第112話 火事場泥棒の正しい処し方①●
野盗を追い払って平和になったと思ったら、今度は使者がやってきった。
二人の使者だ。
一人はアデルからの使者で、もう一人は南方、内海を挟んだ向こうのザーナ都市国家連合からの使者だ。
まずはアデルの使者を呼ぶ。
「宰相閣下に申し上げます。アデルソリス陛下が聖王カウェウンクスの親征軍を撃退しました」
使者からの報告に、私は耳を疑った。
あれこれ考える前に、使者が続ける。
「途中で合流した義勇軍、農兵の数が多く、
使者はそれだけいうと盛大に
休憩することなく馬を走らせてきたのね。
「誰か、この者に水を」
侍女に水を用意させると、使者は美味そうに喉を鳴らして飲んだ。
「慌てずにゆっくり飲みなさい。お替わりもあるわ」
「お気遣いありがとうございます」
使者はさらに二杯の水を飲み干した。
偽りの勅令を持ってきたガスコーニュのような怪しさはない。さりとて、アデルが兵を
「糧秣を送るのは問題ないけど、本当に聖王国の親征軍を撃退したの? にわかには信じられないんだけど」
「そう仰るのも無理はありません。自分もあの大軍を撃退したのが、いまでも信じられません」
「もしよければだけど、詳しく教えてくれない」
「そのつもりで参りました」
使者からの報告を聞いて驚いた。まさかアデル自ら突撃するんなて!
そもそも勝てる戦だ。これ以上、後が無いベルーガのとる戦法では無い。兵力の不利を抱える相手が守りを固めるのではなく、玉砕覚悟で突撃してくるなんて誰も予想していなかったのだろう。
私ですら、そんな馬鹿げた戦術は採択しない。それも王自ら先頭に立って……。
正気の沙汰ではない、狂気の沙汰だ。下手をすれば、アデルが敵に
「会戦のとき、最後に陛下の側にいたのは?」
「ラモンド卿です」
「んんッ!?」
あのリッシュが? ありえないわ。あの無能が
「どのラモンド卿?」
「庶務大臣を務めておられるリッシュ・ラモンド卿です」
えっ、嘘、ありえない!
混乱していると、使者が顔色を伺うように、
「あの閣下、大丈夫ですか」
「えっ、ええ、大丈夫よ」
どうやら
「糧秣を送りましょう。それとは別に陛下へ戦勝祝いの品を献上します。使者の役目、ご苦労様。部屋を用意してあるからそこで二、三日休養をとりなさい」
「お心遣い、痛み入ります」
アデルの使者をさがらせると、今度はザーナ都市国家連合からの使者だ。横にピンと髭を伸ばした、ノッポの男だ。成金みたいに、無駄に宝石や黄金で着飾っている。ゴテゴテとお宝で着飾った歩く身代金だ。
その使者が薄気味悪い笑みを浮かべて、
うわっ、汚い……。
「これはエレナ宰相閣下、お初にお目にかかるザーナ都市国家連合、オレイン郡副市長を務めているザナックと申します」
「その副市長さんが、どういった用件でお越しになられたのかしら?」
「
聖王国軍が
どうやら戦争のどさくさに
わざわざ使者を送るくらいだ。それなりの規模だろう。
念のため、AIに索敵を命じる。
【M2、五機ほど偵察ドローンを飛ばして、南から怪しい集団が来ていないか確認。大至急で】
――確認とは?――
【兵をこっちに向けて進軍させているかの確認よ】
――了解しました、マイマスター――
「そうね。とりあえず理由を聞かせてくれない。陛下に報告しなきゃいけないから、ちゃんとした理由を聞いておきたいの」
「理由はございません。あるとすれば、いまが好機だからです」
「えーっと、本音じゃなくて対外的な理由よ。公表するんだから、そっちの理由を教えてほしんだけど」
「対外的な理由? そのようなものは必要ないかと」
「あっそ、じゃあいいわ。それじゃあ、陸路か海路、どちらから来るかだけでも教えてくれない」
「軍事機密を口にするほど私は馬鹿ではありません」
ザナックはニタニタと笑う。
「わかったわ。それじゃあ宣戦布告に来た証明として、サインを頂けないかしら」
「よろしいですとも」
侍女を呼び、上質の羊皮紙を用意させる。
宣戦布告の証明書を書かせている間に、M2から報告が届いた。
――およそ五万からなる軍勢です――
【陸、海、どっちから来るの?】
――陸が三万五千、海が一万五千といった割合でしょうか――
【兵装は?】
――陸路を進んでいる兵士は、こちらと似たような兵装です。海路は帆船が四十隻。船自体に兵器は見当たらないので
【引きつづき調査をお願い。それとドローンを一機追加してあることをしらべてほしいの】
――あることとは?――
【それはね……】
極秘の任務をM2に伝える。
――何を企んでいるのか知りませんが、了解しました、マイマスター――
M2との交信が終わったので、ザナックに
「ザナック殿、せっかくですので一日、二日ほど
「一日、二日か、それくらいであれば問題はなかろう。お招きにあずかろう」
南の都市国家連合までガンダラクシャの料理の噂は広がっているようで、ザナックは
本音を言うと、こんな男にカビの生えたパンですら与えたくないんだけど、手駒として利用させてもらいましょう。
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