§5 この惑星の職場環境を調査しました。 main routine ラスティ
第116話 北部①
この惑星に来て、一年以上が経過した。
母艦であるブラッドノアとの交信はいまだ拒絶のままだ。星系統括司令部からの通信もない。
いくら遠く離れた宇宙にいても、同じ星系ならば統括司令部に救難を呼びかけ通信は届く仕様になっている。それが届かないということは……。
考えたくはないが、軍は惑星調査艦ブラッドノア号が消失したと判断したのだろう。それとも異なる星系に
どちらにせよ、軍からの救助は見込めない。
俺が収集した調査結果はかなりの量にのぼる。惑星の居住権は確実にゲットできるはずだ。しかし家族と会えないのはつらい。いや、そもそもコールドスリープした時点で……。
それにしても弟のことが気がかりだ。幸せに暮らしているだろうか? 俺とちがって出来の良い弟だ、一人でもなんとかやっているはず。そう願いたい。
寒々しい心に、追い打ちをかけるように冷たい風が吹きつける。
「もう五月だというのに、北の風はまだ冷たいですね」
並び歩くティーレは、毛皮を仕舞ってある荷を恨めしそうに見つめている。
俺たちは、ティーレの家族に会うために北の古都カヴァロを目指している。なんでも王都がマキナ聖王国に占領されたので北の古都カヴァロへ遷都したのだとか。
それにしても寒い。
北部は冬の厳しい地域らしく、昼間は暖かくても朝晩の冷え込みは厳しいと聞く。それも日の射さぬ森のなかであればなおさらだ。
「なぜ足場の悪い森のなかを行くのですか?」
同行者のマリンが質問を投げかけてきた。俺も同じ事を考えていたので、答えを知りたいところだ。
「いろいろと事情があるのです」
回答してくれたのはアシェさんだ。
眼鏡をかけ直し、ポニーテールを揺らしながら簡単に事情を説明してくれた。
いま歩いているのはベルーガ王国の北東にあるカルーン地方という場所らしい。平時ならばこのまま東へ進んでマロッツェ地方に出てから街道を北へ進むのだが、マロッツェには聖王国が迫っているので安全をとって遠回りのルートを選択したのだ。
「だから少数での旅をツェリが許してくれたか」
「ラスティさん、せめて元帥、もしくは閣下とつけてください。ツェツィーリア様は私の主なので」
「……はい」
相変わらず真面目な女性騎士様だ。
今回の同行者は、俺、ティーレ、新たに加わった魔族の姫マリン、アシェ、ルチャ、クラシッド、そしてインチキ眼鏡のローランだ。
アシェさんはティーレの護衛なので同行はわかる。ルチャも、ベルーガの新王と会わなければならないらしく、二人の同行もわかる。なぜローランがここにいるのか不思議だ。根っからの錬金術師なので、魔族の都プルガートで魔道具研究にでも明け暮れると思っていたのに……。
「アタシ、カヴァロへ行くの初めて。あそこは寒いって聞いているけど、
完全に旅行気分だ。一応、俺の魔道具造りの先生なんだからさ、せめて北の魔道具が気になるとか言って欲しかったんだけど。
半月ほど歩いて、やっとちいさな町にたどり着いた。
エバサという村だ。
エバサは製塩業の盛んな町で近くに塩湖がある、ジリの街よりも規模は大きくて住人は百を超えるという。この惑星基準でいうところの村と町の中間にあたるらしい。
とりあえず宿を探す。
皮鎧に槍といった冒険者風の男がこっちに歩いてきたので声をかける。
「あのう、宿を探しているんですけど、どこにあるか教えてくれませんか」
「おっ、あんたらもカヴァロから逃げてきたクチか」
「逃げてきた? どういう意味ですか」
「なんだ知らないのか。聖王カウェンクスの親征軍とベルーガの残党が戦っているらしいぜ」
「…………!」
冒険者の言葉を聞いたとたん、ティーレは表情を引きつらせた。俺を押し退け男に質問を浴びせかける。
