第114話 火事場泥棒たちのその後①●



 ザナックを追い出して数日が過ぎると、ザーナ都市国家連合の軍勢は波が引くように本国へ戻っていた。


 戦闘はしていない。その代わりにちょっとしたサプライズを用意した。私からの哀憎あいぞうたっぷりの飛びっきりのサプライズ。


 そう、陸路の軍隊に噂を流したのだ。ザナックは裏切り者だと。


 海軍の帆を焼いた一件を、ザナックの内通によるものだと噂を流させた。ロビンに命じて、事前に陸軍と海軍が連絡をとりあっているのを突きとめてある。それを逆手にとったのだ。海軍の異変は陸軍へと伝わっており、それをザナックによる情報漏洩の仕業とでっちあげたのだ。

 これはロビンの手柄だけと、面白いほど効果を発揮した。


 おまけにザナックに持たせた筒には、追加で海軍の航路を教えてくれた礼の密書と、謝礼の清銀貨一枚を同梱どうこんしている。しらべられれば、馬鹿でもわかる裏切り者の証拠である。


 噂を耳にした陸路の将兵は当然ながらザナックを拘束し、持ち物をしらべた。

 その結果どうなるか……。


 侵攻してきたオレイン郡と、何もしていないジグレ郡は仲違いになり、私のしたためた密書は見事内紛へと進化を遂げた。

 誇らしい成果である。


 ザナックはとばっちりを受けた形で、あの世へと旅立った。私だったら、密書をしらべるなり、背後関係を吐かせるなりするんだけど、都市国家連合の人たちは短気らしい。即決即断でザナックを首ちょんぱした。


 そもそもあんな男を使者にするほうが間違っている。宣戦布告をすませたのなら、その足でさっさと本国に引き返すべきだ。それをのうのうと敵地に滞在するとは……怪しまれて当然だ。


 大義名分もない身勝手な戦争に付き合ってやれるほど私は暇ではなし、寛容かんようでもない。

 だからこの機会を利用して徹底的に叩くつもりだ。


 ちょうど、ハンドグレネードが一発残っている。せっかく北から持ってきたのだ、コレにも武勲を立てさせたい。東にあるデスモール郡の市長宅を爆撃した。東西南北のうち、三つに争いの火種を巻いてやったのだ。内紛はさらに激化するだろう。いいぞ、やってしまえ!


 私にしか見えないホロ映像を眺めながら、最高の謀略タイムをエンジョイしていたら、ロビンがわざとらしく咳をした。


「閣下、やけに嬉しそうですね」


「わかる? この間の使者、あいつ死んだわ」


「……どのような手をつかったのですか?」


「聞きたい?」


「後学のために……」


 この件の全容を教えると、ロビンは露骨ろこつに顔を引きつらせた。


「どの段階で、そのような恐ろしいことを企てたのですか」


「理由のない宣戦布告ね。あの場で殺そうかと思ったけど、私って、この国の宰相じゃない。立場上、迂闊なことはできないでしょう」


「だから謀殺したのですか……」


「そうよ。だって、あいつらに暴れられたら、せっかく復旧した街や田畑が台無しじゃない。一体いくら注ぎ込んだと思っているの。それをぶち壊しにやってくるんだから、考えるまでもなく殲滅せんめつでしょう。それを大負けに負けて内紛で終わらせてあげてるんだから、感謝してほしいくらいよ」


 内紛以外にも徹底抗戦という手もあったけど、エネルギーパックやセントリーの弾丸を消費するから戦果の割にコスパ悪いのよねぇ。


「……内紛。なんといいますか、今日ほど閣下が我が国の宰相であったことを喜んだことはありません」


「今日だけなの?」


「いつも喜んでいますが、今日は特別です」


「うまく逃げたわね」


「閣下には日頃からきたえられていますから」


「そういうことにしといてあげる」


 ザーナ都市国家連合へのさ晴らしもすんだことだし、しばらくはのんびりしましょう。


 手はじめに指を二本立てる。ロビンが紙巻きを指に挟んでくれた。実に優秀な側付きだ。

 紙巻きをくわえると、ご丁寧に火までつけてくれる。まさに至れり尽くせりだ。


 そうそう、ご褒美をあげないと。


 執務机から大金貨の入った革袋をとりだして、ロビンに投げ渡す。


「なんですかこれは?」


「ご褒美よ。ザーナの軍隊に噂を広めてくれたご褒美」


「たしかに偽情報を流しましたが、これほどの褒美をいただける功績ではないかと」


「そうかしら? 私は立派な功績だと思うわ。的確に情報を収集するのも、巧みに偽情報を流すのも、どちらも情報をあつかう上で重要な仕事よ」


「そうでしょうか?」


「納得できてないみたいね。でもね、ロビンたちのような優秀な密偵がいたから、私は勝利してきたのよ。これは事実だから」


「閣下の英断の賜物たまものだと思いますが」


 優秀なのに頭は硬いのね。残念だわ、私の片腕になってもらおうと思っていたけど、柔軟さが足りないのはネックね……保留っと。


「まあいいわ、いずれ理解してもらうから。でも今日のところはそれを受け取って頂戴。仮のご主人様だからって遠慮しなくてもいいのよ」


 ロビンは物言いたげだったけど、私の気性を察してか素直に従った。


「それではありがたく頂戴します」


 優秀な側付きには悪いけど、これ以上話すこともないから、ご退席いただいた。


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