第117話 北部②
「随分と他人行儀だな……。そういえば、まだ名乗ってなかったな俺はカイン、どこにでもいる冒険者だ」
ん? どこかで聞いたような……。たしかスパイクが昔組んでいたパーティーで、そういう名前の人がいたような……。
「俺はラスティって言います。ところでカインさん、スパイクって冒険者をご存じですか」
「カインでいいぜ。そのスパイクってのは、小柄でガタイのいい重戦士と女魔術師が一緒じゃなかったか」
「ウーガンは知っていますが魔術師は知りません。聞いた話じゃ、魔術師のほうはガンダラクシャに来る前にガーキというエセ貴族に殺されたらしいです」
「……マジか」
「スパイクからは仲間だとしか聞いていません」
「仲間か……その女魔術師はな。スパイクの婚約者だったんだ。ガンダラクシャに戻ったら所帯を持つって言ってたのにな……」
「えッ!」
初耳だ。婚約者だったのか……。そんな辛い過去があっただなんて。
そういえばティーレのことを気にかけてくれていたな。亡くなった婚約者と重ねていたのかも知れない。
「まさか、こんなところでスパイクの知り合いと出くわすとはな」
「知り合いというか仲間……いや親友ですね。スパイクとは何度か冒険をしました、ガンダラクシャに来る前から……」
口ごもる俺に続いて、ティーレが言う。
「私にとっても親友です。スパイクとウーガンには何度も助けてもらいました」
「そうか、そういう奴だからなあいつは……」
カインはエールを飲み干すと、
「さっき言った極秘の話だけどよ。マキナの連中、どうやら〝破滅の
「破滅の星、朱の雫?」
「なんだ知らねぇのか、まさかそこからの説明になっちまうとはな」
「あなた様、破滅の星というのは星方教会の暗部のことです。表向きは諜報活動をしていることになっていますが、その実態は暗殺だと聞いています。朱の雫は##ギルドのことを指す隠語です」
久しぶりに出たな、未解析な単語。
「そのギルドって連中も暗殺を専門にしているのか?」
「別名暗殺ギルトとも呼ばれています」
肝心な内容なのに未解析とは……。そんなことを考えていると、アップデートの知らせが入ってきた。
――便宜上##ギルドは闇ギルドと翻訳します。よろしいでしょうか?――
【かまわない。今後はそれで翻訳してくれ】
――了解しました――
フェムトと交信している間に、ティーレがあれこれ疑問を口にする。ちょうどいいタイミングだ。知らない単語がポンポンでてくるので、情報を整理するため黙っていよう。
「ですが変ですね。闇ギルドの介入はわかりますが、なぜ破滅の星が動くのでしょう。教会の暗部を動かせるのは教皇だけのはず」
「ちょいとした訳があるのさ。枢機卿のロウェナってのが一枚噛んでいるらしいぜ」
「枢機卿?」
「ああ、聖王国にも星方教会の大聖堂があるからな」
「それと破滅の星がどう関係しているのでしょうか」
「破滅の星は教皇直属じゃねぇ、
「星方教会も一枚岩ではないのですね」
「らしいな。最近じゃあ、教皇不在の噂も耳にする。何か事情があるみたいだぜ」
なるほど、星方教会を
部下が暴走しているのに、教皇は何をやっているんだ?
