第96話 軽く一戦①●



 北の古都カヴァロから南下し、マロッツェ地方の手前でカナベル元帥と別れる。

 軍を二分して、一万二千が王都から西へ道が延びる街道の奪取だっしゅ。私の率いる五千がマロッツェの住人の退去の手引き。


 一応の待避活動なんだけど、中身は戦争なのよね。


 今回に限ってはぼやくほうが馬鹿だ。実際、戦争中なんだから、そうなってしかるべきだ。


 救出すべきトベラ・マルロー伯爵なる少女は勇敢にも徹底てってい抗戦こうせんを続けている。プライドだけの人物ではなく、知恵と勇気、それに統率力もある。貴族に相応しい少女だ。

 こういう貴族を助けるのはやぶさかではない。手懐てなずけられれば優秀な手駒になるだろう。


 そのためにも、まずは接触しなければ。


 トベラが抗戦を続けている森から、少し離れた場所に陣を築く。

 木材を利用したさくだが三重にしてある。騎兵迎撃用の尖った杭を斜め上に向けた馬防柵、普通の柵に、罠を仕掛けた空堀からぼりを挟んで、また柵。それなりに労力を要したが、それに見合った安全を保証してくれるだろう。

 プラスアルファでやぐらを二基建設した。櫓の上には自立型セントリーガンが鎮座ちんざしている。防衛範囲は射程限界――森を越えた先にある街道までだ。


 あとは敵にマーカーを打ち込むだけ。


 予備の弾薬と銃身は持ってきているので、残りのセントリーガンも投入すれば軽く一万は蹴散らせるだろう。

 これがウィラー提督ならば、戦争の美学に反するなんて言って投降をうながしそうだけど、私は敵に情けをかけない。邪教だ異教徒だと非戦闘員を容赦ようしゃなく殺しまわる連中だ。天罰が下っても文句は言えないでしょう。

 ま、私が使徒様として、天罰をバンバン下してあげるんだけど。


 ああ、嫌だ。いまの私は間違いなく嫌な顔をしているのだろう。命を数字でしか見れない冷酷な軍人として……。


「いかがしましたかエレナ宰相閣下」

 側付きのロビンが心配そうに声をかけてくる。感情の機微きびに敏感だ。この男……モテるな。


 女性に対する配慮が完璧な側付き――ロビン・スレイドを無視して、森へ視線を向ける。


 自己嫌悪に陥っていると、森から馬が走ってきた。武装した騎馬兵だ。


「トベラ・マルロー伯爵の遣いにございます。開門を!」


 警戒している兵士に声を飛ばす。

「通しなさい」


 遣いを名乗る騎馬兵を陣地に招き入れた。


 騎馬兵――男は、ミルマンと名乗った。彼は男爵で、トベラとはいわゆる寄親、寄子の関係。主家にあたるトベラとともにマロッツェを守るため戦っている。


「それでミルマン男爵、戦況は? トベラ・マルロー伯爵と住民は?」


「男爵は結構。ミルマンでお願いします。すこし整理させてください」


「わかったわ」


 侍女に命じて、ミルマンの飲み物を用意させる。

 水で薄めたレモン果汁に砂糖と塩を加えた、スポーツドリンクもどきだ。


 ミルマンはそれを一気に飲み干すと、

「戦況は不利です。このままでは十日ともちません。トベラ伯爵と領民は、最後まで徹底抗戦を貫くでしょう」


「撤退の意思は?」


「ありません。この地を開拓するのに我々は多くの犠牲を払ってきました。日夜魔物と戦い、森を切り開き、やっと農地を手に入れたのです。いまさら手放すことはできません」


 なるほど、そういう事情か。領主どころか領民までも徹底抗戦を選択するということは、よほど苦労して土地を開拓したのだろう。


 その気持ちはわからないでもない。だけど、命を懸けてまですることかしら?


