第133話 subroutine エレナ_ブラッドノアの惨劇②



 ZOCが艦橋に雪崩れ込んできた!


「総員迎撃始めッ!」

 ウィラー提督の頼もしい雄叫びを合図に、艦橋にレーザー光や実弾の嵐が吹き乱れる。


 やむことのない攻撃にZOCたちの姿が変貌へんぼうしていった。金属の表皮を剥がされ、人肉の外皮が吹き飛ばされていく。おそましい骨格がき出しになるも、壊れる気配は無い。


 ツギハギだらけの人間モドキは恐ろしく強靱きょうじんだ。

 金属製のバリケードを紙を引き裂くように排除していく。運悪く逃げ損ねた戦闘員の肢体が艦橋に飛び散った。致命傷を知らせる大量の血がたまとなって宙に漂っている。地獄だ。


 敵の進行は止まらない。


 ZOCは巨躯きょくに物を言わせて、片っ端から戦闘員を殴り殺していく。


「しめたッ! 奴らはメインシステムを奪うつもりだ。高出力の兵器をつかってこない。上手くいけば生き残ることができる、ガンガン撃て!」


「「「おー」」」


 ウィラー提督は名将だった。ジリ貧のこの戦闘において、まだ諦めていない。ZOCが武器をつかわないのは朗報だが、アレ自体が殺人兵器だ。格闘戦を挑んで楽に勝たせてくれる相手ではない。そんな出鱈目な強敵が相手なのだが士気がおとろえることはなかった。


 熟練の戦闘員がアークブレードで奴らに戦いを挑む。

コアを狙え!」


 機械人間であるZOCは制御系統さえ破壊すれば、無力化できる。しかし、肝心の核は位置がバラバラで、個体によってはでん部付近にあったりと統一性に欠ける。あいつらなりの戦略なのだろう。なかなかに痛い小細工だ。


 なので熱源目がけて攻撃することがセオリーとなっている。それでも制御を司る核がそこにあるとは限らないのだが……。


 ひたすら人命を消費して、ZOCを削っていく。


 多大な犠牲を払って、ZOCの残りが片手でかぞえるほどにまで減ったとき、それは起こった。


「ぐあッ!」

 ウィラー提督が撃たれたのだ。それも味方に。


 こんなときに誤射? 勘弁してよ、もお。


「貴様ッ、何を!」

 ガストン副官が提督を撃った兵士を捕まえる。


 これで誤射騒動も終わりかと思ったら、ガストン副官の背中から赤い光が飛び出した。


「ぐぅッ! き、貴様ぁ……」


「死ねッ!」

 さらに数条のレーザー光がガストン副官の背中から伸びる。


 ガストン副官がドサリと床に倒れた。


 その光景を傍目に、まだ息のあるウィラー提督がうめく。


「ジャック大尉、気でも触れたか」


「俺はいたってまともだ」


 ジャックと呼ばれた帝国貴族は、鬱陶うっとうしそうに髪をかみき上げると、肩についたほこりを払うように無表情で提督を撃った。


 信じられない光景に、私はただ呆然ぼうぜんと事の成り行きを見つめていた。


 呆けている私に向かって、ジャックはゆっくりとレーザーガンを構える。


 ああ、私も戦死者ヒストリー名簿に加わるのだ。


 生きる望みを忘れていると、戦闘員の一人がジャックに体当たりをした。

「事務官殿、はやく逃げてくださいッ!」


 戦闘員が、ジャックの持っているレーザーガンを奪おうとしている。加勢するべき状況だったが、頭がまっ白になった私はその場から逃げ去った。


 その後、どこをどう走ったのか覚えていない。


 正気に戻ったのは、生命維持装置が破壊された報告が通信で飛び込んできたときだ。


 メインシステムにアクセスすると、何重にもセキュリティロックがかけられていた。アクセスからわずかに遅れて、思念データが送られてくる。


【エレナ・スチュアート事務官。君にはすまないことをした。ジャックは我々を裏切った。メインシステムへのアクセスを遮断する。軍属でない君には、軍事に関する権限は必要最低限しか移譲できない。もし、有能で心ある兵士に出会えたら、艦のすべての権限を移譲できる臨時提督ゲストアドミラルに任命してほしい。そのための権限だけは君に移譲した。それと個人的な願いになるのだが、木星にいる家族に勇敢に戦ったと伝えてほしい。最後にもう一度謝らせてほしい。危険のないはずだった惑星調査で、帝室のご令嬢をこのような危険な目に遭わせてしまうとは……、本当にすまない】


 おそらくだけど、ガストン副官が撃たれたときにメインシステムにセキュリティをかけたのね。あの一瞬の出来事でここまで考えていたとは、さすがは帝国の誇る名将だ。私ではここまで先のことを予見できなかっただろう。


 帝国と連合のいさかいならば、ジャック・ダルダントンなる帝国貴族は連邦の士官を狙うはず。なぜ同じ帝国の人間を手にかけたのだろう?

