第89話 subroutine カーラ_もう一人のツイてない女②●


◇◇◇ カーラ視点 ◇◇◇


 会議当日。


「本当に私も参加するの?」


「当然だ。本来ならば、城から放り出しているところを、助けたのはどこの誰だろうな。衣食住、最低限の生活は保障しているし、給金も出している。これ以上の厚遇はないぞ。それともオレの頼みを断って、路頭に迷うか? オレとしてはどちらでも構わないが」


「それを言われると…………」


 エレナには外交の場で偽っている『私』ではなく『オレ』で接している。こちらの本性をさらけ出したわけだが、あまりにも普通の対応だったので逆にこっちが驚いた。たいていの者は、王族の言葉遣いではないと渋い顔をしてくるが、エレナは澄ました顔で「そんなこと別にどうでもいいんじゃない」と無関心だ。

 こういう女も珍しい。侍女でさえ眉をひそめているのにな。


 ちょうどいい機会だ。これからは外交の場でも『オレ』で通そう。


「会議に参加している大臣たちのように政策を打ち出せと言ってるのではない。ただ意見を聞きたいだけだ」


「だったらいいけど」


 オレの企みに気づいているのか、エレナは消極的だ。目論見通りといかないまでも、会議の場にいるだけで大臣たちの牽制けんせいになるだろう。


 エレナが発言しても、しなくてもどちらに転んでも都合がいい。無能どもは未知の存在に困惑するだろう。慌てふためく大臣たちを思い浮かべるだけでも笑いがこみあげてくる。


 会議の間に入ると、やる気のない大臣たちが雁首揃えてオレたちを見る。それにしても見事な阿呆面アホづらだ。これが国政を担っている連中だと思うとゾッとする。


 見世物じゃあるまいし、珍しい物を見るような目を向けてくるのはやめてほしい。悲しいことにここにいる連中は空気を読めない。優秀だった国家の重鎮は先の戦いの折、国難にじゅんじた。

 いまの大臣連中には誇りしかない。能力の欠片もない貴族の絞りカスばかり。


 奇異の目に晒されながら席につく。


「これより会議を始める。まずは内務大臣」


「はい、リッシュ・ラモンド。報告と提案を申し上げます」


 わざわざ名乗らなくてもよいのだが、こいつらは馬鹿丁寧に自己主張する。そんなに主張したければ成果をあげればいいのに、いつも同じ報告と提案ばかり。

 今回もいつもと同じ提案だろう。


「……とうわけで、国庫の現状はかんばしくなく、至急税を上げる必要がございます」


「どのくらいだ」


「少なく見積もって二割です。全体の二割」


 いつもと同じ提案にため息をついていたら、隣で紅茶を飲んでいたエレナがいた。


「二割ですって! そんなの無理に決まっているでしょう。馬鹿じゃないの?」


「貴様、侯爵の私にむかって、馬鹿とはなんだッ!」


「いや、だってそうでしょう。収支の内訳書も提出していないし、改善計画もない。それで出てきた答えが増税。それもいまの税から二割じゃなくて、国民が稼いだすべてのなかから二割だなんて、横暴だわ。馬鹿でももっとマシなこと言うわ。あなた真面目に仕事してるの?」


「カリンドゥラ殿下ッ! この者を即刻部屋から追い出していただきたい」


「何それ。図星突かれたからって怒ることないでしょう。それともアレ。


「言わせておけば……小娘、貴様誰にものを言っているのかわかっているのかッ!」


「はいはい、ごめんなさいねぇー。……侯爵のくせに知性どころか、威厳いげん貫禄かんろくもないなんて、ほんと、ありえないわ」


「聞こえているぞッ!」


「聞こえるように言ってるのよ。ほんと、馬鹿ね」


「言わせておけばッ!」

 リッシュ・ラモンドが剣を抜いた。間髪いれず、エレナに向かって襲いかかる。


「リッシュ、控えよ!」


「なりませぬ、我慢の限界です」

 エレナは飛んでくる刺突を華麗にかわすと、お返しとばかりにリッシュの頭にティーポットを叩きつけた。脳天を捉えた見事な一撃だ。


 陶器の割れる音が会議室に響く。遅れてリッシュが床に倒れた。


「会議の席で剣を抜くとか、混じりっけ無しの馬鹿ね。そこの衛兵、この男を椅子に縛り付けて」


 気絶したリッシュを椅子に括りつけると、エレナは容赦ようしゃなくリッシュの頬をひっぱたいた。


「……はっ、貴様ッ、卑劣な罠をつかったな!」


「そんなことどうでもいいから、黙って会議に参加しなさい」

 そう言うと、エレナは席に戻り、

「増税の件だけど、まず無理ね。現状、この国の税収は五割。それを七割にしたら国民が暴動を起こすわよ。それと収支報告。収支報告は無理でも、大臣だったらせめて増税の根拠くらいは提示しないと。それともあなた、子供が屋敷を買うくらいのお金を要求してきも、ポンと払うの? 払わないわよね。だって使いみちっていう根拠がないんだから」


「ワシの息子はそんな馬鹿げたことは言わん」


「変ね。親のあなたは鹿を言ってるのに」


「ぐぬぬ……」


 実に痛快な一幕だった。


 このようにしてエレナは大臣連中をことごとく論破していった。それだけでなく、後日、エレナは指摘した数々の問題点を改善した提案書を出してくれた。

 理路整然とした根拠と資料、対策も万全であらゆる可能性を考慮に入れている。素晴らしい! 控え目に見ても有能な女だ。


 オレの目に狂いはなかった! 無能な大臣連中より、この女のほうが役に立つ。


 幸いなことに、これらの一部始終を隣室から覗いてた我が弟はエレナをいたく気に入ったらしく、大臣たちをはるかにしのぐ成果を理由に、エレナを政務顧問に任命した。


 その後、大臣たちはエレナによって失脚するのだが、実に見事な手際だった。

 外務、軍務、税務大臣はそのままで、内務大臣を解体し、運務(街道整備)、水務(治水)、耕務(農地)、建務(建物)、糧務(食糧)、商務(商業)、産務(産業)を新たに設立した。


 ちなみにリッシュ・ラモンドは内務大臣の地位を剥奪はくだつされ、おまけで用意された庶務(雑用)大臣に任命された。


 エレナの躍進やくしんは留まることを知らず、最終的には減税にまでこぎ着けた。現状五割の税を四割五分に引き下げるのだという。


 この功績により、エレナ・スチュアートは宰相の地位に収まった。



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