第101話 subroutine カーラ_新王覚醒●


◇◇◇ カーラ視点 ◇◇◇


 エレナがマロッツェへ出兵すると、あの勉強嫌いだった弟が、人が変わったみたいに勉強に打ち込むようになった。

 エレナに弟の教育係りを任せた結果だろう。良い傾向に思えるが、どこかおかしい。


 オレが異変に気づいたのは、エレナが聖王国軍の糧秣りょうまつ基地を落としたと報告を受けてからだ。


 伝令の騎士からエレナはやむ得ぬ事情で南下したと聞いている。なんでも、奪った糧秣すべてを運び出すため、カヴァロへの帰還が困難になったらしい。

 それについては理解できる。いまから援軍を派遣しても、エレナと合流する前に聖王国軍が彼女たちを捕捉ほそくするだろう。だから南下した。至極まっとうな軍事行動だ。しかし、弟の様子がおかしい。


 弟の異変に気づいたときは、もう手遅れだった。

 聖王カウェンクスの興した親征軍がカヴァロへ進軍中だと知るや、弟――アデルも軍を興すと言い出した。


 ベルーガを占領している聖王国軍が合流し、カウェンクスの親征軍は一五万とも二〇万とも言われている。それに五万にも満たない兵で立ち向かうというのだ。無謀にも程がある。


 こんなときエレナがいてくれたら……。暴走した弟をとめるにはあの女の力が必要だ。それほどまでにアデルはエレナに傾倒している。


 オレは、エレナに出兵を命じたことを悔やんだ。


 弟に軍を興すを説いた。口論になり、手をあげたこともある。


 されど弟はとまらない。


 恐ろしいまでのはやさで軍を編制すると、弟は国土奪還と怨敵おんてき撃滅を声高に南へと軍を進めた。


 国王自らの親征である。

 しかし、ベルーガの頂く新王――弟はまだ成人していない。

 若すぎる国王に不安をつのらせる者もいたが、弟の熱演を聞くとそれらは次々と軍に並んだ。義勇兵だ。


 これは弟への忠誠だけではない、聖王国軍への恨みだ。

 かつて、我がベルーガ王国とマキナ聖王国は同盟関係にあった、その約定を突然破り、宣戦布告もなく攻めてきた。国民からすれば仲のよかった隣人に裏切られたようのものである。それも殺意をもって……。


 そういう経緯いきさつがあるので、国民感情としてはにくむべき敵という認識が根付いている。そこへ新王自らの親征である。事前に、エレナが減税政策を打ち出していたこともあって、国民からの評判は良い。付くべき相手を天秤にかけるまでもなく、怒りに打ち震えていた国民たちは新王に続いた。


 南下するにつれて義勇軍はふくれあがり、聖王軍との会戦の場所に着く頃にはその数、五万を超えていた。


 この現象は偶然とは考えられない。もしかするとエレナの影響を受けて、弟は秘めたる才能を開花させたのだろうか?  

 そう勘繰ってしまうほど、鮮やかな手並みだった。


 いや、単に聖王国の連中がやり過ぎただけかもしれない。

 捕らえた聖堂騎士から吐き出させた情報によると、我が国の民を異教徒、邪教徒とののしり、命いを無視して殺しまわったそうだ。住む家を焼かれ、愛すべき家族を手にかけられ、そして生まれ育った故郷を踏みにじられた。そうした国民の負の想念そうねんが義勇軍という形に姿を変えたのだろう。

 怒り、悲しみ、恨み、絶望といった負の想念に駆られ、か弱い羊だと思っていた民衆が牙をいたのだ。


 どちらにせよ、我が軍は敵が無視できないほどの軍勢にふくれあがっていったのは事実だ。

 これで軍を分けて、手薄なカヴァロを攻められる最悪の事態は消滅しょうめつした。しかし、安心してもいられない。この会戦で勝利をしなければ、我が国ベルーガにあとはない。


 会戦の場にあらわれた聖王国軍は十五万。対する我がベルーガは正規軍五万に義勇軍六万と、一応の体面は保っている。


 問題はこれからだ。


 一度戦いが始まれば、戦闘経験にとぼしい義勇軍が押されるだろう。質でも量でも劣る我が軍が優位に立てるはずがない。いずれじわじわと陣形がくずされ、そして軍勢はバラバラになる。そうなれば弟のいる本陣も危ない。

