第97話 軽く一戦②●
しばらくすると、金属を打ち鳴らす音とともにミルマンたちがやってきた。
「マルロー伯が
言われるまでもない。森のなかへ視線を飛ばした。白い鎧の連中が、トベラだとおぼしき一行を取り囲もうとしている。幸いなことに、敵は鎧の左肩にわかりやすい目印を描いている。マキナ聖王国の紋章だ。まさに絶好のカモ。
【M2、自立型セントリーガンで森のなかを防衛。迎撃対象はマキナ聖王国の紋章のある兵士全員】
――迎撃の程度はいかがしましょう? 威力行為にとどめますか? それとも殺傷ですか?――
【確実に仕留めて。そうねえ、鎧と兜は弾の通りが悪いから顔を狙って、節約モードで掃討】
――了解しました、マイマスター。それでは防衛を開始します――
命令を下すと、無骨な鉄の蜘蛛が
圧勝と思われたが、ローブを
新手の連中は紋章の描かれた物を身につけていない。セントリーガンに命令しようにも目印になる共通のものがない。
いちいち指示を出すのって面倒なのよねぇ。
どうしようかと考えていたら、ローブの新手が動いた。
手にした杖らしき物を
細かな命令を出すより直接手を下すほうが速い。
レーザー式狙撃銃のトリガーを引いた。
赤いレーザー光が新手の頭を撃ち抜く……はずだったのだが。なぜかガラスのような煌めきに
「何よ、あれ!」
再度、撃つ。
今度は弾かれることなく、新手の頭を撃ち抜いた。
どうやら、あの煌めきは一度だけしか攻撃を防げないようだ。しかし、信じられない。この惑星の文明で、あのように高度な防御兵器は製造できないはず。
――魔法……ですね――
【魔法って、カーラの言ってたアレ? 手品じゃなかったの!】
――手品ではありません。高エネルギー反応を確認しました――
【異星人の持つ、
――似たような現象ですが、推察どおりエネルギー量が桁違いです。なんらかの
【詳しくしらべられる?】
――サンプルが足りません――
【まあいいわ。倒せるのなら問題ないし。消費する弾丸とエネルギーがちょっと増えるくらいね。誤差の範囲内だわ】
魔法の存在には驚いたけど、倒せるのなら
そんなことよりも、マロッツェの民を
迎撃対象に杖を持った連中も加えることにした。
これで大軍が押し寄せてきても大丈夫だろう。
防戦はしばらく続いた。
諦めの悪い連中だったけど、キルカウンターが二千を超えたあたりで撤退を始めた。
敵さんも森の奥へ引っ込んだことだし、優雅にティータイムといきますか。
櫓を下りると、そこにはミルマンと見慣れぬ少女がいた。
それほど長くないくすんだ金髪はボサボサで、おびえるような
「閣下、援護ありがとうございます」
ミルマンが深々と頭をさげる。少女はというと、ぎこちない動きで一礼して、
「さ、宰相閣下への
慣れていないのだろう、たどたどしい言葉遣いだ。せっかく練習したのに、ごめんなさいねお嬢ちゃん。
面倒臭いやり取りは嫌いだ。彼女には悪いけど発言を手で制した。
「抗戦ごくろう。まずは兵を休めてから、陣幕に来て頂きたい。よろしいか?」
宰相らしく
「はっ」
「かしこまりましたッ!」
いったん二人を下がらせて、私はレーザー式狙撃銃を担いで専用の陣幕へ行く。
道すがら兵士たちの様子を観察する。
軽く接敵したけど、戦闘と呼べる戦いではなかった。被害はゼロ。仲間との合流、そして敵の敗退。奪われた国土を取り返す希望を見出したのか、士気は
兵の強さの基準にルーキーとベテランという項目がある。
軍隊の強さにも反映される要因の一つだ。
ベテランは死線を掻い潜り誕生するが、早死にする指標にもあげられている。
理由は、怖じ気づくルーキーとちがって勇敢に前に出るからだ。
自然と戦線にベテランが投入される形となり、彼らはまっ先にすり潰されていく。血に酔い痴れず臆病なルーキーが生き残るのだ。
そんなわけで戦争慣れした軍隊でも、大多数はルーキーが占める。
正規の軍であるベルーガの国軍にもそれは適応される。
それなりにベテランはいるが、ルーキーが多い。
足りないのは経験だけね。実戦を経験すれば兵士として
高望みは悪い癖だ。できる限りのフォローをして優位に戦いを進めましょう。
あとは当事者の問題、
陣幕に入ると重たい狙撃銃をそこらに置いて、まずは身だしなみ。軽く髪をととのえ着衣に乱れがないか確認する。
