第138話 野戦築城①



 マロッツェ支城にこもること五日。

 一夜城に必要なパーツがすべて完成した。あとは現場で組み立てるのみ。念のため、予行訓練をしたが難なく組み立てられた。


 木枠に板を打ちつけたパネルを張っていくだけの簡単な造りと、枠に開けた穴と地面に打ちつけた木杭を針金で結ぶだけの簡単な接続だが、そこそこ強度は保たれている。あとは薄い板を外から釘で打ちつけて、押し倒されないように内部に土嚢どのうを積めば、一夜城スノマタの完成だ。


 城といっても防御壁だけのハリボテで、上から見ると『ロの字』をしたちゃちな造りの囲いだ。仕組みを知っていれば簡単に解体できる代物だが、外からは強固な仕上がりになっている。我ながら良い出来映えだと思う。あくまで本命である堅城が完成するまでのツナギだ。


 壁の内部はかなり広くスペースをとっており、十五万は収容できる計算だ。予定では内側に十万を収容できる城を築城することになっている。



◇◇◇



 仮の城が組み上がると今度は本命の堅城だ。


 城を造る資材が続々と搬入される。

 ここまでマキナ聖王国の兵が来たと報告はあがっていない。一応、調査用ドローンに偵察させたが、密偵や斥候せっこうの姿は確認できなかった。


 どうやらリッシュが活躍した戦いで、敵は相当な痛手をこうむったらしい。本来ならばここで一気に攻めに転じるべきところなのだが、ベルーガの重鎮は消極的だ。

 まあ、あとがないことを考えれば賢明な判断だと思う。それにこの先の要所は王都しかない。あそこにはダンケルクという恐ろしい将軍がいるらしいので、できれば相手にしたくないところだ。


 防御壁の上から王都へ続く街道を眺めていたら、あわただしい足音が聞こえてきた。木製の足場なので、やたらと振動が響く。緊急の報告か、落ち着きのない騎士見習いくらいだろう。


「スレイド閣下、資材のおよそ半数が到着しました」

 報告に来たのは騎士見習いのジェイクだった。

 慌てん坊だが、フットワークは軽い。真面目だし、将来有望な若者だ。


「セメントは?」


「焼いた粘土ねんど石灰石せっかいせきなどをブレンドした物ですよね。原材料は届いています。ブレンドするひまがないとのことで、攪拌かくはんはこちらでする手筈になっています」


「わかった。それと手配してくれと頼んだ人員はどうなっている?」


「土系統の魔法のつかえる魔術師でしたね。残念ながら手配できませんでした。ですが、別に指示されていた土の魔導書は入手してあります」


 土木作業につかえればと思い、魔術師をあつめるよう頼んだのだが、成果はなかったようだ。魔導書が手に入ったので俺とローランで手分けして作業にあたるとしよう。


 一応、ローランには魔法の直列化を教えている。フェムトの物言いもあり、解禁したのは二ループまでだ。あれ以上、ループを増やさないとは思うが……調子に乗って魔力が枯渇こかつするまでつかわれてもなんだし、折りを見て話すか。


 今後の予定を考えていたら、不意に袖が引かれた。


 振り返って袖を引いた人物を見ると、マリンだった。


 そういえばマリンには待機を命じていたな。まだ子供だし、暇で仕方ないんだろう。作業も順調に進んでいるし相手をしてやろう。


「ここからの眺めもそろそろきてきたか?」


「いえ、そういうことではなく、土系統の魔法をつかえる人物を探していると耳にしました。私もつかえますよ」


 私も? ってことはほかにもいるのか。


「マリン以外は誰がいるんだ?」


「ローランと騎士ラスコー、アレクです。ほかにも騎士が何人か……」


「ん? ローランは魔導書を買う金がないって言ってなかったっけ?」


「なんでもガンダラクシャの工房の地下に秘密の部屋を造るために魔法を覚えたとか……推測になりますが、工賃より魔導書のほうが安かったのでしょう」


「なるほど、ローランの考えそうなことだ。せっかく魔導書を取り寄せたのに読むのは俺だけか」


 土魔法の説明は、あとからローランにしてもらうとして、現場の騎士たちはどのように土魔法をつかっているのだろうか? 古参のラスコーに尋ねてみよう。


「ラスコーはどこにいるか知っているか?」


 ジェイクに尋ねると、真面目な見習い騎士は資材が積まれている一角を指さした。

「ラスコー様は荷受けの確認をしています。アレク様は指示のあったら堀の掘削作業に従事しているはずです」


「ありがとう。アレクたちに一時間ごとの休憩をこまめに取るよう念押ししてくれ。差し入れに甘い物を持っていくことも忘れずにな」


 幸いなことに炊事担当の人員は充実している。俺の料理の腕前を認めてくれた貴族たちから、見習いととして研修に来ているからだ。その多くはエレナ事務官とリッシュなのだが、恩も売れるし、俺の仕事も減るのでこちらとしては大助かりだ。


