第118話 義姉①




 カインと別れてから、俺たちはエバサの町を北へ向かった。教えてもらった細道を通って街道沿いにマロッツェ地方へ進む。


 道中、何事もなくベルーガの野戦基地にたどり着いた。遠くに見える森の向こうにもベルーガの軍旗がなびくそれっぽい城があった。規模からしてこっちが本陣で間違いないだろう。


 野戦基地は木杭と木柵だけの簡素な造りではあるが三重の防壁を設けており、土塁どるいに空堀まである。ここで戦うことを想定しているのだろう。戦いに適した陣地だ、ここの指揮官は優秀らしい。


 ベルーガの兵士たちはティーレの姿を見るなり、

「ティレシミール王女殿下ッ!」

「ティレシミール王女殿下が帰還なされたぞ!」

「殿下! 御無事でしたかッ!」

「王女殿下!」


 ティーレを歓迎かんげいする声があふれる。そのあと野戦基地に満ちていた兵士の海が真っ二つに割れた。

 王族すごい……。


 それにしても気が重い。

 ここにはティーレの姉なる人がいて、その人に結婚を認めてもらわなければならない。一応、ガンダラクシャの腹黒元帥は味方だが、反対されたら厄介だと言っていたな。事前にティーレから未来のお義姉さんについての情報はある程度聞いてはいるが……。かなりの曲者らしい。


 なんでも男言葉を好み、自分のことを〝オレ〟と言っているのだとか。それ以外にもこの惑星の住人にしては合理主義者で、帝国貴族のエレナ事務官を彷彿ほうふつとさせる人物だという。


 俺の苦手なタイプだ。

 久々に胃が痛い。


 胃痛と闘っていると、口髭くちひげをピンと立たせた壮年の男がやってきた。でつけた髪に白いものが混じってはいるが、甲冑を着込んでいるものの足取りは軽い。背筋もすっと伸びており実年齢よりも若そうだ。地位のある人物らしく貫禄かんろくのあるいかめしい顔をしている。もしかして元帥か?


「これはティレシミール王女殿下、ご帰還の場に居合わせることができるとは、このリッシュ・ラモンド光栄にございます。長旅でお疲れでございましょう。まずは休息をとられては」


「結構です。それよりもラモンド卿、姉上に会いたいのですが」


「はっ、ただちにご案内致します。どうぞこちらへ」


 リッシュと名乗る壮年の男の案内で天幕の前まで来た。


「付き人は外で待て」

 と、俺たちを外に留めて、ティーレに陣幕へ入るように促すが、

「あなた様、気にせずなかへお入りください」


 とたんにリッシュの目つきが変わった。ほんの一瞬だけ目を見開くと、獲物を見つけた猛禽もうきん類のように目を細める。


「殿下ッ、何を仰るのですか。ここより先は謁見えっけんの場ではございませぬぞ! どこの馬の骨とも知れぬ者を王族のおられる場所に招き入れるとは……なりませんッ!」


「お黙りなさいラモンド卿。この御方は私の命の恩人です。この御方に失礼を働いたら、ラモンド卿でも容赦ようしゃはしませんよ」


「ぬぅ…………しばしお待ちを」

 リッシュは先に天幕に入ると、何やら荒い口調でわめき散らした。


 しばらく近づきがたい口論が聞こえてきて、苦虫をかみつぶしたような顔で天幕から出てくる。


「カリンドゥラ王女殿下から許可がおりました。どうぞお入りください」

 言葉とは裏腹に、リッシュは突き刺さるような視線を向けてきた。


「ラモンド卿、懐かぬ犬は嫌いです」


「……申しわけありません」


 しぶしぶと下がるリッシュに頭を下げてから、ティーレに続く形で天幕に入る。


 天幕内部は見た目に反して広く、軍議につかわれる地図や書類がごった返していた。書類の山に埋もれる感じでいぶかしげな顔をした女性が見える。眼鏡をかけた女性だ。


 赤みがかった銀髪に毛先が指一本分ほど紫色に染まっている。その髪を高めに結ったポニーテールに、大胆に胸元の開いたドレス。几帳面な性格らしく、左右に積まれた書類はキッチリと重ねられている。見た目でもわかる合理主義者……ティーレのお姉さんで間違いない。


