第104話 食欲は満たされた!●



 なんという不運か! 成り行きでアルベルト・カナベル元帥の面倒までみる羽目になってしまった。

 なんでも彼の家系は代々用兵に長けた一族で、若き当主は後学のためにも教えをいたいと頭を下げてきた。

 その意気込みは認めよう。だけど私は軍事はからっきしなのよ……。


 トベラはまだいいとして、いい歳をした大人の面倒をみるのは嫌だ。しかし、つかえる駒は必要。将来への投資とあきらめて育てることにした。


 聞けばこのイケメン元帥、今年で三〇だという。親の顔が見てみたい。〝在住戦場〟を家訓にするくらいの一族だ。戦うことしか興味が無いのだろう。家訓に従う貴族は多い。アルベルトも多聞に漏れず、そういった貴族なのだろう。事実、騎兵の標準装備である胸甲鎧をいつも着込んでいる。


 頭が痛い。


 嬉しい報告は、友人になったツェツィーリア元帥――ツェリが来てくれたことだ。ほかにも東にある草原の国――ラーシャルード軍国から援軍が望めるとのこと。


 なるほど、援軍要請が可能だからアルベルトは進軍を決断したのね。まあ、私なら援軍を呼ばないし、進軍もしないけど。


 偉そうに説教を垂れておいてなんだけど、私、軍事行動とか苦手なのよね。艦隊戦の指揮も平凡だったし、武器を持って戦闘もしたくないし。政治屋として、裏でコソコソしていたいんだけどなぁ。


 ぼやいても何も始まらない。

 まずは兵力の確認だ。

 私の指揮する五千。アルベルトが一万二千、ツェリが三万。総兵力四万七千。当面の糧秣は問題ない。


 ツェリには二万五千を率いてマキナが来るかも知れない西の渓谷に備えてもらい、アルベルトには砦の北を任せた。


 トベラとミルマンにはツェリから借りた五千の兵で治安維持にあたってもらっている。


 私はというと、砦でお留守番。五千の兵に砦の拡張作業をさせている。


 ちなみに渓谷ルートとは別に、険しい山越えルートもある。そこから私のいる砦まで道が通じているのだが、山越えルートは道が狭く足場が悪いので、大軍が押し寄せてくる恐れはない。なのでじっくりと考えに集中できる。


 砦のお留守番は楽なポジションだけど、暇ではない。それなりに仕事はある。

 書類仕事と今後の方針を打ち出さなければならない。

 タバコを吹かしながら、ドローンの作成した地図とにらめっこしていたら、執務室のドアがノックされた。


「どうぞ」


 優秀な側付きが入ってくる。


「閣下に来客です。以前お話になっていた商人を隣室に待たせておりますので」


「はいはーい」


 タバコをもみ消し隣室へ。


 応接用のソファーにふっくらとした男がいた。蓄えた顎髭あごひげかたそうで、まるでブラシのようだ。この男がツェリの言っていた商人ね。


「これはこれは宰相閣下。お呼びに預かりました、ロイ・ホランドにございます」


 用件はツェリから聞いているらしい、ならば話ははやい。


「料理人を手配したいのだけど、いつから来てもらえるかしら」


「すでに何人か連れてきております。まずは試食というお話でしたね」


「期待してもいいのかしら」


「そのつもりで参りました」


 目下のところ私は美食に飢えている。この惑星に来てからろくな物を食べていない。


 別にマズいと言っているのではない。天然の食材は、複製器レプリケーターで合成される食材とはまったくの別物。形と食感だけの味気ない野菜ではなく、ただ硬いだけの肉ともちがう。

 この惑星で収穫できる食材は、宇宙のプラントで生成される高級食材を超える旨味と味わい深さがある。文句なしに一流の食材である。これは間違いない。


 それなのに調理したとたんに……。不思議な現象だ。

 この惑星の住人は損をしている。素材はこんなにも素晴らしいのに、調理技術がお粗末だ。味付けも単調で、素材の旨味を生かしていない。大自然の恵みであるお野菜さんへの冒涜だ!

 私は美食に飢えている! 食べたい。真に美味しい料理を!


 宇宙軍では不評のチョコレート味の携行食糧がいまの私を支えていると言っても過言ではない。

 が、しかし、あの携行食糧はカロリーが高すぎる!

 速く手を打たないと、ブタってしまうわ!


 そのことを酒の席で愚痴ると、ツェリは快く料理人を紹介してくれると約束してくれた。だから私は翌日の朝一番に紹介状を持たせた早馬を飛ばして、腕のいい料理人を抱えているロイなる商人との接触を試みた。


 ここまでは順調だ。問題はこれから先、料理人の腕だ。


 用意した契約書には、年単位の契約をちらつかせている。とうぜん、この場で料理の腕を見せてくれるだろう!


 料理ができるまでの間、抜け目ない商人からあれこれ商品を勧められた。

 兵士の娯楽用にリバーシとサイコロをいくつか購入した。それとキツーいお酒も。


 軍需ぐんじゅ物資の発注契約を交わし終えたところで、試食の料理が運ばれてくる。


 


 まだ食べていないけど、これって唐揚げよね。ローストビーフにフライドポテトまで!


 一瞬、夢を見ているのではと自分を疑った。しかし一口食べると、思い出の味が口いっぱいに広がった。


 ああ、唐揚げ様のなんと美味なことか……。


 カリカリの衣を噛むと、火傷しそうな灼熱の肉が弾け、極上の旨味が口いっぱいに広がる。

 至福の瞬間である。


 ふと脳裏に地球の名言が浮かんだ。

『月が綺麗ですね。死んでもいいわ』

 愛の言葉だという。


 脳内で変換される。

『揚げ色が綺麗ですね。火傷してもいいわ』

 うん、間違いない。愛の言葉だ。


 間違った意味での運命を感じた。ゆえに断言する。


「全員雇うわ」


 ロイの連れてきた五人すべて雇うことにした。年間で大金貨五枚だというので、即金で払った。


「ありがとうございます」


「ところで、この料理を開発したのは誰?」


「私と同じ商人です。腕の立つ魔術師でもあり、また腕のいいお医者様でもあります。非常に優秀なお方ですよ」


「その商人と会えるかしら?」


「難しい相談でございますね。その方は遷都した北の古都カヴァロへ向かっておられます」


「戦時中だというのに、敵の集積基地の側を通って?」


「ちがいます。トンネルをつかって北へ行ったのです。ガンダラクシャの北にある魔山デビルマウンテン。あそこにトンネルを掘って、新たな道を造られたのです」


「国家規模の大事業じゃない」


「はい、非凡な才能をお持ちの方です」


「それで、その商人の名前は?」


「宰相閣下が、北に戻ればわかるかと……」


 随分と遠回しな言い方ね。名前を明かせない事情でもあるのかしら。まあいいわ。いずれわかることなんだし、それまで保留にしておきましょう。それよりも料理を堪能したい!


「何か事情があるようね。深くは詮索せんさくしないわ。その代わり、私が北へ戻ったら顔を出すように伝えてちょうだい。それくらいはできるでしょう?」


「可能な限り手は尽くします」


 絶対とは言わないか……まあ、行き違いってこともあるかもしれないし、一国の宰相相手なら不確かな約束は交わさないわよね。


「それでいいわ。良い取り引きをありがとう。今度も利用させてもらうわ」


「ありがとうございます。契約も終わりましたので、私はこの辺で」


「面白そうな商品があったら、また来てね」


「はい。……それでは宰相閣下、またの機会に」


 ロイ・ホランドが帰ると、私は雇った料理人たちに唐揚げとプリンの量産を命じた。


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