第86話 ツイてない女、使徒になる①●



 国王の正妻――きさきのオファーについては公表されていない。それなのに、臨時政府――遷都した北の古都カヴァロの王宮はその話で持ちきりだ。


 廊下ですれ違う者たちは、いままでと態度を一変させて私に頭を垂れる。無能な帝国貴族ならば喜ぶ場面なのだろうけど、私からすれば迷惑この上ない。

 頭を下げる時間は無駄で、そこに生産性は皆無だ。意味のある無駄なら許せるのだけど、意味のない無駄は嫌いだ。


 私付きのロビン・スレイド書記官に命じる。

「今後は挨拶不要。みんなに通達してちょうだい」


「はっ!」


 簡潔な返事は私の好むところだ。しかし、男のくせに髪を長く伸ばしいるのはいただけない。チャラチャラして見える。

 外観なりこそチャラ男だが、このロビンなる文官、只者ではない。王族に仕える密偵集団の一人らしく、王都で起きた変事から陛下ら王族を救出したらしい。


 一度、その腕を確かめようと、背後から蜜蝋みつろう欠片かけらを投げたことがある。そのとき、ロビンは振り返ることなく蜜蝋の欠片をキャッチした。

 自然体だけど隙がない。宇宙軍――連邦でいうところの精兵レンジャークラスの実力だろう。


 ロビンの正体を知ってから、誰の命令で私に近づいたのか確かめたことがある。命令内容は聞き出せたが、優秀な密偵は仕えている主の正体だけは語らず沈黙を守り続けた。

 まあ、黙秘しても王族の誰かなのかは推測がつくけどね。私を守護しろとの命令だから、カーラかアデル陛下でしょう。


「ああ、それと口のかたい聖王国の捕虜のところまで案内してちょうだい」


「捕虜に? 一体何をしに行かれるのですか」


「陛下の手助けをしに行くのよ」


「手助け……ですか。徒労とろうに終わるかもしれません。なんせただの兵士ではありませんから。拷問にかけている捕虜は聖騎士のさらに上、聖堂騎士です。その信仰は並々ならぬものがあります。閣下でも無理かと……」


 ふむ、ロビンがしぶるってことは密偵でも口を割らせるのが難しいってことね。面白いわ。ちょうど書類仕事に飽き飽きしていたから、いい気分転換になりそう。


「それでもいいわ、案内してちょうだい」


「……畏まりました」


 ロビンの案内で地下に降り、いかにもといった拷問部屋に通される。


 拷問部屋には黒で統一した服装の拷問吏ごうもんりがいた。その顔はカラスのようなマスクで隠されており性別はおろか年齢もわからない。


「エレナ閣下が直々に尋問する。外で待っていろ」


「できません。相手は聖堂騎士、鎖を引きちぎって襲いかかってくるかもしれません。宰相閣下であればなおさらです」


 実に職務熱心な拷問吏だ。

 声から察するに拷問吏は女性である。まったく、どこの世界も女性が虐げられるのは同じね。こんな仕事を任せるなんて。今度、陛下に直訴しないと。


 しかし意外だ。この惑星の原住民はナノマシンも移植していないのに金属の鎖を引きちぎれるとは……。辺境惑星に住んでいる蛮族に近いのかしら? まあいいわ。どんなに強くても私にはレーザーガンがある。最悪の事態じたいは訪れないでしょうけど、用心に越したことはないわね。念のためレーザーガンの出力をあげておきましょう。


 鎖をちぎるような危険性のある人物なので、レーザーガンの出力をMAXにした。これで安心。


 さて、肝心の捕虜は……。


 聖堂騎士と呼ばれた捕虜は、鎖で壁に繋がれていた。拷問のあとなのか、だらりとしている。身体は傷だらけで、赤黒い衣装をまとっているみたいだ。その容貌ようぼうから苛烈かれつな拷問を受けてきたのが窺い知れる。

 そのくせ、ギラついた目を向けてくる。

 眼光から強い意志がはっきりと伝わる。

 口を割らないわけね。この男も連邦の精兵レンジャークラスだわ。


 連合宇宙軍の連邦軍人において、精兵は最強の兵士を意味する。ちゃんとした役職であり、同時に選りすぐりのエリートでもある。彼らは実に優秀な兵器で、個人でもZOCと相対することが可能な戦闘技術を持っている。いわゆる殺しのプロというやつだ。


 殺し屋とちがう点をあげるなら、金の代わりに愛国心が原動力となっていることと精神が極めて強靱きょうじんであることだろう。レンジャーはいかなる尋問・拷問にも屈さないし、自死も選ばない。すべてにおいて任務を優先させる。


 なるほど、これは強敵ね。


 精兵ならば口を割らせることはできないが、信仰に厚い聖堂騎士なら可能だ。幸いなことに、彼ら星方教会の教義はすでに記録してある。粗を探してそこを突けば……。


「二人ともお願いがあるの、尋問中は絶対にこっちを見ないでちょうだい。何があっても、私が許可するまでこっちを向かないで。これは命令よ。もし違反したら陛下に言いつけるから。いいわね」


 厳命すると、拷問吏とロビンは背を向けた。


 それでは楽しい尋問を始めましょうか。


 手近にある椅子を引き寄せ、腰かける。


 膝の上にハンカチを広げて、そこに手のひらサイズの小箱を載せた。外部野にインストールしてあるサポートAI、M2メタツーに思念を送る。


――お呼びですかマスターエレナ――


『仕事よM2。ホロの準備をお願い。投影するデータは……そうね個人フォルダからスプラッターな映画のワンシーンをチョイスしてちょうだい』


――了解しました――


 尋問を始めようとした矢先、男は私に向かってツバを吐いた。


 M2が弾道予測をしてくれたので、ツバの被弾は回避できた。手助けはありがたいけど、こういう展開は予測していたのよね。だって、地球の映画じゃテンプレだもの。


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