第124話 subroutine セモベンテ_妬み



 俺にはノルテ閣下から預かった部隊を守るという使命がある。


 新任の指揮官はどこの馬の骨とも知れぬ成り上がりの貴族だと聞いていたので、簡単にねじ伏せられると思っていたのだが……。

 クソッ、俺ともあろう者が、成り上がりの若造わかぞうにしてやられるとはッ!


 負けるだけならまだいい。ああも寛大かんだいに振る舞われては、俺が悪者みたいだ。おかげで、かきたくもない恥をかかされた。

 忌々しい。どうやってあのラスティとかいう成り上がりを叩き出そうか?

 

 悩んでいたら、いつものように若手騎士のアレクが声をかけてきた。

「セモベンテ副官、これからどうします」


「どうするもこうするも、我々が負けてしまった以上どうしようもあるまい」


「ラスコーの親っさんは、ラスティって成り上がりに付くそうですよ」


 誤算だ。まさか古参のラスコーがあの成り上がりになびくとは……。しかし、あの若造、馬鹿にはできん。

 部隊の指揮権を握っているにもかかわらず、我らの裁量さいりょうを認めてくれた。その点は感謝しよう。しかし、この部隊を率いる器であるかは別物。女を二人もはべらしているのだ、どうせろくでもない男なのだろう。


 ラスティなる成り上がりを、どうやってやり込めるか。そのことを考えているうちに新たな上官の天幕についた。


「セモベンテ、入ります」


「どうぞ」


 拍子ひょうし抜けする声が返ってきた。あのチャラチャラとしたアレクよりも軽い。部隊を預かる責任の重さを理解しているのだろうか?


「失礼します」


 天幕に入ると、ラスティは立派な剣立てに剣を飾っていた。なんという男だ! 剣は騎士の命、それを飾るとはッ! 一喝いっかつくれてやろうと近づくと、

「ああ、セモベンテ副官。どうだい、ノルテ元帥の剣は」


「ッ!」


 驚きと怒りに言葉を失う。こともあろうに飾っていたのは、閣下が大切にしていた魔法剣だった。


「元帥は最後まで王女を護り通した。言うまでもなくベルーガの忠臣だ。その元帥の剣を頂いた俺がここに配属された。運命を感じる。ノルテ元帥は死んでしまったけど、これからは毎日、君たちと顔を合わせることができるだろう。彼のいしはいまもここにある」

 なるほど、ラスコーがやり込められるはずだ。口が上手い。


「……どのような経緯いきさつで、その剣を手に入れられたのですか」


「元帥から王女を護るように頼まれた。この剣はそのときに頂いた物だ。嘘だと思うならティーレ王女殿下に聞いてみるといい。殿下もその場にいたからね」


「…………」

 まさか本当なのか? 閣下がこの男に剣を譲ったと? いや、だまされてはいけない。何か裏があるはずだ。閣下から言質を引きずり出して、あの魔法剣を己の物にしたのだろう。きっとそうにちがいない。


「その剣をもってして、何を成し遂げたいのですか?」


「平和な世界をつくりたい」


 一歩間違えばアデル陛下への叛意はんいと受け取られかねない言葉だ。この男、馬鹿なのか?


 ほんの一瞬、野心家、あるいは邪悪な企みを抱く謀士ぼうしか……。そう勘繰かんぐったが、ああいった手合いに見られる抜け目のなさがない。そもそも、のほほんとした表情からして覇気がない。不抜ふぬけた男だ。

 部隊の指揮権を手放すような男だ。お人好しの馬鹿なのだろう。


「理想の世界ですが、人の身でできることは限られているでしょうな。絵空事です」


 人生の先輩として社会の厳しさを教えてやったら、魔術師風の眼鏡娘がしゃしゃり出てきた。


「アンタ何言ってるの? ラスティはね、有言実行の人よ。王都から命からがら逃げてきて、食うにも困った人たちをやしなっているんだから」


「どうせ一握りの人たちでしょう。現実はそれほど優しくありませんよ」


「はぁ~、これだから大人って嫌いなのよねぇ。あのね、ラスティはね、ガンダラクシャで浮浪者にまでなった避難民や傷痍しょうい軍人を来るだけみんな養ってるのよ。魔獣だらけの大呪界の森を切り開いて領地を造ったんだから。それに魔山デビルマウンテンにトンネルをって、北と東をつないだのよ。平和な世界だってつくっちゃうわよ。ねぇ」


「ローラン、最後の部分はちょっと難しいかな」


「大丈夫よ、あんたならやれるわ」


「まあ、頑張ってはみるけど」


「大丈夫だって、アタシたちがついているんだから。ねえマリン」


「そうです。微力ながら私も手伝わせていただきます」


「ほぅら。ラスティはでーんと構えていればいいのよ。みんなが助けてくれるわ」


 本当なのだろうか? 成り上がりの貴族が浮浪者や傷痍軍人を養っているとは、にわかには信じがたい話である。そもそも金はどうしている? 陞爵しょうしゃくして伯爵になったと聞いているが、その前は辺境伯だろう。そんな新興貴族にそれらを養う財力など無いはずだ。どうせ商人にでも金を借りたのだろう。そうやって王家に取り入るための点数稼ぎをしているにちがいない。


 カリンドゥラ王女殿下が激昂げきこうするはずだ。この男、稀代きだいのペテン師だぞ。


 それにしても許しがたい。

 よりによってあの心優しいティレシミール王女殿下に取り入るとは……。毒牙どくがにかからぬうちに、薄汚い成り上がりの本性をあばかねば!

 こうしてはおれん、カリンドゥラ王女殿下に報告せねば!


「なるほど、それは素晴らしい大事業ですな。平和な世界、実現する日をこの目で見届けたいものです」


 適当に話を合わせて、残っている仕事を片付けるといったていで、成り上がりの天幕をあとにした。


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