第137話 芋伯爵



 マロッツェ支城に入るなり、盛大な歓迎を受けた。


「肉の伯爵様だ」

「肉伯爵だ。今度はどんな手土産を持ってきてくれたんだ?」

「肉が食えるぞ!」


 前回、手土産に持参した魔物の肉が好評だったらしい。しかし、肉伯爵とは……。


 一応、今回も森の魔物を狩ってきた。こんなこともあろうかと、手持ち無沙汰な兵士に狩りをさせておいてよかった。


 兵士たちの期待の声を浴びつつ進んでいると、先行していたマリンがリッシュとともにやってきた。


「事情は聞いている。作業場所は用意してあるので自由にしてくれ」


「ありがとうございます閣下。それと朗報が一つ」


「なんだ?」


「エレナ事務……宰相閣下と話がつきました。宰相閣下もリッシュ様と同様に和解したいとのお考えです。僭越せんえつながら、お二人の橋渡しをしたく参りました」


「ほう、もう話をまとめたか。仕事がはやいな」


 ついでなので木材を融通ゆうずうする代わりに、それ以外の資材をいくつか強請ねだった。釘や針金だ。


「かまわんぞ。この間、持ってきてくれた切り裂き猪の翼が残っているからな。やじりは量産できても木材がなくては矢はつくれん。しかし、なかなかの手並みだな。魔鶏コッコを手懐けるとは……。いや、魔物遣いと揶揄やゆしているのではない。戦場で卵が手に入るとは思ってもいなかったのでな」


「喜んで頂けて何よりです」


 リッシュと別れた俺は、部下へ木材加工の指示を出して、その足で厨房ちゅうぼうに向かった。


 厨房は夕食の準備であわただしく、たまたま手の空いていた炊事係りが尋ねてきた。


「これはスレイド伯、このような場所に何用ですか?」


「なぁに、手伝いをしようと思ってね」


 この人、たしか騎士だったような……。そういえばアシェさんも料理が上手かったな、騎士の必須科目に料理もあるのだろうか?


「お気持ちはありがたいのですが、いまは仕込みの最中でして」


「だったら俺から一品、提供しよう」


「……よろしいのですか?」

 どうやら炊事係りは俺の料理の腕を疑っているらしい。


 この前は屋外の調理だったし部下に手伝ってもらったからな。俺の腕前を知らなくて当然だ。

 ようし、ここは肉伯爵として最っ高の料理を振る舞ってやろう!


「余っている食材は?」


「人気のないいもが多いですね。みんな食べ飽きたらしく、料理に出しても不評です」


「ようし、じゃあそれで一品つくろう。ほかに食材は……」


 厨房を探すと、廃棄するのかクズ肉の詰め込まれたおけがあった。


「それは料理につかえないはし肉です」


「要らないのならつかわせてもらうよ」


 クズ肉の入った桶に水をぶちまけ、血や汚れを洗い流す。下処理は大事。

 それからタマネギを拝借してみじん切りにした。それらを炒めて、塩とハーブで味をととのえる。


 俺がつくろうとしているのはコロッケだ。

 フェムトのサポートでジャガイモの皮を最小限剥く。大量の芋を茹でて潰す。炒めたクズ肉とタマネギを加えて、ようく練り合わせてから手の平サイズに整形。


「残っているパンはないか?」


「あります。でも昨日焼いたパンなので硬いですよ」


「それでいい、細かくけずってパン粉にしてくれ」


「削る? パン粉?」


 どうやらこの惑星にパン粉という概念はないらしい。どうりで食べてきたハンバーグがどれも肉々しいはずだ。ツナギのパン粉が無かったのだから……。

 炊事係りに詳しく聞くと、オニオンのみじん切りも入れていないらしい。


 間違った文化だ! 本物のハンバーグをこの惑星に定着させねば!

 どうでもいいことなのだろうが、新たな目標ができた。


 調理に戻る。

 硬くなったパンをスライスして、力任せに手でくずす。できあがったパン粉をバットに敷いて次なる戦いに備える。あとはバッター液にひたしてパン粉をまとわせるだけだ。卵は以前来たときに持ってきた飼育用の魔鶏。それの産んだ卵をつかった。あと山羊のミルク、小麦をかき混ぜてバッター液をつくる。そこへすっぴんのコロッケを泳がせて、パン粉でお化粧すれば準備完了だ。

 最後に高温の油の海へダイブしてもらえばコロッケ様のできあがり。


 揚げたてのコロッケを炊事係りに勧める。

「クズ肉と芋を混ぜた揚げ物ですか……変わった料理ですね」


「まあ、食ってみな。飛ぶぞ!」


「飛ぶ! そんな大袈裟な……それでは味見を」

 炊事係りはおそるおそるコロッケをかじる。

「んッ! なんだこれはッ!」


「美味いだろう?」


「サクサクとした食感。中身はほくほくした芋なのに、味が全然ちがう。芋の甘みが生きていて、肉のうま味も感じる。んんッ? 芋だけの甘みじゃない。そうか、タマネギか! 奥深い味わいだ。ハーブとミルクがいい仕事をしていますね、クズ肉の臭みも消えている。この揚げ物一つにこれまでの技術が詰め込まれているとは…………」


 食通はアシェさんだけではなかった。騎士という職業はみんなグルメらしい。


「腹持ちもいいし、安くつくれる。ふところにも胃袋にも優しい食べ物さ」


 コロッケは好評で、翌朝、肉伯爵から芋伯爵と呼び名が変わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る