


 魔族の王族だけが特別と聞いて安心した。


【それで、マリンの場合、魔石を補充するに必要な魔力の数値は?】


――魔力は状況によって変動するので、概算でしか算出できません――


【状況次第では十倍以上の差が出てくるのか……。で、威力は】


――サンプルが少ないので算出不可能です――


【プルガートでガリウスの指輪が暴発するのを防いだときがあっただろう。あのときの数値を基準にしたらどうなんだ?】


――あれだけでは不十分です――


 仕方ない、手探りでいくか。


「マリンの魔力は高いから、まずは弱めに魔力を流してやろう。そうだな、糸みたいに細く流し込んでいくイメージで」


「はい」


【フェムト、アドバイス頼むぞ】


――了解しました――


 マリンが魔石に魔力を送り始める。かなり弱い魔力だ。


――圧が弱すぎですね。この3.75倍が好ましいです――


 微妙な数字だ。


「マリン、いま魔石にかけている魔力の圧を四倍くらいに調整できるか?」


「四倍……ですか。やってみます」


 マリンは魔石を握った拳に空いている手でおおいい、ぐっと身体をこわばらせる。


 ピシッ。


 嫌な音と同時に、マリンの身体がねた。


「すみません、失敗しました」


「大丈夫、誰だって失敗するさ。さ、もう一度、次はいまよりちょっと圧を弱めて」


「…………自信がありません」


「いいんだよ。俺だって数えるのが嫌になるくらい失敗した。失敗のない成功はありえないよ」


「そう……でしょうか?」


 失敗を前にマリンは困り顔だ。プレッシャーのあまり、いまにも泣きだしてしまいそうだ。


「だったらこうしよう。俺とマリンだけの秘密だ。このことは誰にも言わない、絶対だ。だから練習を続けよう」


「…………はい」


 この娘に足りないのは自信だろう。姫という立場だったのだ、目が見えないという負い目もあって、それ以外は完璧であろうと自分を追い詰めていたのだろう。それとも周囲から常に完璧を求められていたのだろうか? その証拠に、歳の割に口調が子供っぽくない。


 そう考えると、急にマリンが可哀想に思えてきた。

 せめて俺と一緒にいる間くらいは年相応の我がままな娘であってほしい。


「大丈夫、失敗は無駄にならない。失敗を恐れずに前に踏み出すのは大事。成功への第一歩だ」


「わかりました」


 それから三つの魔石を割ることになったのだが、たったそれだけの失敗でマリンは魔石に魔力を込める技術をものにした。


「できました。五回続けて成功です!」


「凄いじゃないか」


「ラスティ様の教え方がよかったのです」


「そんなことないよ。マリンが頑張ったからだ。俺でも魔力の補充に慣れるのに一週間くらいかかったんだ。きっとマリンには才能があるんだ」


 正直に答えて、幼い妻の頭を撫でる。


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