「はい。ですがよろしいのですか? スイーツは高級品です。末端の兵士にまで与えるのは金銭的にどうかと……」


「問題ない、材料は俺の私費でまかなっている」


「はぁ……かなりの金額になると思われるのですが、大丈夫でしょうか」


「俺が倹約けんやくすればいいだけだ」


 金銭感覚がズレていると思っているようで、ジェイクは懐疑かいぎ的な顔をしている。


 こういう時ほど信頼してほしいんだけな。まあいい、この惑星基準だと俺は変わった思考の持ち主らしいからな。


「マリン、暇ならついてくるか」


「はいッ、喜んで!」


 右に並ぶ黒髪金眼の少女の頭をでてやる。マリンは嬉しそうに身を寄せてくる。その横顔には満面の笑みが浮かんでいた。


 一応、妻と夫という関係なのだが、こうしていると妹みたいだ。コロニーに残してきた家族を思い出す。いい歳をした男なのだが家族離れはまだできていない。こういった女々しいところが、モテなかった理由だろう。


 そんな俺も家庭を持つ予定なのだが、先行きは怪しい。安定した生活を送るためにも、もっと頑張らねば。


 荷受けの確認作業をしているラスコーだったが、シンとロンの働きもあってのんびりとしている。彼らは軍人だ、普段はこれくらいゆるくてもいいだろう。


「荷受けの確認、ご苦労」


 声をかけるなり、ラスコーは髪を引っぱり上げたように背筋を伸ばした。

「はっ、スレイド閣下、見まわりお疲れ様です」


「戦時じゃない、楽にしてくれ。みんなも楽にやってくれ、俺に気を遣わなくてもいいぞ」


「はっ」

「はいッ」


 なんだかんだいっても騎士は真面目だ。直属の部下はその辺を理解しているからやりやすいが、常日頃からピシッとされていてはこっちの息が詰まってしまう。


「ほどほどに休憩を挟むように。急いでミスでもしたら、かえって時間がかかる」


「畏まりました、厳命いたします」


「騎士ラスコー、いまは戦時ではない。常に気を張っていると肝心なときに集中できなくなる、敵の襲来が無いいまくらいは気楽にやってくれ」


「ありがとうございます。では御言葉に甘えて」


「それと頼みがあるんだけどいいかな?」

 普通の口調に戻して、ラスコーに尋ねる。


 古参の騎士は戸惑いながらも、

「私にできることであればなんなりと」


「実は土魔法について、軍での利用法を教えてほしいんだけど」


「かしこ……わかりました。では実際にお見せしましょう」


 ラスコーは騎士を三名呼び出して、かいつまんで土魔法の利用方法を説明してくれた。

 どの程度の穴を掘ることができるのか、実際に見せてもらったが……。


「このようにして、土魔法はトイレや死者の埋葬に利用しています。逆に言うと、それ以外の使い道はないので不評な魔法の一つですね」

 実演付きで実にわかりやすい講義内容だ。

 さすがはノルテ元帥の部下。優秀だ。

「私の場合は一回の魔法行使で一人分の墓穴はかあなを掘れます。掘った土はほぐした状態で墓穴のすぐそばに移動しています。これが一回の魔法行使で可能な作業量です」


 ちなみに呼び出した騎士たちは三人がかりで魔法を行使して、やっと墓穴一つが掘れるくらい。トイレはもっとちいさいので、騎士一人もいれば一〇〇人程度のトイレが用意できる。


 従来のトイレでもかまわないのだが、一応の雇い主である俺としては衛生問題をおろそかにしたくない。なので、スレイド領にある異物除去装置、洗浄水再生処理装置のついた清潔な水洗トイレを採用している。


 ここに来て、急遽きゅうきょ男性用の便器もつくったがそっちもクリーンな洗浄水再生利用タイプだ。もちろん、おこぼしもOKの床面洗浄機能付きのすぐれもの。

 嫌な臭いもなく兵士たちからの受けはいい。


 余談になるが、浴場もある。

 じゃんじゃか湯水を流せる豪華な造りだ。熱々のシャワーも完備で一度に三〇人が利用できる。それを五基。ローランと夜なべしてつくった渾身こんしんの作品もなかなか好評だ。


 ユーザーのニーズに応えて常にアップデートさせている。この分だと特許もとれそうだ。

 ここのところピンク髪のインチキ眼鏡と一緒なので、俺もインチキ思考に毒されているようだ。まあ、お金が増えるのはいいことだけど。


 やましい方向へ考えはれてしまったが、作業効率の観点からして土魔法の応用性はそれほど高くない。なんせ一回の掘削くっさく量がおそろしく少ない。


 たしかに掘削するエネルギーを考えれば、消費する魔力に見合った作業量なのだが、土木作業で活躍する機会は少ないだろう。


「参考になった。ありがとうラスコー」


 実直な古参の騎士に礼を述べて、次はローランのもっている作業小屋を訪ねる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る