第100話 華麗なる逃走劇●



 マロッツェをあとにした翌日。

 お馬さんに乗って行軍を満喫していたら、の結果報告がもたらされた。


――仕掛けておいたハンドグレネードが起動しました――


 いまいる場所からは目視できないけど、集積基地に仕掛けた罠が発動した。高出力ハンドグレネードだ。この惑星基準の木造家屋なら二、三軒は軽く破壊できる。さぞかし汚い花火だっただろう。


【指揮官クラスはどれくらい逝ったの】


――一人だけです。それ以外は末端の兵士だと思われます――


【そう、残念ね。数少ないハンドグレネードを仕掛けたのに、たった一人かぁ】


 おそらく聖王国は、もぬけの空になった私のちいさな城を占拠するだろう。だが、それはしばらくあとの話。だって、私たちがいた城はすべての城門を開け放っている。

 サプライズの洗礼を受けたあとだ。恐ろしくて踏み込めまい。


 脳筋が突入する恐れもあるけれど、聖王自ら興した軍だ。それなりに頭のまわる人物がいるはず。集積基地を奪われた失敗もあって、きっと警戒しているでしょう。

 奪ってくださいとばかりに城門を開け放っている怪しい小城だ。

 必要以上に慎重に対応するはず。そうなってくれればこっちのもの、逃げる時間がかせげる。

 失敗を経験して、なまじっか賢くなっただけに扱いやすい。


 偵察用ドローンからの報告だと、ちいさな城を囲う前段階――集積基地を囲んだまま聖王国軍は停止している。まだグレネードが残ってないか疑っているようだ。

 さあ、存分に悩んで貴重な時間をすり潰しなさい。


「はやくカナベル元帥と合流しなきゃ」

 手綱を引いて、久しぶりの乗馬を楽しむ。


 私と並走しているのはロビンとトベラ。二人とも終始、苦い顔をしている。


「どうしたの二人とも?」


「……閣下、今度からは事前に作戦内容を教えていただきたい。自分には軍監ぐんかんとしての役目もあるので」


 軍監ねぇ。軍監って、私が下手なことしたら始末して、代わりに軍を指揮するポジションだったはずよね。もしかして信用されてないとか……。う~ん、心当たりがありすぎて、否定できない。でも、ロビンは護衛だし、そういう密命を受けているみたいだし……いきなりは殺さないわよね。


「もしかして、マロッツェの民を北へ逃がさなかったのがいけなかったとか?」


「それもありますが、私が言いたいのは魔人のことです」


 そうなのだ。コングに必要な生体パーツを聖王国に兵の死体から拝借したのがロビンにバレてしまった。幸い、彼一人しか知らないので隠し通せているが、ロビンの出方次第によっては大変なことに発展するかもしれない。


「仕方ないでしょう。だってコングはなんだから」


「ですがよろしいのですか、アレがみんなに知れ渡ると……」


「馬鹿馬鹿しい。コングがいなかったら勝てなかったのよ。それともあなた、綺麗きれいな勝ち方にこだわって国を滅ぼすつもり」


「いえ、そういうわけではなくて、私が言いたいのは」


「わかっているわ。この戦いが終わったら、コングには隠栖いんせいしてもらうつもりよ。現役から退陣、これなら問題ないでしょう?」


「…………」


「陛下にこのことは」


「報告してないわ。知らせているのはカーラだけね」


「それでカリンドゥラ王女殿下はどのようにお答えになられたのですか?」


「存分につかいなさいって」


「…………」


 ロビンは項垂うなだれたまま、目元を手でおおっている。血なまぐさい仕事をしている密偵の割に豆腐メンタルよねぇ。まあ、私の邪魔さえしてくれなけばいいんだけど。


 ロビンが撃沈されたのを目の辺りにして、今度はトベラが口を開く。

「エレナ閣下。いつになったら私たちはマロッツェに帰れるのですか」


「当分の間は無理ね。聖王国の連中が撤退しても、また攻めてくるかもしれないし」


「それだと、このまま一生帰れないのでは?」


「そこまで悲観することはないわ。そのうち帰れるようになるでしょう。そう遠くない未来、王都を奪還する予定だから」


「! それはまことですか!」

「!」


 不満げだったトベラの顔に希望の光が射し、落ち込んでいたロビンが復活した。私、なんか変なこと言ったっけ?