それが終わると、
メモとペンを用意したところで、ロビンがやってきた。優秀な側付きは言葉を発することなく、部屋の片隅に立つ。
彼を手招きして、控えている侍女に命じる。
「飲み物をあと三人分用意してちょうだい。お客様が来る予定なの」
「かしこまりました閣下」
この侍女もなかなか優秀ね。ただ、足音を殺して歩くのはいただけない。おそらくロビンの仲間でしょうね。まあいいわ、敵対者ではないので放置しておきましょう。あれこれ
「何かご用ですか?」
ロビンは優秀な密偵だけど、表の仕事になるとボンクラね。
「紅茶を飲みなさい。それともコーヒーがよかったかしら?」
「どちらでもいけるクチなので問題はありません」
「そう、ならよかった」
ウィラー提督から失敬した紙タバコをとりだすと、ロビンは魔法で火を点けてくれた。気の利く側付きだ。
紫煙をくゆらす。仕事を終えたあとの一服は格別だ。
紙タバコを吸い終えると、侍女が飲み物を持ってきた。続いてミルマン、トベラが入ってくる。
「失礼します」
「失礼致します!」
侍女は飲み物をテーブルに並べると、頭を下げて静かに陣幕を出ていった。まるで空気のような女性だ。陣幕を出ていったばかりなのにすぐ側にいそうな気がしてならない。
「堅苦しい挨拶は不要。まずは飲み物でも飲んでリラックスしてちょうだい」
「心遣い、ありがとうございます」
「はっ、ありがたく頂戴致します!」
トベラはまだ緊張しているみたいね。
話が長くなりそうなので、紙タバコをもう一本吸うことにした。
タバコに火を点けて煙を吐くと、ミルマンが、
「自分も一本よろしいですか?」
「いいわよ。存分に吸って頂戴」
「では、御言葉に甘えて」
そう言って取り出したのは、私のとはちがう細い葉巻。よく見るとフィルターらしき物があった。愛煙家としての血が騒ぐ。
「ミルマン男爵、あなたのタバコ、一本いただける?」
「かまいませんが、よろしいのですか。庶民の吸う安物ですよ」
「それでいいわ。私、タバコには目がないの」
手持ちのタバコを吸い終えてから、ミルマンからもらったタバコを吸う。
将官用の支給品よりも美味だった。雑味がない。良い葉をつかっている証拠だ。助燃剤の多い帝国産・連邦産のタバコではこうはいかないだろう。実に美味い。
「いい葉っぱね」
「気に入ってくれて何よりです。ですが、このタバコもいつまで吸えるか……」
「どういう意味?」
「このタバコは、マロッツェの特産品でして、聖王国に多くのタバコ畑を焼かれました。ですから手持ちのタバコを吸いきると、もう無いのです」
貴族だけあって、ミルマンは
もうちょっとうま味のある話だったら、私の食指も動くんでしょうけど……。
「この地を守りたいのはわかるわ。だけど相手は五万を超える軍勢なんでしょう。私の手持ちは五千よ。勝てるわけないわ」
「ですが、マロッツェを押さえられると、ベルーガに未来はありません」
「根拠は?」
「近々、聖王カウェンクスが親征するとこのと。その総兵力は一〇万だと……」
完全に無理ゲーじゃない。五万の敵でも厄介なのに、そこに十万って……。数が多すぎる。勝てっこないわ。
「ですから、この地を敵の糧秣集積地にしてはなりません」
「なんでそう言い切れるのかしら」
「現在、閣下が陣を敷いておられる場所がもっとも集積地を築くのに適しているからです。街道から森を挟んだ場所ですが、近くに川があり水に事欠くことはありません。加えて魔物の棲む森が自然の防壁となります。攻め手のルートも絞られるので守りに易い場所です」
それはいいことを聞いた。この地に集積地ができるのであれば、それを叩けばいいだけのこと。問題はやり方だ。集積地を完成させたあと、どのようにして攻めるか。焼き払うのが一番楽だろう。ドローンに指示して片っ端から糧秣を焼けばいい。しかしそれでは面白くない。
私のいる国を攻めようというのだ。それなりの罰は受けてもらわねば。
そうだ! 蓄えられた糧秣をまるっと奪ってしまおう。それがいい。なんて最高の報復だろう。
となれば、あとは細工するだけ……。そういえば打って付けの人材がいたわね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます