第134話 subroutine エレナ_行動原理



「――――そういうことがあったから、この惑星に降りてきたわけ」

 同じ艦で苦楽をともにした仲間に、ブラッドノアで起こった事のあらましを説明した。

 ただし、に関してだけ黙っている。

 あれは私の問題だ。


「あのう、エレナ事務官。そんな大切な話をここでしてもいいんですか?」

 頼りない連邦士官は、肩をすくめて萎縮した子犬のように鳴いた。


 人払いをすませた天幕で話をしているのだけど。スレイド大尉は、密偵が聞き耳を立てていると疑っているのだろう。


「聞かれたとしても理解されないわ。だって、この惑星にはすらないんだもの」


「それはそうですけど、あまりにも不用心かと」


「そうかしら? コソコソしているほうがかえって怪しまれそうだけど」


「うっ……たしかに」


 う~ん、やっぱり頼りない。彼と手を組んだのは間違いだったかしら? でもまあ、ロイ・ホランドやツェリから聞く分には、人間性は信頼できる相手ではある。でもねぇ……。


「私の情報は開示したわ。今度はスレイド大尉の番ね。どうやって、ブラッドノアから生き残ったか教えて頂戴」


「俺の場合は極めて異例で……運がよかったというか…………」


 私とちがって苦労してきたらしい。まさかウィラー提督がパージした区画にいたとは……おまけに爆破指定区画。悪運、強すぎでしょう。


「それにしてもよく生き残れたわね」


「我ながら驚いてます。なんせ惑星に着地してときに、あばらどころか、手足の骨がボッキボキだったんで。いま思い返すと、よく生きていたなと」


「同情するわ。でも変ね。私もあなたも、この惑星に来てからブラッドノアの乗組員と出会っていないなんて」


「同感です。惑星降下艇から定期的に救難信号を発信しているのに、誰も来た形跡がありません」


「それはおかしいわね。ブラッドノアから脱出した船は十数隻、乗組員は二〇〇を超えていたわ。ジャックという狂人に大半は殺されたけど、その一握りは生きているはず。メインシステムに確認させたから間違いはないわ」



「もしかすると、脱出した連中は閉じられた宇宙のことを知って、この惑星で一旗揚げているとか?」


 メインシステムが、飛ばされた星域がだと判定したのは、艦でのゴタゴタが終わったあとのこと。だから私しか知らない。


「その可能性はないわ。現状、閉じられた宇宙のことを知っているのは、ブラッドノアを出る前にメインシステムにアクセスした私と、事情を話したあなただけだから」


 情報交換以外はあまり進展がないようなので、話をベルーガのことに切り替えた。


「ところで、これからどうするの?」


「どうするって、何をですか?」


「宇宙軍に戻れない以上、この惑星で暮らすことになるんだけど、スレイド大尉の近辺は敵だらけよ。ま、私も敵だらけだけど」


「いや、エレナ事務官は味方がいるでしょう」


「アデル陛下とカーラのこと? たしかに頼もしい後ろ盾であるけれど、政敵のほうが多いわ」


「そうなんですか? リッシュ閣下は仲間になりたそうなことを言っていましたけど」


「あのリッシュがッ! それこそあり得ないわ。一番衝突した相手なのに」


 本音を言うと、スレイド大尉はいぶかしげな表情をした。

「本人と話しましたが、それほど敵対意識を持っていないようでしたよ。たしかに、ちょっかいを出したことは認めています。余計なことかも知れませんが、エレナ事務官はそれほど気にしていないと伝えておきました」


「うーん、リッシュねぇ」


「優秀な方だと思いますけど」


「どの辺りが?」


「俺のことを平民の成り上がりだと知っていても、普通に接してくれましたよ。ウィラー提督みたいに」


 あの男が、ウィラー提督と同格にあつかわれるとは……。どこをどう解釈すればそうなるのだろうか? まあ、たしかにこの間の会戦では活躍したけど、基本ポンコツなのよね。


「領民思いのいい方だと思いますけどね。感情に走らず、マロッツェ支城を守っているところなんか、地味ですけど大切な役目だと思いますが」


「そうね。たしかに手柄に走る馬鹿に比べるとまともね。評価をあらためましょう」


「ああ、それと伝えておくことが一つ」


「何かしら?」


「リッシュ閣下は、エレナ事務官と和解したいようです。派閥の問題もあるらしいですが、今後は協力するようなことを言ってました」


 嬉しい情報だわ。ああ見えて、リッシュはそこそこ人望がある。派閥を率いているだけあって交友関係は広い。なかなかしぶとい政敵だったけど、手を結べるのなら有用な手駒にできる。


