第103話 新しいお友達●



 楽しいバカンスはたった二日で終わった。


 私が拠点として陣取っている砦に、カナベル元帥たちが押しかけてきたからだ。

 ドカドカとけたたましい足音とともに、アルベルト・カナベルが執務室に入ってくる。


「宰相閣下、いかなる理由があって王都奪還を放棄ほうきなされたのですか!」


 凄まじい剣幕だ。アデルの命令だったのかしら? だったら悪いことしちゃったわね。


 遅れて女性が入ってくる。長い灰髪の凜々りりしい女性だ。頬には流れ星のような傷があり、ワイルドな感じを演出している。えりのピンと立った軍服は勇ましく、下手な男より頼もしい。さぞかし同性からモテるのだろう。そんな感じのする女性だ。


 穏やかなイケメンのアルベルトとは真逆の存在。おそらくこの女性がツェツィーリア・アルハンドラ元帥で間違いないだろう。


「何を怒っているのかしら」


「とぼけないでください。宰相閣下直々の命令で、渓谷――関所への攻撃は中止だと伝令が参りました」


「悪い?」


「悪いも何も、王都奪還の絶好のチャンスですよ! それをみすみす見逃すとは……」


「アデル陛下は、と命令したの?」


「いえ、街道を奪って、アルハンドラ元帥と合流せよとの命令でした。ですが、ここは攻めるべきです。私の兵が一万二千、それにアルハンドラ元帥率いる三万。四万を超える軍勢です。聖王カウェンクスは自ら兵をおこして北へ向かっていると聞いています。関所を奪い、迂回する形で挟撃きょうげきすれば必ず勝利するでしょう」


 駄目ね。軍人たる者、命令に忠実でなきゃ。事情がありそうだけど、軍事行動に私情を挟まれると困るのよねぇ。


 それに渓谷をドローンにしらべさせた結果、曲がりくねった道沿いに伏兵が潜んでいるのを確認している。

 高所に陣取っているマキナの兵は、ご苦労なことに落石の準備までしてくれている。

 この時点で、迅速に攻めて一気に渓谷を抜ける策は潰された。

 つまるところ西進ルートは封じられたのである。


 ああ、面倒臭い。


「なるほどね。たしかにならそうなるわ。あなたの言う通りよ」


「でしたら、なぜ攻撃中止の命令を!」


「問題があるからよ」


「どのような問題なのですか!」


 完全に頭に血がのぼっている。まともな会話は無理ね。ここはクーリングタイムを設けてあげないと。


 話を変える。


「ところで、こちらの方は?」

 女性で手を示す。


 すると、空気の読める女性は優雅に紳士的な礼をした。

「エレナ宰相閣下にはお初にお目にかかる。私の名はツェツィーリア・アルハンドラ。ガンダラクシャを治めている公爵だ。片手間に元帥もやっている」


 なかなかジョークのわかる元帥様だ。


「私のことを知っているのなら、挨拶は不要ね。適当に座ってちょうだい。話が長くなりそうだから」


 元帥二人に椅子を勧めてから、ロビンに飲み物を用意するよう伝える。間をもたせるため、私はタバコを取り出した。


「閣下、私も一本よろしいですか?」


「いいわよ。好きにして」


 喫煙を許可すると、ツェツィーリアは自前の葉巻を取り出した。


 ツェツィーリアと仲良く紫煙をくゆらせていると、痺れを切らしたカナベルが口を開いた。

「失礼を承知でお聞きします。閣下はなぜこの地におられるのですか。マロッツェの民を率いて北へ戻るよう陛下から命を受けていたはず」


「そうよ。だけど事態が急変したから、こっちに来たの」


ではありませんか」

 あなたも!? ……命令を無視している自覚はあるんだ。揚げ足をとったつもりなんだろうけど、残念。私の場合は戦略的な命令変更よ。


「命令無視じゃないわ」


「そのような詭弁きべん、まかり通りません」


「だって仕方ないでしょう。


「「えっ!」」


 二人の元帥は目を見開いて硬直した。ツェツィーリアに至っては、指に挟んでいた葉巻をテーブルに落としている。


 二人が硬直するなか、戻ってきたロビンが飲み物のテーブルに並べる。コーヒーだ。


 私は基本、紅茶派だけど、タバコを吸うときだけはコーヒーを飲むことにしている。ミルクティーという選択肢もあったけど、ああいう、女らしさを前面に押しだす飲み物は無粋だ。タバコを決めるときは、どっしりと構えないと。


 せっかく飲み物を用意してあげたのに、二人の元帥は固まったまま「十万を超える軍勢」「大規模な集積基地」などとブツブツ呟いている。


 話を聞いてもらうため、執務机を叩いた。

 荒っぽい音に、二人は我に返る。


「十万を超える大軍の糧秣集積基地よ。奪った糧秣を運んでいる遅くて長い行軍よ。北へ逃げてごらんなさいな。味方と合流する前に後ろから襲われるわ。だったら近場にいる味方――東部へ逃げるのが利口でしょう」


「それは、マキナの本体がこちらの攻めてくるということなのか?」


「それはないわ。だって、糧秣を奪ったことを悟られないように偽装工作してきたから。念には念を入れて、戻ってきた敵の補給部隊も一人残らず殲滅せんめつしたし。もしバレてたら、いまごろ威力偵察の一団がやってきているでしょうね。……ロビン、そういった報告あった?」