 死にたくはないが、弟を死守しなければ近い未来、オレもあとを追うことになるだろう。


 腹をくくって弟の側へ行く。


 驚いたことに、腰抜けだと思っていたリッシュ・ラモンドが弟の側にいた。


「これはこれはカリンドゥラ王女殿下。殿下も戦われるのですかな」


「当然だ。いま戦わずして、いつ戦う」


 オレの本職は魔術師だ。剣で戦う自信はない。それに馬を操るのもそれほど上手くない。これが妹であればどうにかなるのだろうが、生憎あいにくと妹の消息は不明だ。


 しかし、生き残った王族の長姉として戦わねばならない。


「殿下、逃げ出すのならいまのうちですぞ」

 リッシュが引きつった笑みで挑発してくる。この男も逃げ出したいらしい。


「逃げると言ったら、ついてくるか?」


「まさか、これでも我が家は建国より続いた名門。成人もしてもいないアデル陛下が陣頭に立つというのに、後ろでコソコソできるほど面の皮は厚くありませんぞ」

 言う割には、あぶみにかけた足が震えている。


 しかし意外だ。臆病者でいつも陰でコソコソしているリッシュが、ここまで見栄を張るとは。この男もエレナに毒された者の一人か。


 弟にくっついてきたのはリッシュだけではない。腰抜けだと思っていた貴族たちが、こぞって弟の周りにあつまっていたのだ。


 なるほど、下手な場所にいるよりここが安全だ。ただし、まともな戦いになればの話だが……。

 そんなことを考えていると、開戦を告げる笛の音が鳴り響いた。


 両軍の激突。


 初戦さえしのげば、大負けすることはない。そう踏んでいたのだが、予想外のことが起こった。


 絶妙のタイミングでの挟撃だ。


 聖王国の後方から、武器を手にした農民があらわれたのだ。林や茂みから農兵がわらわらと生まれてきては突撃を繰り返す。


 聞いた話だと、農民たちは作物を奪われ田畑を焼かれたと聞く。すべてを失った彼らに残されたのは命くらいだ。最後に残されたそれをよりどころに、農民たちはにくき聖王国に一矢報いようとしているのだ。正気の沙汰さたではない。


 生にすがりつく者たちが勝てる相手ではなかった。


 農兵の突撃により、後方で待機していた聖王国の弓兵が次々と食われていった。


 足並みを乱した敵に、チャンスだとばかりにアデルが声を張りあげる。

「狙うは聖王の首ただ一つ! 者ども、余に続けえぇぇーーーーー」

 信じられないことに弟は突撃を敢行かんこうした。


「「信じられない……」」

 リッシュ・ラモンドと声が重なる。


「えーい、ままよッ! 陛下に続けえぇぇぇーーーーーー」

 不覚をとった。オレとしたことがリッシュに先を越されるとは。認めたくはないが、この場はリッシュの勇敢さをたたえよう。


 遅れてオレも声をあげる。

「陛下に続けぇーーー」

 声でもリッシュに負けてしまった。くやしい!


 皮肉なことに国王と大臣の突撃に、腰の重い貴族連中は続かざるを得なかった。護るべき王をとめることもできないので、付き従う貴族としては弟を護るしかない。見捨てるという選択肢もあっただろうが、仕えるべき王――それも若く勇敢な新王を見捨てたとなれば貴族としての信用もプライドも地に落ちてしまう。


 結果、保身を第一に考える貴族たちに残された選択肢は、無謀な突撃に付き合うの一択となった。


 国王自らの突撃に我が国民は狂ってしまった。

 アデルの暴走は無能どもを駆り立て、そして騎士を突き進ませる。それとは別に義勇軍も怒りを胸にひるむことなく続いた。


 僥倖ぎょうこう……いや、狂行きょうこういびつな華を咲かせ、不気味な実を結んだ。


 


 敵の後方をおびやかした農兵の働きによるところが大きい。義勇軍も報復ほうふく者として遺憾いかんなく力を発揮はっきしてくれた。騎士たちも十全じゅうぜんに働いてくれた。


 もっとも成果をあげたのは、無能と思っていた貴族たちだった。かつては英雄豪傑の血を引く末裔まつえいだけあって、死地に追い詰められた無能たちの活躍は素晴らしく、彼らは死に物狂いで戦った。


 一歩間違えば狂人のいきに達する連中である。それが聖王カウェンクス目がけて突撃したのだ。

 聖王国軍の本陣に弟たちが到達とうたつするや、聖王カウェンクスは一目散に逃げ出した。そんな有様なので、優勢だと思われていたマキナの軍勢は呆気あっけなくくずれた。


 結果として、我が軍は勝利を収めたのだ。


 弟は三本の矢を身体に突き立てたまま勇猛果敢ゆうもうかかんに最前線で立ち続けた。貴族以下、勇気とたたえているが、オレから言わせれば馬鹿以外の何者でもない。あきれてものが言えないばかりか、無意識に手綱を手放してしまったくらいだ。


 本当に、我が国の民は狂ってしまった。


 あのリッシュ・ラモンドですら、十を超える刀傷・矢傷を負いながらの最後まで弟を護り通したのだから、異常と言わざるを得ない。


「リッシュよ、其方そなたもやるではないか」


「陛下こそ素晴らしい采配さいはいでございました」


謙遜けんそんすることはないぞ。此度こたびの勲一等はリッシュだ。マロッツェのことは水に流そう」


「ありがたき幸せ」


「喜ぶのはまだはやい。褒美を忘れるでない」


「褒美、でございますか」


「特例だ。望みを申せ」


「……陞爵しょうしゃくの栄を」


「其方は侯爵であったな」


「はい」


「であれば公爵が妥当だとうではあるが、それではちと物足りぬ。特例として名誉元帥の地位をさずけよう」


「公爵だけでなく、名誉元帥にでございますか!」


「それだけの働きはした」


「リッシュ・ラモンド光栄の至り! 生涯忠誠を捧げまする」


「よきにはからえ」


「ははぁーーー」


 弟が離れた直後、リッシュは落馬した。死んでいればよかったのだが、事情を知っている者の話によると嬉しさのあまり気絶したらしい。


 このことからリッシュは以後、落馬公とあだ名されるのだが、本人は名誉だと受け取っている。


 快勝もそうだが、敵対派閥であったリッシュは、この日を境に新王側に属することになった。


 なんというか、エレナの影を感じる顛末てんまつだ。

 あの女の策謀によるものか、弟の暴走が生みだした悪夢か。真実のほどは定かではない。


 しかし、これだけは断言できる。みなが狂ってくれたおかげでベルーガに希望の光が見えてきたと。


 ああ、どうやらオレも毒されているらしい。


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