「いい話を聞けたわ。情報料よ」


 ご褒美はケチってはいけない。彼にとって価値があるかわからないけど、アデルからもらった清銀貨を手渡した。


 価値を知っているのか、スレイド大尉は清銀貨を受け取るなり表情を変える。


「もらっておいて」


「……あの、これ、エレナ事務官は知っているんですか?」


「一番価値のある硬貨でしょう。そりゃあ知っているわよ。私、宰相だもん」


「いえ、そうじゃなくて。この硬貨につかわれている金属……ナノマシンの材料ですよ」


「えッ!」


 ナノマシンの材料は軍でもトップレベルに位置づけられている機密事項だ。軍の上層部――大将ですら知っている者はわずかで、退官とともに記憶抹消と秘匿は徹底されている。帝族の私でさえ知らない最重要機密を、たかが大尉が知っているというのだ。驚かないほうがおかしい。


「清銀貨一枚で、どれくらいのナノマシンがまかなえるの?」


「詳しいことまではわかりませんが、おそらく片手――四、五人は可能と思われます」


「…………これと外部野があれば」


「新たな連合宇宙軍の兵士が誕生しますね」


「「…………」」


 ナノマシンの恩恵は計り知れない。身体能力強化、健康維持、怪我の治療、老化の遅延。それに加えて、外部野があれば神にも等しい知識を得ることができる。


「エレナ事務官の持っているデータは?」


「私は政治と外交。あなたは?」


「惑星調査用のデータ――主に資源や環境、それと宇宙史以前からの惑星史全般ですね」


「その歴史の概要を聞いてもいいかしら?」


「技術・産業に関するものが多いです」


「それで打ち止め? 個人データはどうなっているの」


「個人データも歴史ですね。あとは趣味のDIYくらいです。……ところでエレナ事務官は亡くなった兵士の外部野は預かっていないんですか?」


「量が多すぎたからブラッドノアに置いてきたわ」


「俺はパージされた区画にいたんで、遺族にゴースト(生前の記憶)を届けるため、何人か外部野を預かっています」


「どんなデータがあるの?」


「戦闘員が二名、女性の新米士官が一名、技術エンジニアが一名」


「技術の外部野は有用ね。個人データは?」


「映画、アニメ、料理、それと女性雑誌に準ずるものが」


「なるほど、だからガンダラクシャに地球料理が根付いていたのね。素晴らしい《エクセレント》ッ! あなたこそ求めていた人材よ」


「人材というかデータでしょう」


「そうとも言うけど」


 有益な情報とともに、スレイド大尉からデータと外部野を分けてもらった。


 遺族に渡すデータをまとめた物と、私が所望したデータだ。料理に関しては特許料がほしいとのことだったので、うまい権利に関しては彼に丸投げした。

 だって私、未来の王妃様なんだし。


 話が終わると、彼はさっさと天幕を出ていった。

 同じ宇宙から来た仲間としてもっとお喋りしたかったんだけど、どうやら真面目な人らしい。


【M2、ラスティ・スレイド大尉の情報を探してくれない】


――マイマスター、個人情報保護法に抵触します――


【第一級の非常事態よ。ロックを解除して】


――了解しました――


 一人になった天幕で、彼に関する情報に目を通す。

「ふんふん、なるほどなるほど。上官の非人道的な行動に……その結果、暴力沙汰になったと。それで軍の惑星調査課に島流しされたわけね。正義感のある軍人なんだ……悪くないわね。それで肝心の経歴はっと……」


 スレイド大尉は想像を絶する経歴の持ち主だった。

 どうやら私はとんでもない人物を引き当ててしまったようだ!


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