 疑り深いらしく、俺をめつけてくる。双眸は冷ややかなあおで、左の目元にチャーミングなホクロがある。そんな美人にもかかわらず、凍えるような雰囲気を纏っている。

 歓迎されていないのは明らかだ。


 そりゃそうだろう。この女性からすれば、俺は大切な妹についた虫だ。


「姉上、ティレシミール、ただいま戻りました」


「うむ、大事がないようで何よりだ。ところでこの男は?」


「……この御方は命の恩人で…………その、あの……私の…………」


「ティーレのなんだ? 妹よ、はっきり言ってくれないか」


 どうやらティーレはこの姉がかなり苦手なようだ。それっぽいことを言っていたが、まさかここまで苦手意識を持っているとは……婚姻に腹黒元帥を巻き込んだのもうなずける。


 助けを求めるようにティーレがこっちに目を向ける。


 あんまり関わりたくないんだけどなぁ。仕方ない、怒られる前提でやってみるか。


「王女殿下、発言をお許しください」


「ならん!」


 速攻で撃沈されてしまった……。

 こうなってしまっては口出しすることもできない。あとはティーレに任せるだけだ。


「妹よ、この男は何者なのだ」


「こ、この御方はツェリ元帥の権限で辺境伯に叙爵されたラスティ・スレイド様です」


 ティーレの言葉に激昂げきこうしたカーラが机を叩く。積まれた書類がバサリとくずれ落ちた。


「妹よ、。オレたちはベルーガの王族なのだぞ!」


 ん? いまオレって言わなかった!? 女性……だよな。まさかのオレっ娘。事前に聞いていたが、実際耳にすると戸惑とまどってしまう。

 まさか本当にオレって自称するなんて……何かの間接表現だと思っていたのに……。


「王族であったとしても恩人は恩人です!」


「フンッ、ならば適当に褒美をやればいい。貴様の望みはなんだ、言ってみろ」


「発言してもよろしいのですか?」


「貴様馬鹿か? それとも耳が腐っているのか。オレが言えと命令しているんだ。さっさと欲しい褒美を教えろッ!」


 士官学校時代の鬼教官を彷彿ほうふつとさせる強キャラだ。まあ、あの鬼教官に比べれば優しいもんだけど。


「望みは一つ、妹君を俺にください」


「なぁ・ん・だぁ・とぉ・ぉおーーーーー!」


 カーラは目を見開くと、大きく右手を振りあげた。次の瞬間、机を叩き割る。

 散らばる書類に目もくれず、矢継ぎ早に言葉を放つ。

「辺境伯ごときが、オレの妹を望むとは何事だッ! 冗談でもすまされないことだぞ、わかっているのかッ!」


――エネルギーの流れを検知しました。魔法による身体強化だと思われます――


 相棒は淡々と通信をぶち込んでくる。


【頼む。フェムト、サポートしてくれ】


――無理です。カーラなる個体のデータが不足しています――


 頼みのAIに見放されてしまった。どうしよう……。


 この騒ぎに騎士が駆けつける。

「カリンドゥラ王女殿下、大きな物音がしました。一体何事ですか!」


「大事ない、下がっていろ」


 カーラは抑揚よくようの無い声で命じるも、その目は血走っていた。

 間違いない怒りゲージはマックスか、それに近しい値だろう。


「はっ。ただちに下がりますッ!」

「失礼しましたッ!」


 騎士が消えると、カーラは組んだ腕に尊大な胸を載せた。ティーレのお姉さんだけあってすごい。

 リアルでは決してお目にかかれない大きさだ。


「妹の命の恩人らしいな。それに免じて選ばせてやる。処刑されるか、黙ってこの場を立ち去るか。もちろん妹のことは諦めてもらう」


「姉上、いくらなんでそれは酷すぎます」


「黙っていろ。まさかこんな虫を付けて戻ってくるとはな……。妹よ、王族の自覚はあるのか?」


「あります。ですが、それとこの件は関係ないのでは?」


「いいや、関係大有りだッ! ハァ、聡明だった妹がこうも様変わりしてしまうとは……おい、貴様、しでかした事の重大性を理解しているのか?」


 なんとも一方的な王女様だ。もっとまともな人だと思っていたのに、がっかりだ。


「いいえ」


「ならば教えてやろう。一つ、辺境伯ごときが王族を嫁に迎えること自体が間違っている。二つ、貴族ならば分をわきまえろ。オレは王女だ、臣下の礼をとれ。三つ、目障りだ、ただちに失せろ」


「…………」


「返事は?」


 あまりにも一方的でこちらの言い分すら聞いてくれない王女様に、さすがの俺もカチンときた。しかし、ここはティーレの顔を立てて我慢しよう。

 拳を握りしめ、歯を食いしばる。怒ってはいけない。


「おい、王族が下問かもんしているのだ。さっさと答えろ」


「姉上、いくらなんでも失礼がすぎます」


 カーラは鋭い眼光を妹に向けるや、

「誰のためにこのようなことをしていると思っているんだ!」

 ティーレのほほった。


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