第136話 職場逃亡②



「それで連れて行ける兵はどれくらいなんだ?」


「多くて千。本隊には最低でも二千は残してもらわないと、緊急の際に対応できない」


 なるほど隊長は貸してくれるが兵士までは自由にさせないって考えか。ノルテ元帥の副官だからもう少し分別ふんべつのある男だと思っていたけど、案外小物だな。


 ラスコーとアレクは納得できないようで、くちびるゆがめている。


「それで結構、協力感謝する」


 セモベンテの気が変わらないうちに、野戦基地を発った。


 道中、俺の計画が不安なのかラスコーとアレクが横に並んで声をかけてくる。

「スレイド閣下、本当に千の兵士だけで大丈夫なのですか?」

「そうだぜ。いくら新任の指揮官でもこのあつかいは駄目だろう」


「大丈夫、任せてくれ。仕上げは夜間作業になるが危険は少ない」


「左様でございますか……」

「本当に大丈夫か?」


「嫌なら帰ってもらってもかまわないぞ」


「そのようなことは決して」

「戦ってもいない相手から逃げるなんてありえないぜ」


 アレクはセモベンテ側だと思っていたが、騎士としてまともな若者らしい。どうやら成り上がりの俺が上官に収まったのでねていたようだ。

 原因がわかれば対処は楽だ。とりあえず手懐てなづけよう。


「そうだアレク、干し肉をつくってみたんだけど食うか?」


 この間、森で仕留めた魔物でつくったジャーキーを手渡す。

 最近は暇が多いので燻製くんせい技術の確立のため、こういった手の込んだ物をつくるようになった。


 この惑星には〝いぶす〟という調理技術が存在しなかった。だからみんなを招いた試食の際、なかなか手をつけられなかった。食べてくれなかったらどうしようかと思っていたが、一度、食べると入れ食いだった。評判はすこぶる良い。


 試行錯誤の末、最近はかなり上質な物をつくれるようになった。アレクに受ける自信はある!


「随分と薄っぺらな肉だな」


「生産性を重視したんだ」


「生産性? なんだそりゃ?」


「まあ食ってみろ」


 アレクは注意深くジャーキーを観察する。

「くんくん、香辛料をつかっているのか? 贅沢ぜいたくな干し肉だな」


「味には自信がある。感想を聞かせてくれ」


 アレクはワイルドにジャーキーを食いちぎった。もぐもぐと咀嚼そしゃくして、出てきた言葉は、

「うめぇ! 支給品の干し肉がゴミみたいだッ!」


 ラスコーにも手渡す。

「ほほう、なかなか美味ですな。塩気が濃い、スープに入れれば具にもなる」

 年配の騎士だけあってラスコーは有能だ。彼の指摘したとおり、野戦での食材として味付けを濃いめにつくっている。


「そうだ。この干し肉は日持ちするし、味付けが濃い。冬はスープの具にもなるし、夏は塩分補給も兼ねている」


「理にかなった携行食ですな」


「ああ、苦楽をともにする兵士に不憫ふびんいたくはない。可能な限り、良い物を提供していくつもりだ。国のために戦ってくれるんだ、それくらいはしてやらないとな」


「立派な心がけです」

「…………」

 ラスコーは素直に評価してくれているようだが、アレクはのどに骨が詰まったように押し黙っている。


「アレク、安心しろ。今後は部隊の食事が美味くなるぞ。炊事係りにいろいろ教えたからな」


「それはありがたいんだがよ。スレイド隊長、あんたセモベンテから相当嫌われてるぜ」


「知ってる」


「知ってて野放しにしていたのかよ!」


「ああ、彼はこの部隊を維持するために尽力したんだろう。それがぽっと出の俺が奪った結果になった。逆の立場だったら俺だって怒るさ」


「……あんたいい人だな。もちろんセモベンテもいい人だけどよ。あの人の場合はノルテ閣下の影響が強すぎるんだよ」


「どういう意味だ」


 アレクの口から思いがけない真実が飛び出してきた。

 なんとセモベンテはノルテさんの養子だという。セモベンテこそ、将来を宿望された次期元帥だったわけだ。なるほど、だから俺のことをあからさまに嫌っていたのか。


 嫌われる理由が判明してすっきりした。しかし考え物だ。次期元帥であるならば、もっと公平に接しなければいけないのではないだろうか? 公私混同しているような気がしてならない。まあ、愚痴ったところで俺がよそ者であるという事実は変わらないが。


 目的地が近づいてきたので、軍装をととのえる。

 千の兵を率いてマロッツェの森に入った。


 魔法でガンガン木を切り出して、適当な長さで切断する。倒した木の両端――丸い断面の中央にくさびを打ちつけ、そこにロープを引っかけて軍馬でに引かせる。ゴロゴロと丸太を転がしながらマロッツェ支城を目指す。こうして、運搬効率も上げつつ、どんどん木材を搬送した。


「隊長すげぇな。まさかこんな方法で伐採するなんて、考えてもみなかったぜ!」


「丸太を支城へ運び込んでどうするのですか? 城を建てる場所は街道の西側。支城は東側ですぞ」


 まあ、普通の考えならそうなるよな。説明していな俺も悪いか。あらためて、ラスコーとアレクに今回の野戦築城についての概要を説明した。


「そんなことできるのか?」

「……前例のないことですな」


 にわかには信じられないらしい。当然か。この惑星の建築技術は低い。そもそも〝統一規格〟という概念がない。釘の太さ、長さもまちまちで立ちあがった家屋の強度は低い。

 ま、今回は効率的に進めるんで手軽に強固な建造物を造れるだろう。


 それからしばらく伐採作業を続けた。予定よりもはやくノルマを達成したので、隊のみんなとマロッツェ支城に入った。


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