「教会が一枚岩でないことを利用してベルーガに攻めてきたのですか」
「推測の話だがよ。まったく的外れでもないってのが怖いところだ。〝破滅の星〟や〝朱の雫〟といった暗殺を専門にしている連中が絡んでいやがるからな、ベルーガが善戦していても、今後どう転がるかわからねぇ。ベルーガの新王が暗殺された日にゃ、再起できないほどの痛手になるだろう。そういう
「あの聖王が?」
「ああ、元帥とも渡り合ったカウェンクスが、まだガキの新王相手に逃げたのが解せない」
「……たしかにアデル陛下はろくに剣も振ったことのない御方。ですが騎士たちを率いての突撃なら逃げるのではないでしょうか?」
「それも考えたが、やっぱり腑に落ちねぇ。カウェンクスの周りには腕利きの騎士がいるはず。有事の際に出張ってくる聖王国の精鋭――〝聖王特務隊〟だ。多少のことならあいつらが
「…………」
カインの推測が有力らしく、ティーレはそれ以上追求しない。おそらく弟である新王を擁護したいのだろうが、将来の義理の弟はそこまで武力に秀でていないようだ。
「ところで、ラスティたちも
「いや、俺たちはアデル陛下のところへ行く予定なんだ」
「おいおい、最前線だぜ。王族ならともかく、ただの冒険者が行っていい場所じゃないぞ」
「事情があってね」
「…………事情があるってんならとめないぜ。その代わりにいい情報をくれてやる。俺たちがいるこの町――エバサを北に行くと途中で別れ道がある。立て札のある別れ道だ。立て札の文字は消えているが、そこから伸びている細道を進むと王都とカヴァロを繋ぐ街道に出る。あとは街道に沿って南へ行けばマロッツェだ。あの道が一番の近道だ。前線より北側だから安全だしな」
「ありがとうカイン」
お礼に銀貨を渡そうとしたら、その手を押し返された。
「情報料はもらっている。スパイクのダチから金を巻き上げたなんて知れてみろ、あいつにぶん殴られちまう」
「そうか、だったら俺からもいい情報を……北部と東部を結ぶトンネルがつい最近完成した」
「なんだって! 北部にそんな人手は余ってないぞ。東部――ガンダラクシャから掘ったとしても大呪界の魔物どもが邪魔で、まともに工事なんてできないはずだ。一体誰が、どうやってトンネルを掘ったんだ?」
「俺が掘った」
「ラスティが?!」
「大変だったんだけど、なんとか完成させたよ」
「ほんとかぁ?」
どうも信じていないようだ。
「だったらこうしよう。大銀貨を一枚預ける、もしトンネルが嘘だったらガンダラクシャでスパイクとの飲み代にしてくれ」
「もしトンネルが本当だったら?」
「トンネルの向こうで飲んでくれ。俺のおごりだ」
「ははっ、どっちにせよ俺が得をするのか。そうだ、ついでにこれも教えておいてやろう。さっき話した王都にいる将軍ってのは、マキナのダンケルク大将軍だ。あの男にだけは絶対に手を出すな。ありゃぁ化け物だ。Sランクの冒険者が三人まとめてぶっ殺されたらしい」
「「Sランクが三人まとめてッ!」」
アシェさんとクラシッドが声を揃えて驚いている。Sランクってそんなに強いのか?
「三人がかりっていっても、護衛や同行している騎士を倒してからの戦闘だろう。だったら三人でも不利だよ」
「それがちがうんだよ。ダンケルクが一人になるのを見計らって仕掛けたらしいんだが、まともな戦いにならなかったって話だぜ」
「でも、さすがに俺たち全員でかかれば、全滅は無いだろう」
カインは俺たちを値踏みするように見渡して、
「ラスティたちもできるようだが無理だ。普通の将軍なら可能だろう。だがな、ダンケルクはちがう。ありゃあ、人間の姿をした厄災だ。Sランク五人でも厳しい」
「相手はたった一人なんだろう。絶対に無理とは限らないんじゃあ……」
カインと話を進めていると、アシェさんが椅子を鳴らした。
「私も無理だと思います。鬼のダンケルク、死神ダンケルク、数々の異名は伊達ではありません。勝てる見込みがまったくありません。そもそも私はAランクですし」
「俺もだ。ダンケルク・ロミーア、無敗将軍、聖王国の守護者、元帥殺し……かぞえあげると切りがない。それほどの異名を持つマキナ聖王国の大将軍。強いとは聞いていたが、兵を率いるだけでなく個人の武でもそれほどとは」
青ざめる二人の護衛。一度互いに見つめ合うと、盛大にため息をついた。
「アシェさんもクラシッドも、そこまで弱気にならなくても」
「「…………」」
ゆっくりとこっちを向く二人。葬式の参列者みたいに悲痛な面持ちをしている。
「何も戦えって話じゃないだろう。そもそも二人は護衛だ。そういう化け物じみた相手とかち合わないようにするのが仕事だと思うけど……」
「そ、そうですね」
「……そうだな」
それから注文した食事がテーブルに並べられたが、二人は病人のようにもそもそと静かに食べていた。騎士二人をここまで
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