第90話 魔人討伐●



 内政ターンも終わったことだし、今度は軍事ターンに移りましょう。

 その前に軽くチュートリアルを……。


 私は元軍属ではあるが、プロの軍人ではない。成り行きで士官学校を卒業して、なんとなくオイシイ手柄にありつけて、上手く立ち回って名誉准将という肩書きを持っているだけの〝なんちゃって〟軍人だ。

 そういう背景もあって、比較的楽そうな魔人退治に向かうことになった。

 領地に出没したという謎の魔人。退治といっても一体だけなので楽なお仕事だと思っていたんだけど……。


 五〇〇を超える騎士団に守られ、安心感は半端ない。これだと私はお飾りだ。剣で戦ったり、レーザーガンをぶっぱしたり、ストレス発散したかったんだけどなぁー。

 愚痴ってもしょうがない。ここは息苦しい王城を出してくれたことを感謝しよう。


 王城を発ってから一週間、私たちは山道を進んだ。岩肌がき出しの悪路は移動が困難で、寝床は最低だったけど、山の空気は最高だった。王城のよどんだ空気とは大違いだ。たしか〝地球〟だと空気がうまいと表現するのよね。


 宇宙生活が長いせいか、コロニー育ちの宙民みたいな感覚になってしまった。こんなことが父に知れたら説教ものね。


 そう、父と母には二度と会えない。この惑星を出て、ブラッドノア号にたどり着いたとしても、連合宇宙軍には戻れない。

 なぜならここはなのだから。


 閉じられた宇宙。そこはブラックホールの無い宇宙領域だ。異なる宇宙へ繋がっているワームホールも存在しない。ゆえに、次元跳躍ワープでしか到達できない。理論上、存在しない宇宙域。

 昔、学会で発表された説だ。あまりにも途方もない学説だったので当時は与太話やねつ造と叩かれた。発表した人物は学会を追われたまでは知っている。

 その誰も見向きもしなかった学説が正しかったとは……。


 運命とは残酷だ。


 歴史的な大発見をしたにもかかわらず、連絡することも戻ることも叶わない。

 私たちが到達した閉じられた宇宙は、跳躍先に宇宙が存在しないとされる虚数軸にある極めて特殊な宇宙だ。数多の探査機を繰り出して、成果のなかった虚数軸次元。次元跳躍通信も届かない虚無の空間。元いた宇宙域へ戻ろうにも閉じられた宇宙は常に座標を変えている。基準となる座標値が常に変動しているのだ。これでは目的地を設定できない。

 お目当ての宇宙に次元跳躍できないのだ。下手をすると次元の狭間に出てしまう。そうなったらお終いだ。二度と元の世界に戻れない。


 私の知る普通は、もう戻ってこない。この惑星で生きるしか選択肢はないのだ。

 そのためにも邪魔者は排除しなくては。


 山道を進むことさらに三日。目的の魔人を発見した。


 サポートAI――M2の報告から少し遅れてロビンが知らせに来る。

「閣下、先遣隊が魔人と交戦中です」


 五〇〇からなる騎士団の先遣隊は精鋭五〇騎をあてている。聞くのも野暮だと思ったけど、この一団の指揮官は私だ。

「戦況は?」


されています」


「相手はたった一人なんでしょう。何を手間取っているの」


「それが武器も魔法も通じなくて……」


 ああ、もう、焦れったい。


 私はこの目で確かめることにした。ロビンを引き連れ、魔人とやらに向かう。

 会いたくない敵と出会ってしまった。ZOCだ。


 慌てて、近くの岩陰に隠れる。

 こんなことならドローンの一機でも飛ばしておくべきだった。


 後悔しても遅い。まずは敵の戦力を見極めよう。

 岩陰から頭を出してZOCを観察する。

 今日の私は運がいい。ZOCは単体で、しかも武器を持っていない。パッチワークみたいな金属と人肉の集合体は、図体のデカさを利用して凶悪な武器を使用する。その威力たるや、人間はおろか小型の宇宙戦艦でも破壊できるほどだ。下手をすると個人兵装最強のAD《アークキャノン》砲を上まわる破壊力だ。


 そんな馬鹿げた兵器を持っていないのなら捕縛は可能だろう。

 私は手持ちのなかでもっとも威力のある高エネルギーグレネードを隠し持って、ZOCとの接触を試みることにした。


「閣下、危険です。おさがりください」


 私の前に立ちはだかったのは、騎士団のまとめ役アルベルト・カナベル元帥。元帥といえばベルーガに十人しかいない軍のトップだ。そんな強キャラを私に付けたのは、過保護なアデル陛下だと思っていたのだが、どうやらちがうらしい。金属と人肉のパッチワークの脅威を知った貴族の提案だと、道中で知った。

 ZOC相手ならば、この人選も頷ける。


 だけど、元帥にしては若いわね。この惑星基準だと三〇代になるかどうか……かな? かなりの美形だけど実力は大丈夫かしら?


