第113話 火事場泥棒の正しい処し方②●



 翌日、私は魔術師数人を引き連れて、ちいさな帆船で海に出た。


 魔術師たちにガンガン風を起こさせて、内海を疾走した。

 ときおり船底が海面から離れたが、エキサイティングなアクティビティに私はご満悦。魔術師のみなさんは驚いていたみたいだけど……。


 ザーナ都市国家連合の巨大な帆船がレーザー式狙撃銃の射程に入るまで近づく。紋章の描かれた綺麗きれいな帆をレーザーですべて焼いた。


 不慮ふりょの事故だ。このレーザー式狙撃銃もレーザーガン同様にトリガーが軽すぎる。


 悲しい出来事によって海軍は航行力を失い、海を流離さすらうことになるだろう。事故現場を目撃した私としては、彼らの無事を祈るばかりだ。


 その日のうちに、砦にとって返してロビンにあることを指示する。

「そのようなことをしてどんな意味があるのですか」


「いずれわかるわ、いずれ」


 何食わぬ顔でザナックをもてなす。


「噂にたがわぬ美味さ。この料理がザーナで食べられる日もそう遠くはないが、食べずにはおれん」


 品性の欠片もない男は大喜びで料理を食べ散らかす。いやしい男、犬みたいな食べ方ね。見ているだけで食欲が失せるわ。


 この馬鹿貴族の笑顔も近い未来に絶望へと変わるんだけど、残念なことに私はそれを見れない。でもいいわ、地獄を味わってもらうんだから。それに、そんなとこ見たら精神衛生上にも悪いし。


 さて、準備も終わったことだし、楽しい謀略の時間と参りましょう。


「ところでお願いがあるんだけど、いいかしら?」


「講和はしませんぞ」


「そうじゃないわよ。この国が滅んだとき、そちらへ亡命したいんだけど。悪く扱わないように一筆ほしいの。もちろん、タダとは言わないわ。


「ほう、値の張る……してどのような」


「そうね。とりあえず私の持っている金銀財宝の一部を」


「……ちなみにですが、亡命するのは宰相閣下だけでございますか」


「当然よ。だって国を見限るんだから。下手に部下とか連れていったら、逆恨みされて殺される可能性があるじゃない。私はね、余生を優雅ゆうがに過ごしたいだけ」


「お高くつきますよ」


「問題ないわ。宰相だから金回りだけはいいのよ。で、頼めるの? 駄目ならよその国をあたるけど」


 さりげなく金持ちアピールする。するとどうだ、ザナックは見事にエサに食い付いた。


「いいでしょう。このザナックが仲介役を務めさせていただきましょう」


「私が亡命したいのは、一番南の郡なんだけどお願いできる?」


「一番南……となるとジグレ郡のエクア市長になりますな」

 とたんにザナックがしぶる。どうせ手間賃の引き上げだろう。


 私は財産のなかから、もっとも価値のある通貨をテーブルに置いた。清銀貨だ。

 なんでも清銀貨はベルーガでしか採掘されない超稀少な金属で鋳造ちゅうぞうされているらしく、ベルーガでしか造っていない。おまけに年に十枚ほどしか製造できない超プレミア通貨だ。そのせいで、国法で大金貨一〇と同等の価値と定められているにもかかわらず、それ以上の値で取り引きされている。


 その超高額通貨を私は五枚も持たされている。アデルからの愛をひしひしと感じさせられるお小遣いだ。


 五枚あるうちの一枚をザナックに手渡し、もう一枚を密書の入った筒に入れる。ジグレ郡の市長に渡してもらう密書だ。


「よ、よろしいのか! 仲介役の私がジグレ郡の市長と同じ清銀貨をいただいても」


「当然よ、だって私の命がかかっているんだもの。それに今後も仲介役を頼むことになるだろうから、いわば手付金みたいなものね。無事に亡命が成功した暁には、ザナック殿にはいまの三倍支払うわ」


 大金をチラつかせると、ザナックは目玉が零れんほどに目を見張った。


「本当に、宰相閣下は国を捨てて亡命するつもりですか!?」


「当然じゃない。命はお金に換えられるけど、お金で命は買えないわ。だから危険がおよぶ前に逃げるの。私、変なこと言ってる?」


「いえ、あまりにもザーナとよく似た考え方ですので、つい」


 へー、こいつだけじゃなくて、国民全員がはじ知らずの守銭奴なのか……。


 それから二日後、ザナックはながい旅路についた。


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