「両軍の規模は? 戦いは始まったのですが? 戦場はどの辺りですか? 勝敗は?」
「ちょっと待ってくれよ。そんなにいっぺんに聞かれても答えられないぜ。俺も噂くらいしか知らないからな」
「ですが、ここに逃げてきたのなら戦いが始まるのはほぼ確定しているのでしょう?」
「まあな、カヴァロが慌ただしくなって、ただごとじゃない雰囲気だったんで逃げてきたんだ」
詰め寄るティーレに男は困惑しているようだ。
「すみません、俺は商人をやっていて国同士の戦争とか死活問題なんですよ。噂話でもいいですから聞かせてくれませんか」
男に大銀貨を握らせる。握らせたそれを見るなり冒険者風の男は目を輝かせた。
「商人か、そりゃ大変だな。よし、俺の知っている噂話でいいのなら教えてやろう。ついでに宿もな」
奮発しすぎたか、どうやら飯もたかるつもりらしい。
男の案内でそこそこ立派な宿に入る。町の規模にしては小綺麗な宿だ。食事もそれなりの値段がするのだろう。必要経費と割りきって、テーブルにつく。
「冷えたエールと牛の煮込みを頼む。あと、お客さんを連れてきたぞ」
「それはそれは」
ウェイターは男に頭を下げると、今度は俺たちに注文を聞いてまわる。
仲間たちは各々料理と酒を注文した。
「調理に少々時間がかかりますので、先にお飲み物をお出ししてもよろしいでしょうか」
「そうしてくれ」
女性陣は果実酒、男性陣は乳酒、それと男の注文したエールが出された。
「それで聖王国の軍は?」
「まあ待て、ちょっとばかし整理する時間をくれよ。間違った情報なんて要らないだろう?」
ティーレがもどかしげに膝をもじもじさせるなか、男はエールで唇を湿らせた。
「噂話もするが、極秘の話もしてやる。絶対に誰にも漏らすなよ。ベルーガとマキナの軍の情報なんだからな」
「わかった約束する」
「それじゃ、始めるか」
男からもたらされた情報は耳を疑うような内容だった。
なんせ二〇万とも称するマキナ聖王国の大軍を、ベルーガは六万の兵で蹴散らしたのだから。ティーレも信じられなかったらしく、出任せでは、と零すほどだ。
「マキナの連中は悪事を重ねすぎたのさ。異教徒、邪教徒とベルーガの民を
アデル・ソリス――ティーレの弟だっては聞いているけど、歳はいくつなんだろう? ティーレが二十歳そこそこに見えるから、それよりも若いと思うけど……。
「農民たちも
「アデルがそんなことをッ!」
興奮したのかティーレが腰を浮かす。
俺は彼女以上に驚いた。連合宇宙軍の兵士として初陣を経験したのは一八歳のときだ。上官の陰に隠れて戦闘らしい戦闘をしていない。ついていくのがやっとだった。それに比べて、王様でありながら突撃とか……英雄かよッ!
俺だって努力はした。ティーレを助けて、大金貨一〇〇枚を稼いで、辺境伯にもなった。だけど将来の義理の弟の凄まじさといったら……。俺、このままでいいのか? 本気で悩んでしまう。
「朗報はそれだけじゃないぜ。新しい女宰相がマキナの
「このまま進めば王都も奪還できるのでは」
アシェさんも興奮している。いつも以上に真剣な表情で眉間に
「そいつは難しいな。なんせ今回の親征軍にマキナの大将軍は不在だって話だぜ。噂じゃあ王都の占拠で苦労しているらしい。言い替えると、王都に陣取っているマキナの連中は一筋縄じゃいかねぇってこった。まあ、そこらへんはベルーガのお偉いさんのほうが詳しそうだけどな」
お偉いさんに花を持たせるため、叩き上げの軍人は後方待機。なるほどあり得る展開だ。男はぶっきらぼうな口調だったが、頭の回転は速いらしい。なかなかに優秀だ。
「それであのぅ……あなたは、今後ベルーガはどう動くと予想しているんですか」
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