第99話 質の悪いレイトショー●



 集積基地上空には偵察用ドローンをスタンバイさせている。今夜の映画撮影でもっとも重要なカメラマン役。もちろん監督は私、美しき帝国の華エレナ・スチュアート事務官。


 スタントマン役は聖王国の兵士諸君、その数およそ五千。集積基地にこもってさえいれば、私とカナベル元帥が合流しても守り切れる数だ。凡庸ぼんようというか無能の発想そのものの兵力。聖王国の軍人は馬鹿ばっかりなのだろう。

 


 糧秣をあつめた基地を包囲されたらどうなるのか知っているのだろうか? 後方への補給はとどこおり、一時的な略奪りゃくだつ状況を生む。その時点で兵站へいたん破綻はたんしていることを理解していないらしい。

 もっとも、私が行おうとしているのは補給遅延による一時的な略奪状況を生み出すのではなく、完璧な略奪だけど。


 執務室の椅子に座って、タバコに火を点ける。映画鑑賞のお供にワインとナッツも忘れていない。鑑賞の準備はOKだ。


 いよいよ上映時間ね。俳優にスタンバイしてもらおう。主演はZOCの戦士コング。

 こんなこともあろうと、こっそりコングを積んできておいた。エネルギー消費を抑えるため、待機モードで荷物と一緒にオネンネしていたのだ。


 そのコングを聖王国に明け渡した陣の地中に埋めておいた。

 非人道的な扱いになってしまったけど、ZOCは呼吸をしない。エネルギーさえあれば活動できる、出鱈目でたらめな存在だ。敵に回すと厄介だけど、これほど頼もしい味方はいない。


 ちょうどいい機会だ。魔人と恐れられる彼に活躍の場を与えよう。ちょっとは好感度が上がるはず。


 そろそろ開幕の時間なので、私は主演男優に上演開始の合図を送ることにした。

【M2、防衛ドローン、および自立型セントリーガンを起動。。それとコングにモーニングコールをお願い】


――了解しました、マイマスター――


 私にだけ見えるホロ映像――VMヴァーチャルムービーが展開された。


 ちょうど、自立型セントリーガンが起動したところだ。地中に埋めていた鉄の蜘蛛たちが、もそもそと地上にい出ている。その数四基。それに続いて、コングも地中からあらわれた。持っているのは巨大な戦斧。左右の腰には馬鹿でかいナタをぶら下げている。


「ほんと、つくづく馬鹿ね。わざと掘った空井戸と井戸をしらべたまではよかったけど、地中をしらべるのを忘れているわ。もっとも、食事の必要がないZOCを探すのは無理があるけど。それを相手にする聖王国の面々は可哀想かわいそうだと思うわ」


 夜陰やいんにセントリーガンの銃声がとどろいた。

 それを皮切りに、コングや迎撃ドローンが行動を開始する。蹂躙じゅうりんだ。容赦の無い、一方的な虐殺。

 特別にあつらえた撃破カウンターがガンガン回る。


 コングの振るう戦斧には鎧も盾も意味を成さない。圧倒的な力で、武具ごと両断していく。その威力たるや、一振りでカウンターが一〇も回るほどだ。

 自立型セントリーガンも負けてはいない。とまることなくカウンターを回している。四台の連携のとれた銃撃が次々と死体を生み出し続けている。恐るべき死の生産者。実にいい仕事っぷりだ。


