第87話 ツイてない女、使徒になる②●



「邪神をあがめる異教徒ども、いずれ主神スキーマ様のさばきがくだるぞ!」


 あー、はいはい。それもテンプレね。映画に出てくるカルト信者がよく口にするセリフ。


「異教徒だったら誰でも殺してもいいの?」


「当然だ。この世界にスキーマ様以外の神はいない! 紛い物の神を信じる奴らはみんな地獄に落ちればいい」


「老人や女、子供でも?」


「異教徒は敵だ。男だろうが女だろうが、ジジイだろうがガキだろうが、全員地獄に叩き落とす!」


「それは矛盾ね。異教徒からしたら、あなたたちこそじゃない」


「ちがう、俺たちのしたことは神罰の代行だ! 正しいことだ」


「そうかしら、たしか星方教会の教えに〝万人に慈愛を〟ってあったと思うんだけど。あれは嘘なのね」


「嘘だ、そんなの出鱈目だ。万人に異教徒は含まれていない」


「おかしいわね。経典の最初に、って書かれていたはずよ」


「異教徒は、すべての者ではない!」


「それ、あなたの勝手な解釈よね。わかっているの、主神スキーマ様は、と宣言されているわ。あなた、神様を裏切ったのよ」


「そんなことはない。枢機卿も聖王も仰っていた。異教徒を駆逐することは正しいことだと。俺は間違っていない」


「本当にそう思っているのだとしたら、あなた相当おめでたい頭をしているわね。神の意志に背いて、罪の無い人々を殺した。星方教会では罪人はどうなるんだったっけ。……思い出した。たしか地獄に落とされるのよね。そこで殺した者たちの怨念に未来永劫みらいえいごう苦しめられる」


 ここでサポートAI、M2に思念を送る。


 ハンカチの上に載せた小箱から、会議用のホロディスプレイが展開される。映し出しているのは、地球産のスプラッター映画のワンシーン。ゾンビを主題とした私の好きな映画だ。


 ゾンビたちが墓から蘇るシーンを加工して、床から出てくるように投影する。

 とたんに男は飛び上がった。繋がれていた鎖がピンと張る。


 拷問吏とロビンが動いたようだけど、こちらを向いていないようだ。もしホロを見ていたら男同様、飛び上がっていただろう。


「俺は悪いことはやってない。スキーマ様も裏切っていない! 何かの間違いだぁー」


「あなた、何を口走っているの?」

 わざとらしく、すっとぼけてみせた。


「そこの死人たちをどけてくれ。頼む!」


「おかしなことを言うわね。ここにはあなたと私、それに拷問吏と書記官だけよ。そもそも死人ってなんなの? 訳がわからないわ」


 あえて焦らす。こうしている間にもホロのゾンビたちはゆっくりと男にい寄っていく。


「スキーマ様、お願いだ。俺を地獄へ落とさないでくれ」


 男は地面に頭を叩きつけ、何度も天をおがんでいる。ゾンビのホロが男に届きそうな位置まで近づいている。そろそろ頃合いだ。


「なんでもしますから、地獄だけはご勘弁をぉぉぉーーーー」


 失禁で床を塗らす男の瞳に、戦士の宿す鋭い光はない。さて、トドメの一押しといきましょうか。


「本当にスキーマ様の敬虔な信徒ならば、人を救うことができるはず。あなたはそれができないのね」


 それっぽく胸の前で指を組んで、祈るフリをする。


「あんた、星方教会の信徒か! だったら助けてくれ。スキーマ様に祈りを捧げて、この連中を消してくれ。頼む。なんでも言うことを聞く」


。スキーマ様に誓える?」


「誓う、誓います! だからお願いだぁーー。はやく助けてくれぇぇえぇーーーーーー」


 男は発狂寸前だ。言質げんちも取れたし、よしとしましょう。後ろの二人が気になってしょうがないようだ。ソワソワしているのが気配でわかる。しびれを切らして振り向かないうちに、終わらせましょう。

 芝居も飽きてきたので、お開きにすることにした。


 つかうときが来るだろうと、創っておいたスキーマ神のホロを私の頭上に投影する。平行して、徐々にゾンビのホロの明かりを落とす。VMヴァーチャルムービーの素人がつくりそうな稚拙ちせつな演出だったけど効果は絶大。男は穴という穴から体液を垂れ流して、顔をくしゃくしゃにした。


「あんたはスキーマ様の遣わした使徒様だ」

 と何度も床にキスをする。うん、この人


 やりすぎた気もしたけど、この後、貴重な情報を得られて私の評判は上がった。なぜか使徒様と侍女に呼ばれるようになったんだけど、どうでもいいことだ。

 すでに宰相や王妃候補といった肩書きがあるので、いまさら増えたところで問題はない。


 あの聖堂騎士だけど、ちょーっとやり過ぎたので丁重に治療をして教会に返品することにした。配達料が高そうなので、聖王国の特使一団に押しつけた。

 その際、純白の僧衣を着た教会関係者と立ち会うことになった。


 ロビンのアドバイスで私は正装することになった。もちろん星方教会の正装だ。


 超特急で仕立てた僧衣は、やたらと袖や丈が長くてダボダボしていた。星方教会ではダボダボが普通らしい。そのうえ、地球のコックが頭に載せる高い帽子のような物を被るよう指示を受けた。面倒だったけど、演出は大切。いつもは髪を後ろでまとめているんだけど、このときばかりは髪を解いた。


 なんでかって? こうすると男性受けがいいからに決まってるわ。


 媚びるようで嫌だったけど、まあね。尋問でちょっとやり過ぎちゃったから、それに顔を覚えられても困るし。だから、衣装と髪型と私の優れた演技で誤魔化すんだけど。


「使徒様、このご恩は一生忘れません。ありがとうございました」

 金品や立派な軍馬を与えたおかげで、尋問した聖堂騎士からの評価は爆上がりだ。特使の一団はいぶかしがっていたけど……。


「主神スキーマ様は仰りました。慈愛を与えよと」

 芝居がかった一言で、特使も納得してくれたようだ。一団に混じっている教会関係者らしき人が、銀でできた神具をくれた。


「お心遣いありがとうございます。スキーマ様のお導きがあらんことを」


「スキーマ様のお導きがあらんことを」


 こうして無駄飯食らいの厄介者を追い払い、私は拷問でしでかしたであろう失敗を闇に葬った。

 さらば、やりすぎちゃった人、さらば壊れちゃった人。


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