第69話 魔族の集落②●



 しばらくするとティーレを先頭にルチャたちがやってきた。

 みんなが揃ったところで集落に足を踏み入れる。


 仲間が警戒するなかルチャが言う。

「ラスティ、交渉は成功したのか?」


「いや、これからだ。どうも治してほしい人たちがいるみたいなんで、本格的な交渉はそっちを診てからかな」


「スパイクが言ってたとおりのお人好しだな」


「あいつ、そんなこと言ってたのかよ」


「そんなことってのは酷いんじゃないか。スパイクはラスティのことを高く評価していたぞ」


「そこは、まあ、いいけど」


 そんなやり取りをしていると、体格のいい黒肌の魔族の大男が子供を抱いてやってきた。


「あんたが医者か……この子を診てくれ」


 そう言って地面に置いたのは、ちいさな男の子。まだ幼稚園児くらいの子供だ。ガリガリにせ細っている。細く開いた目は虚ろで、人形のように静かだ。死体と言われても疑わないだろう。


 鼻の下に指を置く。弱々しい呼吸が感じられた。


「食事はちゃんと食べさせているのか」


「食べさせている……それなのに痩せていく」


「詳しく診察する。坊や、チクッとするかもしれないけど我慢してくれ」


 子供からはなんの反応も見られない。意識が混濁しているのだろうか? はやく助けてあげないと。


 痩せ細った身体に手をあてて、電磁スキャンを試みる。


【フェムト、異常はないか?】


――ウィルスの存在は検知しませんでした。その代わり、奇妙な反応があります――


【どんな反応だ!】


――むしです――


【蟲? 身体のなかにか?】


――蟲といっても昆虫の類ではありません。寄生虫です。それも毒素を出すタイプの――


【おいおいおい、そんなのどうやって治すんだよッ! サバイバルキットには蟲を除去する薬なんてないぞ】


――……あります。サバイバルキットには既知の蟲に対しての特効薬が、少量ではありますが同梱どうこんされています――


【じゃあそれをつかおう】


――それには及びません。この蟲に対しての特効薬は作成可能です――


【おまえ、凄いな!】


――当然です。第七世代は……――


 話が長くなりそうなので、レシピを寄越せと思念を送ったら、フェムトは舌打ちを返してきた。

 こいつ、どんどん人間みたいになってきてる。やっぱ、自我を獲得かくとくしたのか?


