第69.5話 subroutine ローラン_金●



 今日も楽しく、金貨を磨く。

 スレイド工房に勤めるまでは銀貨磨きが日課だったけど、最近は羽振りがいい。

 主にラスティに売った魔導書だ。


 不良在庫で処分するつもりだった魔導書もまとめて売りつけたので、かなりの儲け。笑いがとまらないわ!

魔法障壁マジックシールド〉でぼったくり過ぎた分、〈魔力解放リベレーション〉をおまけした。


 値段が高いだけあって応用は利くんだけど、魔力の消費量がハンパない。そのせいであまり人気は無く、高い割に売れないのよ。


 初心者には高すぎて手が出ないし、効率重視の上級魔術師になるとまったく見向きもしない。魔法を極めたい酔狂な魔術師が買うくらい。あとは……馬鹿な貴族様ね。ほかの魔導書とちがって、分厚いし重いから、勘違いして買っていくパターンがある。それを期待して昔店に置いていたんだけど、ガンダラクシャのような地方都市だと、そこまで懐に余裕のある貴族様って少ないのよねぇ。

 ぶっちゃけ、〈魔力解放〉って全然売れないのよ。


 でもまあ、ラスティに押しつけられてほっとした。

 みんなの前だったし、あまりお金にガツガツしていると嫌われるじゃない。それに、守銭奴て言われるのも心外だし……で、押しつけた訳よ。


 魔法のことに詳しくないみんなは、きっと凄い魔導書をおまけにしたな、と思い込んでいるはず。

 不良在庫の処分と一緒に、アタシのケチケチ感が薄れたわけだ。


「はぁーー、キュッキュッと! んまぁ綺麗な〝か・が・や・き〟。まるでアタシみたい!」


 胸の谷間にねじ込んでいるちいさな革袋――貴重なへそくりに、金貨が貯まりつつある。ずっしりとした重み、黄金色の輝き、磨き上げた金貨を見つめていると自然と笑みがこぼれる。


「念願の大金貨! それも一気に五枚! これでアタシも勝ち組への一歩を踏み出せたわね」


 小金貨を普段づかいの財布に移す。ズシリと重くなった。

 小市民の憧れである小金貨を二軍扱いできるアタシ。いま人生で一番輝いてるわぁ。


 上機嫌でピカピカになった大金貨を眺めていると、真面目だけが取り柄のフェルールがやってきた。


 ノックもせずに乙女の部屋に入っきたもんだから、慌てて大金貨を胸の谷間に突っ込む。


「ローr……ごめんッ!」


 どうやららしい。それにしても失礼な男の子よねぇ。デリカシーってものが無いわ。腹が立ったけど、この子まだ成人していないのよね。今回だけ許してあげるか。


「銅貨一枚で許してあげる」


 負い目があるのか、フェルールは大銅貨を差し出してきた。

 いただきます。


 普段づかいの財布に入れて、優しく分別のある美少女錬金術師のアタシは話を聞いてあげることにした。


「何か用があったから来たんでしょう。話しなさいよ」


「じ、実は……」


 もじもじしながら説明する木工小僧は、帰りの遅い工房長を迎えに行くという。


 すでに飲兵衛の鍛冶屋兄弟も賛成しているという。魔族のいる魔山デビルマウンテンへのぼるので、どうしても魔法をつかえる人材が必要なのだとか……。


 タダ働きはごめんだけど、魔山には興味がある。きっと稀少な素材が手つかずで転がっているのだろう。

 そう、魔山は冒険者も足を踏み入れない大呪界の奥――危険地帯の向こう側だ。

 手つかずのお宝がアタシを待っている!

 よだれがとまらない。


「ロ、ローラン。何してるの?」


 涎を拭うアタシに異変を感じたらしく、木工小僧は引いている。


 きっと変な女だと思っているのだろう。でもアタシから言わせると、木彫りの像を肌身離さず持っているフェルールもおかしい。


「あんた、まさかとは思うけど、それが好みのタイプってわけじゃないわよね……」


「それって?」


「アタシに似たピンク髪の獣人じゅうじんよ」


 獣人――幻の種族。妖精属の亜種として知られている獣の特徴を身に宿した人ならざる者たち。

 奴隷制度が横行していた時代に、乱獲され絶滅したと言われている。


「失礼なこと言わないでくれるかな。髪の色こそローランに似ているけど、ケモ耳様は女神様なんだ!」


 以前ラスティが話してたなる厄介な病だろうか。フェルールが、興奮したチワワのようにうなっている。

 これはこれで、おちょくり甲斐がありそうだけど、フェルールは真面目で根に持つタイプ。うらまれては敵わない。遊ぶのはこれくらいにしておこう。

 うんそれがいい。


「話を戻すけど、アタシたち四人で魔山にのぼるの?」

 重要なことのなので確認した。


 飲んだくれの鍛冶士兄弟はそこそこの実力だと聞いている。しかし、フェルールは大呪界のガイド程度。

 魔族のいる魔山にのぼるには心許ないパーティーね。

 勝ち組の一歩を踏み出したアタシとしては、命が惜しい。なので安全に行きたい。


「四人じゃ駄目なの?」


「どんな危険が待ち受けているかわからないじゃない。そもそもラスティたちに何かあったのなら、それ以上の戦力で臨むべきでしょう」


「そう言われると、そうだけど……」


「被害増やしてどうするのよ。もっと頭をつかいなさい」


「……どうすればいいのかな?」

 純朴な少年が上目遣いでアタシを見る。


 雨に濡れた子犬のように、悲しそうな顔。不覚にもキュンときた。

 身近に隠れていた魔性の存在に、アタシは驚愕を隠せなかった。


 この男、媚び方を知っている! いや、天然かッ! だとしたら相当の垂らしになるわね。……いまなら上手く飼い慣らせるかも。


「ねぇ、ローラン?」


 木工小僧が腕を引いて揺さぶってくる。心地良い感覚、まんざら悪くないわn…………。

 はっ! いけない、アタシとしたことが危うく魅了されるところだったわ!

 危ない危ない。


 それから工房のみんなと話しあって、腕の立つ冒険者に声をかけることにした。領地開拓で世話になったスパイクとウーガン。


 チャラい剣士と寡黙な重戦士のコンビは、ラスティのことを話すなり即座にOKしてくれた。しかもタダ。


 懐も痛まないし、同行を断るのもなんなので、アタシも着いていくことになった。


 それにしても魔山かぁ。

 どんな素材おたからが眠っているのかしら。


 頭のなかでソロバンを弾く。金貨確実の未来に涎が出かかった。



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