「カナベル元帥。考えがあります。一度兵を下げてください」


「……畏まりました」

 アルベルトは渋々といった様子で、兵をさがらせる。


 意外なことにZOCからの追撃はなかった。あの機械人間どもは、見境なく人を散らすのに……。まあいいわ。楽に倒せるなら、それに越したことないし。


 突っ立っている木偶の坊に歩み寄る。

 どうやらこちらから仕掛けないと攻撃してこないようだ。都合がいい。


 言語データを宇宙言語に切り替える。


「あなた、こんなところで何をしているの?」


「…………」


したいんでしょう」


 この不気味な人間もどきの命題は、群れを統べるAIシステム、マザーとの並列化だ。どういう理由か知らないけれど、ZOCのほぼすべてが並列化を望んでいる。それを望まないのはマザー自身か、すでに並列化した人間もどきだけだ。

 なので、ちょいとカマをかけてみたんだけど……。


「…………」


「マザーと交信できないのね」


「……!! なぜそれを!?」


 やはりZOCも私たちと同じ状況か……。でもラッキーね。個人の判断が生きているってことはマザーの支配下にない証拠。これならハッキングできるかも知れない。

 とりあえず交渉ね。情報も欲しいし、警戒を解かないと。


「いま、私たちがいるこの宇宙域、座標はわかる」


「…………測定不可能。常に変動している」


「なぜだか知っている?」


「……おまえの仕業か!」


 無表情だったZOCの目に戦闘モードを知らせる赤い光が灯る。選択をミスったかしら?


「ちがうわ。あなたたちが襲撃してきたせいで、ここに飛ばされたの。いわば私は被害者ね」


「戻れるのか」


「無理ね。だってここはだもの」


 言っても理解されないと思ったけど、牽制に軽く情報を公開する。さあて、どう出るか?


「閉じられた宇宙! 楽園!」


 はぁ? どこをどう解釈すれば楽園なんて単語が出てくるのよ! もしかして着陸に失敗して壊れてるのかしら?


「マザーのデータベースにあった。閉じられた宇宙、楽園。争う駄目。平和」


 ますます意味がわからない。破壊と殺戮さつりくの代名詞たるZOCが平和を口走っている。


 一瞬、混乱した。


 予想外の展開だけど、こっちにとっては好都合ね。利用しましょう。


「平和はいいことだわ。それで、あなたは一体この惑星で何をしたいの?」


「わからない。マザーからの指示ない」


 ははーん、さてはブラッドノア号に特攻をかけに来ただけの捨て駒だったのね。だから、そのあとの指示を受けていない。おまけにマザーと交信できないから命令をアップデートできない。いいことを聞いたわ。


「だったら私が指示してあげる。私はこの惑星の使徒よ」


「使徒……聞いたことがある。戦い挑んできた人間、神の御遣い、空に向かって叫んでた」


 戦いを挑んできた人間? 内容からして、私が尋問したような教会の騎士かしら? 送り返したマキナとは方向がちがうけど……。


「神の御遣いはね。この惑星――楽園の管理者なの。だから私に刃向かっては駄目。わかる」


「管理者! マザーと同じ!!」


 へー、マザーってそうい肩書きなんだ。


「そうよ、お利口さんね。ご褒美に指示してあげる」


 M2に思念を送る。

――本当にZOCにハッキングを仕掛けるのですか?――


『ダメ元で仕掛けるわ。念のため、予備の外部野を経由させて。おっと……予備の外部野にはファイヤーウォールも立ち上げておいてね。モリモリで』 


――了解しました――


 さて、これでハッキングに失敗しても大丈夫ね。予備の外部野がお釈迦になる可能性もあるけど、ZOCを手下にできる千載一遇のチャンス。この機会を逃す手は無いわ。

 準備もすんだことだし、ハッキング作業に移りますか。


「どうするの? 私の指示を受ける、それとも受けない」


「受ける。指示を!」


「そ、じゃあそこに座って、管理者権限でデータを書き換えてあげる」

 それっぽく言うと、ZOCはその場に座り込んだ。


 ハッキングは直接触れても可能だが、乗っ取りを仕掛けてくる可能性もあったので、専用の機械をつかうことにした。

 医療用のバイタル測定機を、ZOCに貼りつける。それから予備の外部野を経由してZOCのデータにアクセスした。


 交渉が功を奏したのか、これといった拒絶もなく最深のデータに到達する。個体ごとに割り当てられるシリアルコードを発見した。

 本当に今日はツイている! これでZOCを乗っ取れるわ!


「S27 R・7038っていうのが、あなたのコードね」


「そうだ」


「それじゃあ、アップデートするわね」


 高鳴る鼓動を抑え、慎重にデータを書き換える。


「……7038XXっと」


 シリアルコードを書き換えたけど、これで絶対安心ってわけじゃない。追加の個体名もシリアルコードに連動させよう。


 個体名は、そうねぇ……。こうやって見るとZOCって映画の原典とされる作品に出くる巨大ザルみたいよね。

「今日からはあなたはコングと名乗りなさい。そしてマザーの代わりに閉じられた宇宙の平和を守るの。そうねぇ……ファーザーとでもしておこうかしら」


「コング……ファーザー…………」


「管理者としてその権限を移譲したから、今後は私の下で働きなさい」


「俺コング……ファーザー…………楽園の平和守る」


 うまくいったみたいね。


 念のためM2にしらべさせる。

――問題ありません。敵ZOC、コントロール下に置きました――


『ハッキングに対しての防御値は?』


――最新の防御システムを構築したので、敵ZOCのハッキングアプリがアップデートされていない限り、コントロールを奪われる可能性は低いでしょう――

 完璧ではないようだけど、とりあえずは安心ね。ZOCと遭遇したら待避させれば問題なさそうだし。


「さあコング、来なさい。あたらしいハイブに案内するわ」


「理解した。コング、管理者従う」


 ZOCを手懐けるのには成功したけど、コングのはどうやって調達しようかしら?


 いいアイディアが閃かない。コングのことは魔人で通そう。そうしておけば、死体をいじっても言い訳もできる。


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