――昔、大量にあつめたナナサク草があるでしょう。それとガーリック、ハーブを少々――


【ハーブで治るのかッ!】


――フッ、ハーブをめてはいけません。古来より薬として利用されてきました。カレーや薬膳やくぜん料理がその例です――


 なんだかわからないけど、酷く馬鹿にされた気持ちだ。まあいい、その程度のことで子供を治せるのならいくらでも馬鹿にされてやる。


【それで配合は?】


 フェムトから特効薬のレシピを聞き出し、さっそく調合を始めた。

 こうなるだろうと予想していたが、ガーリックの匂いが凄まじい。魔物除けにつかわれるだけのことはある。鼻がひん曲がりそうだ。


 金眼の少女と黒肌の魔族も同意見らしく、ひどうらめしそうな顔をしてきた。


 納得させるために説明する。

「この症状は蟲だ。体内で悪さをしている。時間をかけて宿主を弱らせていくから、気づいた頃には重篤じゅうとく化しているわけだ」


「……その薬を飲めば治るのですか?」

 信頼されていないらしい。トゲのある口調だ。


「蟲の嫌がる成分が入っているから治るはずだ。問題は蟲を追い出すまで体力が持つかどうか……」


 理由を説明すると黒肌の魔族は肩を掴んで揺さぶってきた。

「だったらはやくやってくれ」


「わかった」


 大人の俺でも嫌がるような薬を、子供の口に流し込む。最後の力を振り絞らんばかりに暴れたが、無理矢理薬を飲ませた。


 処置は終わった。あとは結果を待つばかり。

 子供の様子を見ていると、いつの間にか周囲に人だかりができていた。魔族のみなさんが微妙な目を向けてくる。半信半疑といった感じだ。


「しばらく待ってくれ。薬が効くまで時間がかかる」


「……どれくらい時間がかかるのですか?」


 黒髪金眼の少女は酷く陰鬱いんうつな目を向けてくる。敵意が見え隠れするものの、この場でどうこうする意志はなさそうだ。


【フェムト、薬が効くまでどれくらいかかりそうだ?】


――それほど長くはかかりません。小一時間といったところでしょう――


「小一時間ほど様子を見させてくれ」


「時間を過ぎても何も起こらなかったとき……わかっていますね」


「わかっている。責任は俺がとる。だから仲間には手を出すな」


「……善処します」


 金眼少女が言う、すぐそばで農具を握り締めている魔族。失敗=袋叩きの未来が視える!


 …………とんでもないことになってしまったぞ。


 俺は出会ったこともない神に、薬が効くことを祈った。


 それから一時間後。


【おい、薬は効くんじゃなかったのか!】


――おそらく個体差でしょう。もうしばらく待ってください――


「……一時間、経ちましたね」


 金眼の少女はそう言うと、腰にある短剣を抜いた。

 神様ぁーーー!


「約束通り責任をとってもらいましょう!」


 黒髪金眼の少女はわずかに腰をしずめ、刃を水平に突き出す。殺る気だッ!


「頼む、もう少しだけ待ってくれ。わざわざ山奥まで来たんだ。少しくらいは待ってくれてもいいだろう。なっ」


「……もう十分待ちました。だから責任をとってくださいッ!」


 少女の身体が、獲物に襲いかかる蛇のように伸びた。刃が迫ってくる。

 身をひねってかわすと、今度は斬撃が飛んできた。

 転がりながらそれも躱す。


「……往生際の悪い奴」


 さすがに交渉は無理だと察した仲間たちが各々得物に手をかける。同時に様子を窺っていた魔族たちも、手に武器を持ち取り囲む。

 一触即発の状況。


 そこに一石が投じられた。


「…………ウゥッ……ウッ………………!」


 子供が突然苦しみだしたかと思うと、次の瞬間、口から大きな塊を吐き出した。蟲だ。それも恐ろしい量の蟲だ。一匹一匹はちいさいものの数が多い。その集合体は地面に落ちると、ウゾウゾと地面に広がっていった。


 目を疑う光景に、俺も魔族も動きをとめた。


「ハァハァハァ…………ウブゥッ!」


 吐き出すこと三回。口から出てきた蟲は子供の頭ほどの量があった。これだけの蟲に寄生されていたのだ、食べる量よりも奪われる栄養が勝っていたのだろう。痩せ細って衰弱すいじゃくするはずだ。


「まだだ、蟲を全部吐き出させろ」


 荒治療になってしまったが、蟲をすべて吐き出させた。それからり潰した果実を食べさせる。


「かなり体力が落ちている。当分は安静にさせるんだ」


 処置が終わって安心していたら、黒髪金眼の少女に土下座された。


「すみませんでした!」


 彼女の気持ちもわかないでもない。あれだけ蟲を吐き出すなんて俺ですら予想できなかった。それにしてもフェムトのやつ、知っていたのなら、もっと詳しい情報を寄越せよな。


 相棒のAIに思念を送るも、無視を決め込んでいる。こいつ絶対自我に目覚めているだろう。まあいい、魔族たちに貸しをつくれた。これで交渉しやすくなるはず。


「わかってくれたのなら、今後はふもとの村を……」


 ガクンと身体が揺れた。見れば少女が俺の手を引っぱっている。


「同じ病の者がいます。助けてあげてください。お願いします」


 少女が再度、土下座する。額を地面に押しあてて、それっきり顔を上げようとしない。


 先に交渉の話を進めるべきだろうが、少女にここまでされては断りきれない。甘すぎる自分がちょっとだけ嫌になったけど、仲間のために土下座する少女を見捨てたくはない。俺ってホントに甘ちゃんだよなぁ。


 お人好しな自分に呆れつつも、治療することを約束した。


「薬の材料をあつめてくれないか、手持ちはさっきのでつかいきった」


「何をあつめればいいのですか!」


「ナナサク草と…………」


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