第70話 生きたサンプル①●



 最初の男の子を治療してから三日間。集落の魔族たちの治療に明け暮れた。


 治療をしている途中にわかったのだが、この集落は蟲に寄生された者たちを隔離する場所だと知る。

 唯一の例外は黒髪金眼の少女で、彼女は集落を守るために滞在しているのだという。その彼女は蟲に寄生されていなかったが、何らかの原因で目が見えないらしい。


 そんな状態でよく戦えたものだと不思議に思っていたら、彼女は人かられるわずかな魔力を探知して戦っていたという。

 もし目が見えていたら、蟲を吐き出すまでのロスタイムで仕掛けられたあの攻撃――短剣での斬撃は外さなかったかもしれない。そう考えるとぞっとする。


 実現しなかったIFの話しだ、流そう。過去のことをグチグチ言う男は嫌われると聞くし。


 蟲の治療が一段落ついたので、金眼の少女の目も診ることにした。


「……本当に目が治るのですか」


「それをしらべるために診察したいんだけど。いいかな」


「……国中の医者がさじを投げるような有様です。下手な希望を持たせないでください」


「治るかもしれない。だから診せてほしい」


「…………わかりました恩人を信じましょう」


 診察のため、まずはベッドに寝てもらう。

 魔族と関わるようになってドタバタしていたので、落ち着いて少女の顔を見るのは初めてだ。


 黒髪金眼と透けるような白い肌は印象的だったので覚えている。しかし、息を飲むような美少女だったとは……。髪もそうだが、黒い柳眉は濡れたような光沢があり、ととのった目鼻立ち。ぱっちりとした金眼と長い睫毛が物憂げな魅力をかもし出している。

 ティーレに迫る美人さんだが、残念ながらまだ子供。大人の魅力がちょっと足りない。


 よこしまな考えを払いのけ、診察に移った。

 少女の目元に手の平を載せる。

 緊張しているらしく、拳を握り身を固くしている。不安なのだろう。できることなら彼女の目も治してやりたい。


「チクリとするけど我慢してくれ」


「…………」


 接触式の電磁スキャンを試みる。


【フェムト、治りそうか?】


――完治は可能です。ですが先天的なものですから荒治療になりますよ――


【荒治療って……どうやって治療するんだ?】


――視神経を繋げるだけです。サバイバルキットにある神経修復用の錠剤で治せますが、痛みが伴います。視神経は脳に近いデリケートな部分です。修復に際して筆舌しがたい激痛が発生します。ナノマシンを注入されていない常人に耐えられるかどうか……――


【ティーレの手前、結婚なんて口にできないし帝国法の貴族の務めも無理か……】


――ですね。命の危険もないようですし、今回はいさぎよく諦めましょう――


 フェムトの奴、やけにドライだな。まあ、いままで無理難題振ってきたし、ここらが潮時しおどきか。でもなあ、話を聞くと悪い娘じゃないし、助けてあげたいんだけどなぁ……。


 こういうとき最新のM2なら名案を導き出してくれるんだろうなぁ。


 なんとなく心のなかで愚痴ったのだが、なぜかフェムトはそれを察知したらしく、

――聞き捨てなりませんね。第九世代ごときに負ける分野ではありません――


【でもナノマシンは移植できないんだろう。無理じゃないか】


――方法はあります――


【どんな?】


――彼女をにすればいいのです――


【はぁッ?!】


――スキャンした結果、人類とこの少女の遺伝子情報は99.76%。連合宇宙軍規約の第三条項を満たすには99.8%以上の合致が必要です。なので規約は適用されません。ですからではなくとして扱えます――


【人道的に問題があるんじゃないのか】


――ありません。そもそも人権を有する分類カテゴリーに該当しませんから――


【じゃ、じゃあナノマシンを移植してもいいのか?】


――かまいません。ただし外部野の利用はできません。制御権コントロールはラスティにあるので、彼女を生かすも殺すも自由です――


 物騒なことをさらりと言いやがる。でもまあ、アリかな。


 フェムトが問題を指摘する前に、俺はさっさとナノマシンを譲渡移植した。

 幸いなことに、ナノマシンの原材料である稀少金属はいくらか採取している。この惑星のサンプルとして砂粒ひとつほど残して、全部少女に飲ませた。元となる俺のナノマシンもだ。


 ちょいと手首を傷つけて、ナノマシンマシマシの血液を少女に飲ませた。


【移植したぞ。反対しても遅いからな】


――問題ありません。では視神経の修復作業にとりかかります。その間、リソースをそちらへ割くのでラスティのサポートはできません。あしからず……――


【それを聞いて安心した。で、どれくらい時間がかかりそうだ】


――半日もあれば足りるでしょう――


 完治の目処めどがたったので報告すると、彼女は涙を流して喜んだ。

 俺の手を握りしめ、何度も感謝を口にする。


「ありがとうございます。ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます」


「お礼は目が治ってからでいい。急に光を見ると目に悪いから包帯を巻いておくけど、気になるからって外さないでくれよ」


「はい、絶対に外しません」


 あれほど敵意をき出しにしていた少女がここまで従順になってくれるとは……善行はするものだ。うん、いいことをした。


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