「いえ、ございません」


「そういうことだから、私の場合は命令無視じゃないの。わかった?」


「「わ、わかりました」」


 関係のないツェツィーリアまで納得する。


「閣下、質問が。砦の外に山と積まれている荷はすべて糧秣なのか」


「そうよ。ほしかったらあげる」


「失礼ですが、私の考えも戦略的な意味があります。なぜ駄目なのですか」


 アルベルトはまだ食い下がってくる。しつこいわね。


「いまの話、聞いてた?」


「聞いていました。戦略的な意味があるのであれば王命違反でないと」


「あなたの場合はちがうのよ。もう一度ようく考えてみて。敵はお腹を空かせた軍隊で、敵地の奥深くにまで斬り込んできている。その状況で挟撃してみなさい。どうなると思う?」


「必死に抵抗するでしょう。ですが、地の利は我々にあります」


「ツェツィーリア元帥は?」


「私なら挟撃しない。そもそも打ち合わせにない話だ、連携がとれない。それに聖王国の兵士たちは必死どころではなく、死に物狂いで向かってくるだろう」


「アルハンドラ元帥、あなたまでも! 私たちの軍事行動はマキナも想定外のはず。いまごろ態勢を整えている最中でしょう。攻めるならいまです! 千載一遇のチャンスなんですよ。糧秣を奪い、敵を背後から突く。挟撃にならなくても大打撃は確実です。それをなぜ」


 発想は悪くない。

 ただこちらの行動が遅すぎた。渓谷では敵がすでに備えている。ドローンで確認したから間違いない。


 問題は、目の前にいるイケメン元帥様をどう説得するか……。

 ドローンの情報を提示しても信用しないでしょうね。きっと、どこからそんな情報を! なんてネタ元から疑いそうだし。

 あー、でもどうやって説得しようか……。

 私、士官学校出だけど実戦経験はほとんど無いのよね。おまけに軍略とか苦手だし……。


 適当にそれらしいことをでっち上げて逃げることにした。


「望郷の念よ」


「望郷……」


「聖王国側としては王都を奪った時点で大勝利。本国へ凱旋がいせんしてもいいくらいの快挙かいきょなのに、この国を滅ぼそうと躍起やっきになっているわ。でもそれは王様たちだけの話で、国民や兵士は快く思っていない。敵地の奥深く、食べ物もない。そんな状況よ。アルベルト、あなたならどうする?」


「国のために戦います」


「それは軍人や貴族だけ。私が糧秣をごっそり奪ったいま、兵士たちは生きるために目の前の敵を倒さないといけない。それも勝っている有利な状況から一変して、追われる立場になるんだから。長引く戦争で故郷に帰りたいという望郷の念は日に日に募っていくでしょうね。望郷の念は恐ろしいわ。故郷へ帰るために、命がけで戦うでしょうね。そんな死を覚悟した兵を、退路をふさいだ形で背後から突いたらどうなると思う? 死に物狂いどころか死んでも突破を試みるでしょうね。だってそれしか手段は残っていないんだから。そんな兵士相手に有利に戦えると思っているの?」


「…………」


「誰も、勝手に戦うことが悪いって言ってるわけじゃないのよ。弱兵を追い詰めて強兵に変えるようなことはしないで。もしここで甚大じんだいな被害を出してみなさい、王都奪還はさらに遠退くわ。それどころかベルーガという国の存続自体が危ぶまれるの。失敗はもとより、なの。私は、それを理解しての軍事行動なのか確かめているだけ」


「考えが足りませんでした」


「ついでにもう一つ、もし聖王国が私の来た道をたどってここまで来たらどうなると思う? その時、渓谷へ突入していたら? 挟撃していたら?」


「王都を攻める我が軍は背後を突かれるか、手薄となったガンダラクシャは落ちるでしょう」


「私ならガンダラクシャは目指さない。だって食べる物がないんだもん。本国へ向かって一目散ね。だから渓谷ルート一択。挟撃部隊は退路を塞がれる形になる。ここから先は言うまでもないでしょう。ツェツィーリア元帥のお考えは?」


「私も同意見だ。ただし、その時点でマキナは軍としての体裁ていさいは保っていまい。さりとて戦うは愚策。数を頼みに反撃してくる。軍が瓦解がかいするのは関を越えた向こう側――奴らにとって安全な友軍のいる王都近辺にたどりついてからだろう。そこまでいくと敵地になるな。関より東の情勢は把握していない。仮に挟撃から待ち伏せに切り替えても……難しいな。王都に籠もっている敵が出てくることを考えると、関を越えたくない」


「ありがとう、ツェツィーリア元帥。概ね、私と同じ考えね。上手くいけば戦わずに瓦解する敵となんで戦うの? ……アルベルト、着想はいいけど焦りすぎよ。伝達手段が確立していて、なおかつ足並みが揃っていれば話は別だけど。いまは無理ね。どちらも欠けている。理論的じゃないわ。もっと頭を冷やしなさい」


「…………」


 申し訳なさそうに肩身をせばめるアルベルト。情けない。元帥という地位にいるのなら、もっとシャキッとしてもらわないと。


 執務机を叩く。

「アルベルト・カナベル元帥、返事はッ!」


「……はい」


「声がちいさいッ!」


「はいッ!」


「よろしい、指示があるまで隣りで待機してなさい。ロビン、案内してあげて」


「かしこまりました」


 男性二人が退出したことだし、これからは女の時間ね。


「ところでツェツィーリア元帥、お酒はいけるクチかしら」


「頂けるというのなら、浴びるほど飲みたいな」


 この女元帥とは仲良くなれそうだ。

 その日は、久々に美味しいワインを飲んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る