 気になったのでジャック・ダルダントンという帝国貴族の個人情報にアクセスした。


 ジャック・ダルダントン。帝国籍――男爵、男性、二九歳、独身。

 帝国宇宙軍、惑星調査部所属、大尉。


 ここまでは普通だ。しかし備考欄に目を疑うようなことが書かれていた。


 極秘事項。

 帝国近衛騎士インペリアルガード部隊長として任務遂行中に命令違反。部隊指揮官――バルバロッサ伯爵を射殺。この件により伯爵位から騎士爵へ降爵。階級も大佐から伍長に降格。……etcetc。


 降格してから五年という短期間で陞爵、昇進をして男爵、大尉になっている。無能ではないだろう。しかし『軍事行動中に味方の誤射により負傷。脳に欠陥を抱える。精神鑑定の結果、深層に問題有り』と記されていた。

 違和感があった。軍事機密の割りに曖昧な内容だ。陰謀の匂いがする。


 ともあれ、問題のある人物だから惑星調査部に島流しされたのだろう。


 一体何が目的で上官を殺したのだろうか? それもZOCに襲撃されている危機的状態で……。


 ジャック大尉……謎は深まるばかりだ。


 思考を切り替える。

 おろそかになっていたに注力する。


 私は政務方としてブラッドノアに乗り込んでいたので、元々軍事に関するアクセス権限は持っていない。しかし、攻撃に関すること以外を好きにできるよう配慮してくれていたとは……。

 ウィラー提督には感謝の念しかない。


 この恩に報いるべく、貴い犠牲となった仲間たちの外部野――ゴーストを遺族に届けねば。

 まずは生き残りと合流しなきゃ。


 AIに思念を送る。


【M2《メタツー》、メインシステムに繋いで頂戴】


――…………マイマスター、メインシステムとの接続が確立されました。稼働率低下しています。リソースに注意してください――


【ブラッドノアにいる敵と味方の数を教えて】


――マイマスターを除いた生存者……ZOC、乗組員はゼロです――


【乗組員はすでに脱出したあとなの?】


――多くの脱出艇が発艦しました。目的地は最寄りの惑星です――


 乗組員の安全を知りほっとする。


【帝国貴族の恥さらし、ジャック・ダルダントンは?】


――ジャック・ダルダントンはすでに艦を立ちました。第一級の射殺命令が出ています――


【罪状は上官殺し?】


――いえ、大量虐殺です――


 ん? 私の知らないところでやったのだろうか? しかし大量虐殺とは……どうやって?


【あの男は何をやらかしたの?】


――ブラッドノアから待避する脱出艇を砲撃しました――


 …………。


【脱出に成功した乗組員は?】


――カウントに回すリソースがなかったので、数は把握していません。メインシステムも同様です。ですが、発艦した脱出艇と発生したデブリの量を比較すると……無事な艦艇は片手以下だと予想されます――


 いい根性をしている。仲間たちを手にかけておいて、自分だけ生き残ろうというのだ。

 いますぐにでも追いかけて、この手で殺してやりたいところだけど、まずは現状確認ね。


【生命維持装置の修復にどれくらいかかりそう?】


――概算で四八七五〇時間――


 宇宙時間だと約五年半、随分と半端な数字ね。それまで空気がもつかしら? 空調もダウンしているでしょうから、生きていくには厳しい環境ね。昼は高熱、夜は酷寒。はやく脱出しないと死んじゃうわ。装甲や断熱材ですぐには危険レベルにはならないけど、もって五日でしょう。そこから先は死者のみが存在する世界。


【近くに避難できそうな場所はある?】


――惑星があります。ジャック・ダルダントンが向かった惑星です――


 惑星に逃げたのね。だったら好都合。惑星ごと破壊して……そういえばブラッドノアの操作権限無かったんだっけ……。あっ、それにほかの生存者も……。

 どうやら、かなり動揺しているようね。

 冷静にならなくちゃ。


【その惑星の情報をちょうだい】


――データがありません。長距離スキャンを試みますか?――


【お願い。大気と水の情報を最優先で】


――了解しました――


 惑星への長距離スキャンは時間がかかる。大気成分の調査となれば精密スキャンになるだろう。結果が出るまで二、三日といったところかしら?

 それまでブラッドノアに眠るみんなの葬儀をしよう。遺族に渡す外部野をあつめて、遺体を宇宙葬にして……。


 なげいている暇はない、生き残った私にはやらなければいけないことが山とある。


 帝族の務めだ。


 死んでいった仲間のとむらいはもちろんのこと、ジャックという帝国の汚点を始末する大切な仕事が……。


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