第91話 褒美の裏①●



 コングを引き連れて王城へ戻ると、その日のうちにアデルに呼び出された。それも玉座の間に来いと。


 わたし的にはのんびりお風呂に浸かって、お風呂上がりにキンキンに冷えたエールを飲みたいんだけど……。


 きっとコングを捕まえたご褒美ね。断ってもいいけど、お金は大切。くれると言うのならありがたく頂いておくわ。それに断ったらアデルに悪いし。


 軽く旅の汚れを洗い落として、ドレスのぎっしり詰まった衣装部屋に入る。

 玉座の間は正式な場なので、正装――ドレスに着替えた。

 帝国でも似たような風習はあるけど、私としてはドレスよりも楽なズボンがいい。男装という手もあったけど、陛下直々のお呼びなので今回は諦めることにした。アデルをいじめる無能な貴族に餌を与えたくない。ああ、私はなんて陛下想いの妻(予定)なんだろう。


 自分に酔いれすぎな気もするけど、そこはストレス発散も兼ねてはっちゃけることにした。


 案内役の貴族が来るまで、部屋で待機する。


 私は待たされるのが嫌いだ。イベントの主役なら、特等席を用意してそこに座らせてくれればいいのに。ほんと無駄よねぇ。


 案内役はコング討伐に同行してくれたアルベルト・カナベル元帥だった。肩ほどに伸びた髪を縛って胸元に垂らしている。地球の薄い本に出てくるようなイケメンだ。だけど、どこか頼りない。そこそこ背は高いけど、身体は痩せ型。目鼻立ちもととのっており、戦場で活躍する軍人というよりも社交の場で輝く貴族様のイメージが強い。


 家訓に在住戦場とあるように、常に騎兵の着込む胸甲鎧に身を包んでいる。


 コング討伐のときは、実力を目にする機会はなかったけど、元帥だから優秀なはずよね。顔や家柄だけで出世したってことは……多分ないはず。


「それでは参りましょうか、エレナ閣下」


「エスコートお願いします。カナベル卿」


 玉座の間へ向かう。


 途中、大臣や公爵といった貴族とすれ違う。そのほとんどが、悪意のこもった視線を投げかけてきた。時折、すれ違い様「成りあがりめ」「平民の分際で」などと、実に心温まる言葉をいただいた。

 おかげで私の心は鉄をも溶かす溶岩のように温かい。激アツだ! いつの日かこの温もりをおすそ分けしてあげよう。


 しかし、この惑星の貴族はなってない。まるで子供だ。いい歳をした貴族が、新参者の私に敵意をき出しにしている。

 帝国貴族にもこういう輩はいるが、ここまでおめでたい連中は数えるほどだ。いても、道化扱いの下級貴族くらいだろう。


 この惑星は文化水準だけでなく、貴族の質も低いらしい。なげかわしいことだ。


 玉座の間に直行かと思いきや、まさかの控え室入り。

 侍女たちに囲まれ、着せ替え人形みたいにあれこれドレスを選ばれる。ちょっぴりショックだった。私なりに、似合うドレスを選んだのになぁ。


「このドレスなどは如何でしょうか? フリルが可愛らしく、万人受けしますよ」

「いいえ、こちらのスタイルを生かせるドレスのほうが陛下のお好みかと」

「ボディラインの強調もよろしいですが、色合いがいささか下品ではありませんか。ここは初々しくパステルカラーのフォーマルドレスがよろしいかと」

「エレナ様は十分にお美しいので、華美な飾りは不要かと。シンプルなドレスのほうが映えるかと」


 それから着せ替えられること小一時間。何十着も着せ替えられて、結局、私の選んだドレスに近いデザインが採用された。クリムゾンカラーのフォーマルドレスだ。これだったら私のチョイスでもよかったじゃない。


 着替えが終わると、今度は玉座の間だ。

 ここまでくると、さすがの私も疲れてしまい。ドレスなんて、もうどうでもよくなった。粗相がないようにだけ注意する。

 途中、案内役のカナベル卿も離れ、私一人で行かねばならない。なんとも不親切なシステムだ。案内役ならば最後まで送り届けてくれてもいいのに。

 赤い絨毯じゅうたんの道しるべを進み、大きな扉をくぐると、無駄に満ちあふれた玉座の間が私を迎えてくれた。

 玉座まで伸びた赤い絨毯の両脇を、貴族たちが埋め尽くしている。


 私があらわれたせいか、陛下が一瞬、腰を浮かせた。その横には厳めしい顔のカーラもいる。

 作法に則って、ドレスの裾を摘まむ。まずは遠くから一礼。それから足元が見えないようにドレスの裾を摘まみながら、玉座の設けてあるだんのそばまで進む。


 途中、私を悪意を向けてきた貴族を見つけた。あまりにも笑顔だったので見逃すところだったけど、M2に命じてマーカーを打ち込んでいるから間違いない。

 こういった腹芸だけは帝国貴族並なのだから、この惑星の貴族は始末に負えない。いずれ粛正しゅくせいすることにしましょう。いずれ……ね。


 玉座の鎮座する壇の下まで来たら、今度は膝を曲げて、軽く頭をさげる……はずなんだけど。


 臣下の礼をとるまえに、アデルが喋りだした。

「よくぞ、山に巣くう魔人を排除した。褒めてつかわす」


「これも陛下のお力添えがあってのこと」


「しかし驚いたぞ。まさか魔人を手懐けるとは、さすがは宰相。して、どのような褒美が欲しいのだ」


 フライングはまあいいとして、話が脱線しすぎている。褒美は陛下が決めるしきたりだと聞いていたのに……なんでこっちに振ってくるのよ。せっかく練習してきたのにもう滅茶苦茶。横で立っているカーラも眉間に皺を寄せている。


 面倒なので、陛下にそのまま投げ返した。

「御心のままに」


「エレナに与える褒美は何がよいか。誰ぞ、案はないか?」

 すると一人の貴族が名乗り出た。


「リッシュ・ラモンド、陛下に具申します。宰相閣下の成し遂げた成果は多大。これで西のかたマーフォーク地方まで行き来できるでしょう。また、魔人を使役したとなれば、陛下の威光もさらに知れ渡るでしょう。兵の士気も高まります」


 思い出した! 私が降格させた元内務大臣だ。


 さっき廊下ですれ違ったとき、私のことを平民って言ってくれたわね。人のことを散々言っておいて、ゴマ擦りするなんて最低だわ。


 ご褒美は領地か、私のことを平民という男だ。ただで良い土地を勧めるはずがない。何か裏がありそうね。


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