 勘違いされても困るので、逃げ道をつくることにした。

「すべてが調ね。順調に」


「それはどういう意味なのでしょうか。若輩者の私でもわかるように説明いただきたい」

 どうやらトベラも心配性らしい。もう一人の心配性も、手綱を握りしめたまま、こっちを凝視している。


 やりにくい二人組だ。こういう部下は必ずいる。優秀だが、事細かに説明しないと納得しないタイプ。役には立つんだけどねぇ。事細かに説明する手間がかかるのよ、手間が。

 苦労を背負い込むのは嫌だから、適当にぼかす。


「派閥よ、派閥。私の敵対派閥。ベルーガも一枚岩じゃないから、足並あしなそろえてやっと王都奪還ってところなの。だから、私にも権力が必要なわけ」


「それでしたら問題はありませんね。閣下には此度こたびの功績がありますから」


「あのね、ロビン。勘違いしているようだから言うけど、下手にデカい功績だとかえってうらみを買うのよ。今後は私の足を引っぱってくる貴族が増えるでしょうね」


 大人の事情を話していたら、トベラが鼻息荒く割り込んできた。


「そのようなことはありません。宰相閣下はベルーガの重鎮《じゅうちん》、足を引っぱる貴族などおりません」


 責任感があって、民からもしたわれている、それに勇気もあって申し分ない。だけどトベラは頭脳オツムが足りない。多分、トベラの父親は貴族としての教養よりも、魔物の多いマロッツェで生きる術を優先させたのだろう。

 ……この、貴族としてやっていけるのかしら、心配だわ。


 アデルの面倒を見てるんだし、ついでにトベラにも帝王学を叩き込もう。帝国式の素敵な帝王学をね。ああ、私ってなんて寛大かんだいなのかしら、まさに帝国貴族のかがみね。


「トベラ、あなた今日から私付きになりなさい。領民は……そうね、ミルマン男爵に任せればいいわ」


「そんな! 領主として、そんな無責任なことはできません!」


「あなたの活躍次第で、マロッツェの未来が決まるのよ。わかっているの」


「……ど、どういう意味なんですか」


「だって、あのままじゃあ、領地を敵に奪われてたでしょう。それに領民だっていつまでも戦っているわけにはいかないわ。彼らには生活があるんだから」


「…………でも」

 領民のことについて、そこまで深く考えていなかったのだろう。トベラは頭がいっぱいといった様子だ。敬語が崩れてきている。


「あなたは知らないでしょうけど、カヴァロではマロッツェの領主はいないことになっているのよ。この意味わかる?」


「なんでッ、私は必死に領地を守っていたのに! 再三、カヴァロに遣いをやって、やっと援軍が来てくれたと思っていたのに」


「悪い貴族が情報をねじ曲げていたのよ。だから、二度とそんなことが起こらないようにいろいろ教えてあげるの。あなたからすれば遠回りでしょうけど、貴族として必要なことよ」


「……はい」


 聞き分けのいい娘は好きだ。

 トベラは領主として未熟であることを理解している。つけ込むようで悪いけど、利用させてもらった。その分、しっかり教育してあげよう。


「それにしても、このような行軍で大丈夫なのでしょうか、閣下」


「疑問はごもっともね。でも心配はいらないわ。聖王国がこちらの思惑おもわくに気づくのはまだ先のはずだから」


 集積基地のサプライズと城門を開け放ったちいさなお城に、奴らは戸惑とまどっているはず。おそらく二~三日は時間を稼げるでしょう。気づいた頃にはもう遅い。私たちは遙か南へ、おさらばしている。敵の糧秣事情を考えると、追撃する余裕はないはずだ。


 徹底的に斥候を潰しているので、マキナの連中は糧秣をへ運んでいることを知らない。

 そもそも糧秣を焼き尽くしたように偽装工作したのだから、糧秣を運び出したことすら気づいていないだろう。

 チョロい相手だ。


 当面の食糧は手に入れた。お次はベルーガの東を取り返しましょう。


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