 疑問に思ったけど、口に出さないでおいた。私はこの惑星での開拓経験がない。それをさも経験したかのように言うのはいけないことだ。彼らには彼らの事情があるのだろう。


「ではこうしましょう。マロッツェは必ず奪還します。ですから一時的にこちらの陣地に待避してください」


「それはできません。一度、この地を明け渡してしまうと、もう二度と取り返せないでしょう」


「根拠は?」


「敵は五万にもおよぶ軍勢です。この陣地の兵士だけでは勝てません」


「勝つ必要はありません。敵を追い払うのです」


「どちらも同じです。……まさか森を焼き払うのですか!」


「そんなことはしません。私に策があります」


にわかには信じられません。私は領地と運命をともにします」


「そう、だったら好きにすればいいわ。その代わり、私に殺されても文句は言わないでね」


「脅しですか」


「事実を話したまでよ。なんの策も無しに陛下が兵を寄越すと思う?」


「いくら策があろうとも、兵力の差は覆せません」


 頑固がんこな男だ。しかし、考えて発言している。こういう兵は嫌いではない。


 そばに控えているロビンを手招きする。


「ロビン、水の入った革袋と鎧兜をいくつか用意してちょうだい。そうね、兵士に見立てて立てかけておいて、革袋に兜を被せてね」


「一体何をなされるので?」


「ミルマンに私の策をお披露目するの」


「かしこまりました。ただちにご用意いたします」


 口答えすることなく、側付きの密偵は鎧兜と革袋を用意した。その数一〇体。横一列に並べられている。デモンストレーションにはちょっと多いけど、まあいいわ。


 サポートAIに思念を飛ばす。

M2メタツー、防衛用の小型ドローンを一機だけ起動させてちょうだい】


――了解しました――


 持ってきた八機のうちから、一機が飛んでくる。

 兵士たちのどよめきのあとに、ロビンとミルマンがうめいた。

「「これは!」」


「これが私の秘策よ」


 ドローンに命令して、頭に見立てた水の入った革袋を撃たせる。

 ドローンから放たれたレーザー光線を受けるや、水の入った革袋が破裂した。右から順に、リズム良く、破壊のメロディーを奏でる。伴奏ばんそうするように、兵やミルマンたちもテノールボイスでさえずった。


 あれっ、ただのレーザーなのになんで破裂したの?


 通信してもいないM2が答える。

――水蒸気爆発でしょう。レーザーの熱エネルギーにより、革袋内部に過度の水蒸気が発生して……――


 補足説明はありがたいけど、私、科学者じゃないのよね。親切過ぎるAIの通信を遮断した。


 さて、頭の固い男爵様にもご理解いただけたかしら?


魔導器アーティファクト、いや魔導遺産レガシーですか!」


 カーラとの話でちょくちょく出てくる単語だ。なんでも魔石で動く便利な道具で、魔道具の上位にあたる貴重なものらしい。私が持ってきたのは魔法のアイテムじゃなくて、科学兵器テクノロジーなんだけどね。説明するのも面倒なので魔導器で通すことにした。


「凄まじい魔導器だ。数瞬で十体もの頭を吹き飛ばすなんて……。これで聖王国の兵を倒すのですか」


「そうよ。ちなみに私にしかつかえないわ。それに遠方だと敵味方の区別なく殺戮する魔導器だから、森にいるすべての住民を出してほしいの。理解してくれた?」


「承知しました。ただちにトベラ伯に連絡します」

 そう言うと、ミルマンは森へ戻った。


 こちらに合流してくれるのは嬉しいけれど、追撃にやってくる敵を掃討しなければいけない。

 とりあえず、ロビンを呼ぶ。

「なんでしょうか、エレナ閣下」


「ここに騎兵はどれくらいいるの?」


「五〇〇です。全員、訓練の行き届いた騎士です。それ以外には同じく全身鎧を着込んだ重装歩兵五〇〇、国軍の歩兵二千、槍兵千、弓兵五〇〇、補給部隊が五〇〇。総勢五千です」


「よろしい。騎兵に出撃準備を。柵には槍兵を並べて、その後ろには弓兵を待機させておいてちょうだい」


「戦うのですか?」


「まさか、待避してくる人たちを受け入れるための準備よ。あくまでも防衛。命令を出すまでは決してこの陣地から出ないように」


「かしこまりました。各部隊の隊長に通達します」


 もしもの時の保険をかけたので、私は安心して高みの見物。レーザー式狙撃銃を担いで、やぐらにのぼる。


 櫓の上は見晴らしが良く、ある程度なら森のなかが見える。


「狩りをするのって久しぶりなのよねぇー。当たるかしら?」


 狩猟しゅりょうは帝国貴族のたしなみだ。幼い頃からやっているので自信はある。


 スコープを調整して、試射。狙った葉っぱを撃ち抜いた。腕は落ちていない。


 迎撃準備を終えてから一時間後、マロッツェの民がぞろぞろ陣にやってきた。

 包丁やナイフを棒にくくりつけた、手製の武器を持つ民兵ばかりで、ミルマンのような鎧姿の兵士は少ない。この様子から察するに、トベラという貴族の少女は殿を努めているのだろう。なかなか勇敢ゆうかんな娘だ。

 人生の先輩としていいところを見せないと。


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