第130話 帝室令嬢との再会①   訂正2024/02/27



 野戦基地に戻るなり、アデル陛下からお呼びがかかった。


 伝えに来た者から事情を聞くと、大至急とのこと。


 衣装棚に入れたままの謁見えっけん用の服に着替えて、そのまま陛下の個人天幕へおもむく。


 マリン、ローラン、ジェイクを伴って、陛下の御前に膝をついた。

「ラスティ・スレイド、アデル陛下の命により参じました」


「ここは玉座の間ではない、堅苦しい挨拶はよいぞ」


「はっ」


「実は其方に会いたいという者がいてな」


「俺……自分にでありますか?」


「そうだ」


 陛下が手を打ち鳴らすと、隣室から女性が二人あらわれた。


 一人は苦手なカーラ王女殿下。もう一人はポニーテールの赤毛の女性。

 

 …………ん? どこかで見たことがあるような。


 思い出そうと首を傾げながら赤毛の女性を見ていたら、気を悪くしたのか彼女は眉間に皺を寄せた。そして目の悪い老人みたいに、首を突き出してこっちを見てくる。


 どうやら相手も俺を知っているようだ? 誰だ?


 出会ってここまで、わずか数拍。


 シナプスささやいた!


「「あッ!」」

 声をあげたのは同時だった。


 記憶が鮮明に甦る。あの女だ! 間違いない!


「もしかして…………エレナ事務官!」

「ラスティ……スレイド大尉?!」


「なんだ、二人は知り合いだったのか。であれば話ははやい。エレナよ、余のことを気にすることはない存分に話せ」


「ありがとうございます、アデル陛下」


「…………」

 意味がわからない。同性、同名じゃなくて本当にエレナ事務官が宰相だったなんて……。そうだよなぁ、俺だってティーレの(仮)旦那さんになったんだから、エレナ事務官が宰相になってもおかしくないよな。


「スレイド大尉、あなたコールドスリープ中だったわよね。艦からパージされて死んだんじゃなかったの?」


「そういうエレナ事務官こそ、ブラッドノアにいたんじゃ」


「生命維持装置が大破しちゃったからこっちに来たのよ。試算だけど、修復に四八七五〇時間もかかるわ。宇宙時間だと約五年半。この惑星換算だと……一日が二五時間で、一年が一三ヶ月の三九〇日だから、ちょうど五年ね」


 …………一日が二五時間! 知らなかった!!!


「ってことはいまは無人運転ですか」


「そういうことになるわね。ジェネレーターもイカれてるからメインシステムもスリープ状態。バックグラウンドで動いている緊急システムが修理している感じ」


 なるほど、ブラッドノアを制御しているメインシステムがダウンしているのか。どうりで救難信号を送っても返事がこないはずだ。


「それで今後の方針は?」


「方針も何も、私たちは故郷へ帰れなくなったわ」


「ブラッドノアは航行不能なんですか?」


「そうじゃないの。私たちがいるのはなの」


「ええぇーッ! あのねつ造だって言われた論文の!」


「そう、それ。信じたくないけど、嘘だと叩かれたあの理論は実在したのよ」


「…………なんてこった」


 閉じられた宇宙。次元の彼方にあるという、どの宇宙とも繋がっていない幻の星系。理論上不可能と思われる条件下で、虚数軸へ次元跳躍ワープすることによって到達できる宇宙。ひまを持て余した学会の人間がでっちあげたと言われる醜聞スキャンダルの一つだ。それがまさか実在したなんて……。


「でも、来ることができたのなら、戻るのも可能なはず!」


「それが無理なのよ。閉じられた宇宙は常に移動しているの。言い替えると基準となる座標が常に変動しているわけ。だからいくら目的地の座標を設定しても、全然ちがう場所にんじゃうのよ。成功する可能性はあるんだけど、限りなくゼロ。もし失敗して次元の狭間に落っこちたら、それこそ二度と生きて帰れないわ。まさに人生いのちけたギャンブルね」


「そんなぁ」


「しっかりして頂戴、あなた私よりも年上なんでしょう?」


「そりゃぁ、エレナ事務官よりも年上ですけど……」


 そういえば、エレナ事務官って俺よりも三、四歳下だったっけ。まあ、こっちの年齢を知ってるんだ、経歴や家族構成も知ってるだろう。なんてったって帝室のご令嬢なんだから。

 ああ、なんだか嫌な予感がするぞ。


「ところでスレイド大尉。これは個人的なお願いなんだけど、あなた?」


 来たよ……。それにしても嫌な響きだ。完璧な手下あつかいだな。

 宇宙では帝族、惑星では后候補の宰相。どう考えても逆らえない相手だ。くぅ、ブルジョワめ!


「見返りは?」


「帝国の爵位をあげる。どう、?」


「…………」


 含みのある言い方だ。おそらく、いや、確実にあのことを知っている。しかし、閉じられた宇宙ならば帝国や連邦の法律に縛られることはない。


「いいのかしら、法律的には問題なくても、ブラッドノアが復活したらどうなるか……想像してみて」


「ブラッドノアのメインシステムですか……」


 システムが復旧したらまっ先に違反者は罰せられる。非常時をいいことに悪事を働くやつらをらしめる懲罰ちょうばつシステムだ。

 ZOCの脅威が見当たらないこの惑星ならば、システムは遠隔用のボットを大量に投入してくるだろう。それにブラッドノアにはボットやドローンの生産プラントもある。無限に湧くであろう心なき殺戮さつりく者。そんな連中に狙われてはたまったものではない。


「惑星に降りたってからの交戦履歴はどうするんですか? 正当防衛になるんですよね?」


「すでにデータを書き換えてあるわ。私にはその権限がある。それよりもスレイド大尉。あなたのよね」


 くっ、やはりバレていたッ!


 アデル陛下たちは黙っていたが、話が自身のことに及ぶなりティーレが声をあげる。


「エレナ宰相、それはどういう意味なのですか?」


「どうもこうもないわ。王女殿下の命を救うために、スレイド大尉は罪を犯したの。それも死罪が確定するほどの重い罪を。そちらのお嬢さんもよ。あなたは目を治してもらったのよね。本来ならば死ぬまで治らない目を治した。重い罪を二つも重ねた。どれだけ減刑しても死罪はまぬがれないわ。でも、私の下に来るのなら許してあげる。どう、悪くない条件だと思わない?」


「…………卑怯ひきょうですよ。断る理由が見当たりません」


「当然でしょう。


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