 防衛ドローンは、コングと無骨な鉄の蜘蛛がとりこぼした連中を着実に仕留めていく。


 戦果に満足している私が変なのか、ホロ映像の視えない側付きのロビンがいぶかしげな目を向けてくる。


「閣下、差し出がましいようで申し訳ないのですが、部隊の指揮をらなくても大丈夫なのですか?」


「問題ないわ」


「でしたら、自分が前線で指揮を執ってまいります」


「不要ね。ここにいなさい」


 ワインや酒の肴を用意する給仕がいなくては私が大変だ。ロビンには悪いけど雑用を任せよう。

 無言で空になったグラスを押しだす。それだけで優秀な側付きはワインのおかわりを注いでくれる。悪くない待遇だ。


 上機嫌な私とちがって、ロビンは非常に味のある表情をしていた。困惑こんわくしているのだろう。悪戯が過ぎたみたいね。いいわ、指示を出してあげましょう。


「ロビン、言いたいことがあるのなら言いなさい」


「…………本当に、集積基地を落とせるのですか? もしやとは思いますが、マルロー卿の暴走ということで処理するおつもりでは……」


 あっ、そういうことね。なるほどなるほど。つまりロビンはマロッツェの民を待避させる難題を、トベラの暴走を理由にして片付ちゃうって思い込んでいるわけだ。


「それはないわ。だって、そんなことしたら陛下に嫌われちゃうじゃない」


「ですがトベラ・マルローは頭の固い貴族です。この地を捨てて逃げることはないでしょう」


「だから聖王国の奴らに退場してもらうわけ。わかる?」


「仮に集積基地を占拠しても、北へ向かっている聖王率いる本体が舞い戻ってくるはず。十万を超える軍勢とどう戦うのですか!」


 なんで戦うって選択肢を選ぶかなぁ。


「落ち着いて話をしましょう。まずは訂正ね。集積基地にいる敵兵は約五千。北へ向かった親征軍は十五万弱よ」


「……落ち着いていられません。どうなされるのですか!」


「どうもこうもないわ。糧秣りょうまつをごっそり頂いて、カナベル元帥と合流する」


「どうやって糧秣を運ぶのですか。集積基地には荷馬車はないのですよ」


「マロッツェから荷馬車を調達するわ。こっちでも荷車も急ピッチで造らせているし、馬は軍馬があるでしょう」


「…………」


「住民の家屋のことを考えているのね。それなら問題ないわ。近い将来、糧秣不足で十万を超える軍勢が戻ってくるんだから。兵舎が足りなくなるはず。だから家屋を焼き払うって選択肢はとらないと思うの。退却するにしても家屋を焼き払っている余裕なんてないでしょうね。だって食べる物がないんだもの。仮に焼き払われたとしても、奪った糧秣を売ればいい。そうすればマロッツェ再建の資金になるでしょう。わかった?」


「そ、そこまで考えておられたとは……ですがマロッツェに敵が駐留したらどうなるのでしょう」


「無理よ。余分な糧秣がないから退却するんだし。そもそもお腹を空かせた軍隊がまともに機能すると思って」


「たしかに。しかし、後方から補給部隊が来ないとも限りません」


「焼け石に水よ。いくら補給部隊を寄越しても本体のお腹は満たせないわ。考えてもみて、十万を超える大軍よ。王都を占拠して、かなりの時間が経っているわ。敵は無理して糧秣をかき集めているはず。おまけに奴らの本国はベルーガの王都を越えた遙か彼方。本国に追加物資を要求しても、すぐには届かない」


「なるほど。戦線が伸びきったいまだからこそ打てる策なのですね」


 ロビンにあれこれ説明してたら、慌ただしい足音がやってきた。

 騎士とおぼしき兵士が、ノックもせずに執務室に入り込んでくる。


「閣下、夜分に失礼します。至急、報告せよとの伝令です!」


「トベラね。で、集積基地は落とせたの?」


「はっ、死傷者無しで占領したとのことです」


「報告の続きは」


「トベラ伯爵は糧秣の移送を開始。すべて運び出すのには最低でも一〇日はかかるとのことであります」


「ちょっと遅いわね。こちらの兵も投入しましょう」


 それから荷車を掻きあつめ、軍馬をフルに活用して五日で糧秣を運び出した。

 とうぜん、私たちは南へドロン。聖王国の連中の慌てふためく顔が目に浮かぶ。

 いい気味だ。同盟を結んでおいて、その約定やくじょうをたがえるような相手だ。しかも、宣戦布告もせずに国土を踏みにじる貴族の片隅にもおけない最低の連中。手加減する必要はない。


 集積基地にはちょっとしたサプライズを残しておいた。ああ、私って悪い女ね。


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