第85話 ツイてない女、王妃になる?②



 この国――ベルーガは国難の際にもかかわらず、派閥争いが激化している。国土の半分を失って下火になっているように見えるが、派閥争いの根は深い。

 把握しているだけでも、開国派、革新派、王道派、穏健派と四つの派閥が存在している。

 

 要約するとこうだ。

  開国派――ベルーガ開国に活躍した功臣の末裔。

  革新派――商人上がりの買爵貴族。

  王道派――才能至上主義の優秀な貴族のあつまり。

  穏健派――古参の身の程を知り、目立たない貴族たち。


 現状、戦火を免れた古参派と革新派が有力だ。王道派はマキナ聖王国に占拠された南の者が大多数で、穏健派は数はいるものの勢力は弱い。

 ちなみに王家を支持しているのは、穏健派と政争から身を引いている無所属の貴族だけ。


 そんなわけで、国土を回復しても派閥争いという頭を悩ませる問題が出てくる。

 歴史が長く、国土が広いだけにたちが悪い。派閥問題以外にも、解決すべき問題は山とある。一致団結しなければならない国難を前に、この国の貴族は一枚岩ではない。はっきりいって危険だ。

 そんな爆弾を抱えているので、ベルーガはいつ瓦解がかいしてもおかしくない。

 王家の威信や、騎士道精神云々でなんとか成り立っている状況だ。


 ほんと、ツイてないわ。


 大臣の席を占めているのは古参派と王道派だ。お情けで穏健派もいるが、彼らはをわきまえている。


 念のため探りを入れる。正しい情報は大切。


「大臣はなんとお答えになりましたか?」


「良いことだと答えた」


「その理由はわかりますか?」


「エレナが美しいからであろう」


 自慢げに胸を張るアデル陛下。ああ、なんと可愛らしいお姿か。さて、ここから先は目を背けたいリアルの話をしてあげよう。


「ちがうのですよ陛下。大臣たちは、私が無害だとわかったから正妻に迎えることに賛成したのです」


「ん? どういう意味だ?」


「私には後ろ盾になってくれる実家も、味方をしてくれる貴族様もいません。だから大臣は反対しなかったのです」


「そうであろう。余もそのような妻を迎えるよう教わった」


「誰に教わったのですか?」


「さっき話した大臣だ」


「恐れながら申し上げます。大臣は陛下に嘘を吹き込んだのでしょう」


「なんと! ならばいますぐ大臣を処断してくれる!」


「お待ちください陛下。早まってはなりません」


「なぜだ。大臣はエレナを利用しようとしているのだぞ!」

 あれっ? 思っていた反応とちがう。


「それはどういう意味なのでしょうか?」


「簡単なことだ。大臣はエレナをしいるつもりだ」


「なぜそのような結論に?」


「エレナは後ろ盾もなく、後押しする家もない。となれば、大臣はほかの貴族を取り込みにかかるだろう。権力を手中に収めた大臣はいずれエレナをはいするよう働きかけてくるはず。おそらく大臣は娘を余に勧めてくるだろう。そこでもし余が権力に屈したら……」


 思っていたよりも聡明だ。ちょっとばかり妄想が入ってる気もするけど、及第点ってとこかしら。悪くないわね。


「しかし、根拠はない。やはり早急に処断するべきだ」


 やっと私の出番か。


「陛下、根拠ならばあります。あくまでも可能性の話ですが」


「申してみよ」


「陛下は臣民の欲しがる物をすべてお持ちです」


「すべてではないが、おおむね持っているな。それで」


「私の憶測ですが、大臣は陛下がお持ちのすべてを欲しているのでしょう」


「強欲な男だ。悪人は処断するに限る。いや、ここであの悪人を処断しても第二、第三の悪人があらわれる可能性がある。となれば、しばらくは放っておくべきか」


 大臣という名詞が悪人に変わっている……。おかしな考え方をする子供だけど、思っていた以上に賢いわね。


「どのくらい放っておくのですか?」


「徒党を組むくらいだな。侯爵ならば一人、伯爵ならば四、五人見えたら処断する。少なすぎても多すぎてもいけない。焦って欲を掻いても失敗する。見極めが肝心だ」


 天然なところはあるけど、ちゃんと育てれば王様が務まる器ね。よし決めた、乗っかろう。


 念のため、カーラの顔色を伺う。私の視線に気づいたらしく、カーラは意味深に自身を指さした。どうやら弟に心配されていないので不安らしい。


「ところで陛下。大臣が力を強めるにはカーラ様の存在が邪魔なのでは?」


「ああ、は問題ない。人望がないからな。もう一人の姉――ティーレ姉上ならば警戒は必要だが……」


 弟にアレ呼ばわりされた挙げ句、バッサリと斬り捨てられた。よほどショックだったのかカーラはうな垂れている。私としてはアデルがシスコンでないことが判明して、非常にありがたい。大きな収穫だ。


「そこまで考えておられるとは、陛下は姉思いなのですね。そういうお優しいところ、私好きです」


 ちょっとサービスしただけなのに、陛下はもじもじし始めた。存外にである。私的な評価になってしまうがポイントはかなり高い。うん、ダイヤの原石を発見した気分ね。


「陛下、そろそろ本題に移りましょう。今日はどういったご相談事なのでしょうか」


「いまのが本題だぞ」


「…………左様でございますか」


「それでエレナ。余の正妻になってくれるか?」


 王の正妻――妃といえば破格の出世である。たしか地球では玉の輿に乗る……だったか? いや逆玉だったかも? ああ、あの惑星の言語は難しい。どちらにせよ、誰もが羨む地位に就けるのは間違いない。

 こういうラッキーな話は躊躇ちゅうちょしていたら誰かに奪われると相場は決まっている。特に断る理由もないので受けることにした。


「喜んでお受けします。私、エレナ・スチュアートは身も心も陛下に捧げることをここに誓います」


 有耶無耶うやむやにされないように、手元にあった羊皮紙に誓約せいやくの一文を書く。もちろん私のサイン入りだ。


 私の魂胆に気づいたのか、カーラが慌てて止めに入ってきた。


「陛下、迂闊うかつなな誓約はおやめください」


「迂闊な誓約ではない。エレナは余の初恋の乙女だ。あね……カーラはエレナの素性を疑っているのであろう。問題はない。事前に侍女たちにもしらべさせた。誰に対しても公平で私心がなく、謙虚だ。それに頭が良い。エレナはまさに聖女だと、侍女たちはみな口を揃えて言っていたぞ」


「オレが懸念けねんしているのはそうではなく、正妻を選ぶのならばもっと慎重に考えるべきかと」


 カーラの言葉が発端になって、そこから壮絶な姉弟喧嘩に発展した。


 最終的に正妻誓約は締結されたのだが、おかげでどっぷりとこの国の問題に首を突っ込むことになってしまった。


 名実ともに宰相になってから判明したのだが、国を維持するのに精一杯でジリ貧状態だという。カーラの試算では、五年以内に王都を奪還しないとベルーガは滅びるらしい。


 とんでもない時期に正妻契約をしてしまった。おまけに宰相という仕事は続投で、政治の仕事も担当することになった。問題は山積みで前途多難。


 お先真っ暗な国だと知ってたら正妻オファーなんて受けなかったのに。


 ツイてない。


 スキャンダルまみれでもいい、帝国皇后こうごうみたいに誰にも束縛されず自由に生きたい。


 一体どこで道を誤ってしまったのだろう。

 本当にツイてない。

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