第96話 軽く一戦①●
北の古都カヴァロから南下し、マロッツェ地方の手前でカナベル元帥と別れる。
軍を二分して、一万二千が王都から西へ道が延びる街道の
一応の待避活動なんだけど、中身は戦争なのよね。
今回に限ってはぼやくほうが馬鹿だ。実際、戦争中なんだから、そうなって
救出すべきトベラ・マルロー伯爵なる少女は勇敢にも
こういう貴族を助けるのはやぶさかではない。
そのためにも、まずは接触しなければ。
トベラが抗戦を続けている森から、少し離れた場所に陣を築く。
木材を利用した
プラスアルファで
あとは敵にマーカーを打ち込むだけ。
予備の弾薬と銃身は持ってきているので、残りのセントリーガンも投入すれば軽く一万は蹴散らせるだろう。
これがウィラー提督ならば、戦争の美学に反するなんて言って投降を
ま、私が使徒様として、天罰をバンバン下してあげるんだけど。
ああ、嫌だ。いまの私は間違いなく嫌な顔をしているのだろう。命を数字でしか見れない冷酷な軍人として……。
「いかがしましたかエレナ宰相閣下」
側付きのロビンが心配そうに声をかけてくる。感情の
女性に対する配慮が完璧な側付き――ロビン・スレイドを無視して、森へ視線を向ける。
自己嫌悪に陥っていると、森から馬が走ってきた。武装した騎馬兵だ。
「トベラ・マルロー伯爵の遣いにございます。開門を!」
警戒している兵士に声を飛ばす。
「通しなさい」
遣いを名乗る騎馬兵を陣地に招き入れた。
騎馬兵――男は、ミルマンと名乗った。彼は男爵で、トベラとはいわゆる寄親、寄子の関係。主家にあたるトベラとともにマロッツェを守るため戦っている。
「それでミルマン男爵、戦況は? トベラ・マルロー伯爵と住民は?」
「男爵は結構。ミルマンでお願いします。すこし整理させてください」
「わかったわ」
侍女に命じて、ミルマンの飲み物を用意させる。
水で薄めたレモン果汁に砂糖と塩を加えた、スポーツドリンクもどきだ。
ミルマンはそれを一気に飲み干すと、
「戦況は不利です。このままでは十日ともちません。トベラ伯爵と領民は、最後まで徹底抗戦を貫くでしょう」
「撤退の意思は?」
「ありません。この地を開拓するのに我々は多くの犠牲を払ってきました。日夜魔物と戦い、森を切り開き、やっと農地を手に入れたのです。いまさら手放すことはできません」
なるほど、そういう事情か。領主どころか領民までも徹底抗戦を選択するということは、よほど苦労して土地を開拓したのだろう。
その気持ちはわからないでもない。だけど、命を懸けてまですることかしら?
疑問に思ったけど、口に出さないでおいた。私はこの惑星での開拓経験がない。それをさも経験したかのように言うのはいけないことだ。彼らには彼らの事情があるのだろう。
「ではこうしましょう。マロッツェは必ず奪還します。ですから一時的にこちらの陣地に待避してください」
「それはできません。一度、この地を明け渡してしまうと、もう二度と取り返せないでしょう」
「根拠は?」
「敵は五万にもおよぶ軍勢です。この陣地の兵士だけでは勝てません」
「勝つ必要はありません。敵を追い払うのです」
「どちらも同じです。……まさか森を焼き払うのですか!」
「そんなことはしません。私に策があります」
「
「そう、だったら好きにすればいいわ。その代わり、私に殺されても文句は言わないでね」
「脅しですか」
「事実を話したまでよ。なんの策も無しに陛下が兵を寄越すと思う?」
「いくら策があろうとも、兵力の差は覆せません」
そばに控えているロビンを手招きする。
「ロビン、水の入った革袋と鎧兜をいくつか用意してちょうだい。そうね、兵士に見立てて立てかけておいて、革袋に兜を被せてね」
「一体何をなされるので?」
「ミルマンに私の策をお披露目するの」
「かしこまりました。ただちにご用意いたします」
口答えすることなく、側付きの密偵は鎧兜と革袋を用意した。その数一〇体。横一列に並べられている。デモンストレーションにはちょっと多いけど、まあいいわ。
サポートAIに思念を飛ばす。
【
――了解しました――
持ってきた八機のうちから、一機が飛んでくる。
兵士たちのどよめきのあとに、ロビンとミルマンが
「「これは!」」
「これが私の秘策よ」
ドローンに命令して、頭に見立てた水の入った革袋を撃たせる。
ドローンから放たれたレーザー光線を受けるや、水の入った革袋が破裂した。右から順に、リズム良く、破壊のメロディーを奏でる。
あれっ、ただのレーザーなのになんで破裂したの?
通信してもいないM2が答える。
――水蒸気爆発でしょう。レーザーの熱エネルギーにより、革袋内部に過度の水蒸気が発生して……――
補足説明はありがたいけど、私、科学者じゃないのよね。親切過ぎるAIの通信を遮断した。
さて、頭の固い男爵様にもご理解いただけたかしら?
「
カーラとの話でちょくちょく出てくる単語だ。なんでも魔石で動く便利な道具で、魔道具の上位にあたる貴重なものらしい。私が持ってきたのは魔法のアイテムじゃなくて、
「凄まじい魔導器だ。数瞬で十体もの頭を吹き飛ばすなんて……。これで聖王国の兵を倒すのですか」
「そうよ。ちなみに私にしかつかえないわ。それに遠方だと敵味方の区別なく殺戮する魔導器だから、森にいるすべての住民を出してほしいの。理解してくれた?」
「承知しました。ただちにトベラ伯に連絡します」
そう言うと、ミルマンは森へ戻った。
こちらに合流してくれるのは嬉しいけれど、追撃にやってくる敵を掃討しなければいけない。
とりあえず、ロビンを呼ぶ。
「なんでしょうか、エレナ閣下」
「ここに騎兵はどれくらいいるの?」
「五〇〇です。全員、訓練の行き届いた騎士です。それ以外には同じく全身鎧を着込んだ重装歩兵五〇〇、国軍の歩兵二千、槍兵千、弓兵五〇〇、補給部隊が五〇〇。総勢五千です」
「よろしい。騎兵に出撃準備を。柵には槍兵を並べて、その後ろには弓兵を待機させておいてちょうだい」
「戦うのですか?」
「まさか、待避してくる人たちを受け入れるための準備よ。あくまでも防衛。命令を出すまでは決してこの陣地から出ないように」
「かしこまりました。各部隊の隊長に通達します」
もしもの時の保険をかけたので、私は安心して高みの見物。レーザー式狙撃銃を担いで、
櫓の上は見晴らしが良く、ある程度なら森のなかが見える。
「狩りをするのって久しぶりなのよねぇー。当たるかしら?」
スコープを調整して、試射。狙った葉っぱを撃ち抜いた。腕は落ちていない。
迎撃準備を終えてから一時間後、マロッツェの民がぞろぞろ陣にやってきた。
包丁やナイフを棒に
人生の先輩としていいところを見せないと。
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